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水鏡五国志 [第二部 烈日之巻]  作者: 子志
章之壱 胎動
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再会

 それから数日は、答礼の使者を出したり逆に今回の任官で昇進した他の重臣たちに慶賀の使いを出したり、少ない臣下を総動員して走り回った。漣瑛ですら時折駆り出されていて、本気で人材不足をどうにかしなければと悩む。何しろ今度の昇進で、また持てる臣下の数が増えた。決まりから言えば、卿になった私は二百八十八人の臣下を持てる事になる。

 いや、無理無理。そんな数到底集まらない。


 そんなどたばたが漸く落ち着きを見せた頃、私の属将になる武将が決まり、挨拶に来た。

 佐将が一人、その下に二人の武官がつくことになる。

「鴻将軍の佐将となりました、檄溪(げきけい)と申します」

 そう言って拝礼した武将は、まだ若い。

 その人物に、私は見覚えがあった。確か、以前は棟将軍の下にいた。今回の任官で大夫になったばかりの筈だ。日本ほど髪色が統一されていないこの世界に於いても目を引く白銀の髪と、武将らしからぬどこか飄々としたというか、何となく軽い感じの言動が特徴的で、記憶に残っている。

 敢えて言うなら性格は慎誠に似ているかもしれない。そう考えると扱いにくそうな部下だ。

「軍吏の襄斉(じょうせい)です」

「同じく、汪帛(おうはく)であります」

「鴻宵だ。就任したばかりで至らないことも多いと思うが、よろしく頼む」

 互いに挨拶を済ませ、顔を上げた時に、檄溪がちらりと笑った気がした。



 ところで大宗伯としての目下の私の仕事と言えば、専ら典礼や祭祀に関する勉強である。宗伯の官に就いておきながら知識が無いというのは、やはりまずい。普通はこういう官職にはその道に詳しい人間が就くものなのだろうが、この国では常に戦時という時勢も相まって、適職云々よりも武官の昇進の方が重視されがちのようだ。次官以下に詳しい人間がいれば職務は回るという考えなのか。実際、六人の卿のうち四人までが武官で占められている。私の場合は青龍と接触経験があるという事実が後押しした部分もあるが。

 長時間書物を見続けて目が疲れてきたので、書物を置いて一息吐く。肩が凝ったな、と思いながら、ふと思いついて、私は私物の包を開けた。


 ちょっと、息抜きに行こう。


 私は時折、町の人々と同じ服装でふらりと町に出かけていく事がある。ずっと城勤めだと息が詰まるし、町に出るなら地位は伴わない方が気楽でいい。そういう時、私は漣瑛の目を盗んでこっそりと出かける。地位無しに出歩きたいのに、従者が居たのでは自由に出来ない。

 今日も、そうやって出かけようとしたのだが。

「どちらへお出かけですか、鴻将軍」

 思わず軽い舌打ちが漏れた。

 見つかったか。

 もう宗伯府には役人がいないから遠慮なく窓から出たというのに。

「そんな格好で……また街に出るおつもりですね!?」

 漣瑛は私の服装を見て察したらしく、詰め寄ってくる。私は溜息を吐いた。

「別に良いだろう。巡察にもなる」

「巡察ならば将軍として堂々となさって下さい」

「それでは実状が見えないだろう」

 第一、気分転換にならない。

「将軍自ら街を見回る必要がどこにあるのですか」

 漣瑛はなかなか引き下がらない。

「貴方様はもう少し立場を弁えて下さい。一人で街に出て何かあったらどうなさるおつもりですか」

「何も無い。お前こそ私を誰だと思っている」

 何かあったらって、お前は過保護な父親か!?

 そもそも、私が戦っているところを、これまで漣瑛は嫌というほど目にしている。街で起こり得る諍い程度でどうこうなるわけがなかった。

 一瞬言葉に詰まった彼は、深い深い溜息を吐いた。

 そんなに力一杯吐き出したら中身が出るぞ。

「わかりました。ではせめて私をお連れ下さい」

「え」

 思わず嫌そうな顔をした私を、漣瑛がきっと睨む。

「毎回毎回将軍に逃げ出されて探し回る私の立場もお考え下さい!良い物笑いの種です!」

 ……確かにそれは悪い事をしているかも知れない。

 目を泳がせた私に、漣瑛はきっぱり言った。

「私をお連れ下さらないのであれば、兵士に四六時中見張らせてでも阻止します」

 それは嫌だ。

 結局、私が折れる事になった。



 雑踏の中を、慣れた調子で縫って行く。数歩後をちゃんと漣瑛がついて来ているのを横目で確認しながら、私は左右の店を見て回った。

 翠の市は、今日も活気に溢れている。

 私はひょいと脇道に入ろうとした。

「お待ち下さい!」

 慌てて漣瑛が止めに来る。私は面倒に思いながらも振り返った。

「何だ」

「何故そのような路地裏へ?」

 危険です、と言う漣瑛に、私は呆れ顔を向けた。

 本当にこいつは私を何だと思っているんだ。仮にも一国の将軍に向かって、路地裏が危険って……

「お前俺を馬鹿にしてるのか」

 庶民に溶け込むよう崩した言葉で言うと、漣瑛は慌てて首を振った。

「そのような……しかし、わざわざ危険な場所へ」

「治安が悪いからこそ見回りが必要だろう」

 私が言い返して先へ進もうとすると、漣瑛は私の袂を掴んだ。胡乱げな目が向けられる。

「本音は?」

 ……だいぶ私の事がわかってきたようだ。

「この先に旨い茶屋があるんだ」

 至極真面目に私が言うと、漣瑛はやっぱり、と肩を落とした。その口から再び小言が出ようとした時。


 大きな破壊音が響いた。


 はっと目を向ければ、軽食を売っていた露店の棚がひっくり返され、商品が地面にばらまかれている。

「てめぇら余所者だろうが。何で店なんか出してやがる!」

 続いて聞こえたのは怒号。見る見る内に野次馬が集り始めた。

「ちゃんと許可は取ってあります」

「んな事ぁどうでもいいんだよ!ここは碧の都だ、余所者の商売する場所じゃねぇ!」

 どうやら碧人と他国から来た者が揉めているらしい。私は漣瑛に目配せすると、野次馬の間に滑り込んだ。

「移住の手続きもちゃんと済ませて……」

「そういう問題じゃねぇっつってんだろうが!」

 野次馬の前列まで潜り抜けた私は、さっと状況を見渡した。

 ひっくり返された露店の主らしい男と、二人の女性。それがならず者体の男達数人に囲まれ、罵られている。囲まれている三人を見た私は、目を瞬いた。

 登蘭おばさんに淵夫妻だ。碧に来ていたのか。

「鎮めますか」

 私の後ろに来た漣瑛が、そっと訊いてくる。私は首を振った。

「目立つ行動は好ましくない。役人を呼べ」

「はっ」

 さっと漣瑛が立ち去る。私はその場で様子を見続けた。

 明らかに碧人の方が理不尽に絡んでいる。登蘭おばさんは泣きそうな顔をし、それを淵の奥さんが支えて、淵央はじっと頭を下げていた。

「何とか言えよ!」

 ついに、一人の男が淵央の胸ぐらを掴む。


 ごんっ


 鈍い音を立てたのは、淵央の体ではない。


 一瞬しんとなった周囲に、男の頭に直撃した物体が地面を転がる音が響く。あれは……苫果だ。

「……っ、誰だ!」

 苫果を投げつけられた男が勢い良く振り向く。その額に、今度は白い球体がぶつかった。

 って、金精霊じゃないか。ぶつけられた方は何がぶつかったかわかってないし。

「いっ……何だぁ!?」

「何だ、どいつがやりやがった!」

「出てこい!」

 一斉に怒鳴り始める男達。目を転じれば、何やら野次馬の一角がざわめいていた。

「はい、ちょっとごめんね~」

 野次馬をかき分けて、一人の男が前に出る。

 この脳天気な声は、もしかしなくても……

「ぷはっ、出てこいって言われて出てくるのも大変だね」

 人が多くてさ、とぼやくのは上半分ほどが黒くなった茶髪の男。


 慎誠、即ち中津誠一だ。


「何だてめぇ!」

「や、何だって言われても……」

 当惑気味に頬を掻いた慎誠は、男達を見回してへらりと笑った。

「とりあえず、こういうのやめない?許可は取ってるんだよね?」

 問題無いじゃん、という理屈が通じる相手では、当然ないわけで。

「ふざけんなよ餓鬼がっ!」

 一人の男が掴みかかるのを、慎誠はひょいとかわした。

「こんな市のど真ん中で喧嘩していいの?」

「うるせぇ!」

 どうやら慎誠に苫果と精霊をぶつけられた男は怒り心頭らしく、剣に手をかけた。野次馬がわっと下がる。

「あ~あ」

 慎誠は溜息を吐いた。

「どうしても、やるわけ?」

 男が剣を抜き放ち、切りかかる。

 駄目だな。構えも何もなっていない。

 慎誠は男が振り下ろした刃をかわすと、足をかけて男を転がした。すかさずその首根っこを押さえる。

「大体こんなに散らかしちゃってさ。食べ物を大切にしようって気は無いのかね」

 呆れたように言いながら、地面に転がっていた苫果を拾う。

「てめぇ……!」

 残りの男達が慎誠に殴りかかろうとする。

 私は振り向いて、野次馬の隙間から後ろを見た。ちょうどそのタイミングで、角から出てきた漣瑛が目に入る。私は息を吸った。

「役人が来たぞ!」

 私の声を皮切りに、野次馬達が口々に叫んで距離を取り始める。

 男達はぎょっとした様子で役人を見、顔を見合わせると一斉に逃げ出した。慎誠が押さえていた男から手を離す。

「今回は見逃してあげる」

 その言葉が聞こえていたかどうか。男は一散に逃げ出していた。



「ありがとうございました」

 淵央達三人が慎誠に頭を下げるのを、私は少し離れた場所から見ていた。

 役人は男達を捕まえられず、淵央達と慎誠に軽く事情を聞いてから立ち去った。大した事件でもないから、見回りの強化程度で終わるだろう。

「別に俺は大した事してないし。災難だったね」

 慎誠はそう言うと、ひっくり返された棚を引き起こした。

「飯売ってんの?」

「はい。軽い食べ物と小物を少し」

 地面に散らばった物を片づけながら、無念そうに淵央が答える。人の目が散った頃合いを計って、私は歩み寄って行った。

 三人が手早く片づけを済ませるのを黙って見ていた慎誠が、不意に思いついたように言う。

「じゃあさ、何か作って食わせてよ。俺旅してきたばっかでさ。旨い物が食いたいな」

 さりげないようでいて、その言葉には料理人である淵央への気遣いが籠もっている。私は慎誠の背後に歩み寄った。

「だったら卵の焼き飯がお勧めかな」

 突然口を挟んだ私を、四人が一斉に振り返る。真っ先に登蘭おばさんが目を丸くした。続いて慎誠が相好を崩す。

「鴻宵くん!?」

「鴻宵、居たんだ」

 私は頷いて答えようとした。が、一拍早く漣瑛が私の後ろから口を出す。

「控えよ!将軍の名を呼び捨てるなど……」

 皆まで言わせるつもりはない。

 私は瞬時に体を回し、高く上げた踵で漣瑛を蹴り倒した。呆気に取られている四人を前に、地に伏せた漣瑛を横目で見下ろす。

「理由はわかるな、漣瑛」

 私が問うと、漣瑛は地面に手をついて這い起きながら答えた。

「申し訳ありません……この場で口にする事ではありませんでした」

「わかればいい」

 そう言って何事も無かったように向き直る私を、四人は言葉もなく唖然として見ていた。一番に我に返ったのは慎誠だ。

「鴻宵……いつもこんなバイオレンスな教育してんの?」

「お互い様だからな、うちの主従の場合」

 特に省烈によく子どもと一緒くたに叱られている私はあっさりと言いきって、ちょっと慎誠を見上げた。

「またちょっと背が伸びたか?」

「ああ、そうかも」

 庵氏のところへ行って以来、ごくまれにしか顔を見なかった慎誠は、見ない間に大人の骨格に近づいていた。近くに立つと見上げなければならないのが癪だ。

「あの……鴻宵くん?」

 躊躇いがちに、登蘭おばさんが声を上げた。

「鴻宵くん……ひょっとして、碧で偉い人になったの?」

 ちらちらと漣瑛の方を気にしながら言う。因みに漣瑛はもう立ち上がって私の後ろに控えている。

「そういえばさっき将軍って……」

 淵央がはっとしたように言った。私は軽く息を吐く。

「立ち話も何ですから……もし良ければ、淵央さんの料理が食べたいな」

 私がそう提案すると、淵央は二つ返事で住居まで案内してくれた。



「狭いとこだけど勘弁してくんな」

 案内されたのは、街外れの小さな長屋。六畳ほどの部屋に、土間と竈が付いている。

 ここは淵夫妻の部屋で、登蘭おばさんは隣接するもう少し小さな部屋に住んでいるらしい。

「そういえば、鴻宵くんはその人と知り合いなのかい?」

 奥さんがふと慎誠を示して問うた。私は頷く。

「紹介が遅れました。俺の古い知り合いで、慎誠と言います」

「よろしく」

 慎誠が三人に如才なく笑いかけ、私の後ろに目を向けた。

「で、そっちのDVに耐えてるお兄さんは?前はいなかったと思うけど」


 誰がDVをした、誰が。

 しかもその語彙は私と慎誠にしかわからないし。


 言いたい事は多々有ったがすべて飲み込んで、私は漣瑛を紹介した。

「三か月ほど前から俺の従者をしている漣瑛だ」

「従者……」

 登蘭おばさんが呟く。そこで、よせばいいのに漣瑛が口を出した。

「主はこの秋に大将軍に任ぜられた。本来なら……」

 私は黙って慎誠が持っていた苫果を取ると、後ろに放った。見事額に当たったらしく、漣瑛が呻く。

「余計な事はいい」

 そう咎めた私は、三人に向き直って苦笑した。

「臣下が失礼しました」

 多分漣瑛としては、別に権威を振りかざそうとしたとかそういうわけではなく、単にけじめをつけさせたかったのだろう。生真面目だから。

 でも、私にとって彼らは古い知り合いだ。今こうして世間話をするだけの場面で、地位は関係ない。

「い……いえ、とんでもない」

 淵央がわたわたと頭を下げる。私はその頭を上げさせた。

「そういうのはよして下さい。今の俺は、貴方方に世話になったただの鴻宵です」

 そう言って何とか三人の恐縮を解かせ、雑談に興じた。勿論、淵央は私の好きな卵たっぷりの焼き飯を振る舞ってくれた。

「慎誠はあちこちふらふらしていると言っていたが、庵氏の所に居たのか?」

 ふとした拍子に私が問うと、慎誠は軽く唸った。

「基本的にはね。途中ちょくちょく抜けて色々回った」

 どうやら慎誠にとって庵氏兵団はかなり居心地の良い場所だったらしく、私の借りを返した後も居座っていたようだ。

「そういや、函朔って奴が随分気に掛けてたよ」

 それを聞いて、私は思わず苦笑した。

 函朔には心配をかけてばかりだ。

「あいつさ……」

 何か言い掛けて、慎誠は言葉を止めた。

「何だ」

「いや、何でもないよ」

 気になったが、慎誠はそれ以上口を開こうとせず、結局その話題はそこまでになった。



 夕刻、私達は三人と別れ、帰路に就いた。私と慎誠が並んで歩き、一歩後ろを漣瑛が歩く。

「お前、宿はどこだ」

 大通りからそれても慎誠が道を分かつ気配が無いのを見て、一抹の不安を覚えながら私は訊いた。慎誠がにっと笑う。

「勿論、鴻宵のところに泊めて貰おうと思って」

「お前な……」

 私は思わず額を押さえた。

 こいつは一応私の臣下ということにしてある。情報の収集のために国外へ使わしているという建前の下で好きにさせているわけだが、たまにこうしてふらっと帰って来ては何日か滞在していく。そんな状態なので、こいつが現れるたびに省烈や尉匡にあれは臣下なのかどうなのかと訊かれるのだ。

 小言付きで。

「俺の家は宿屋じゃないんだぞ」

「給料受け取ってないんだからそのくらいいいじゃん。普段の情報料だと思えば」

「何を勝手な……」

 不満げに漣瑛が声を上げた。無言の抗議をする漣瑛の視線を受けても、慎誠は飄々と笑っている。私は溜息を吐いた。

「……わかった。但し俺は一度宗伯府へ寄る。城門の側の茶屋ででも待っていろ」

「将軍!」

 不満げな漣瑛を、私は目で黙らせた。

 慎誠の事だ。断ったところで、素直に引き下がるとは思えない。争うだけ時間と精神力の無駄だ。

「大人になったね、鴻宵」

 とはいえ、上から目線で物を言われると非常に勘に障るわけで。

「漣瑛」

 私は私以上に頭に来ているだろう従者の名を呼んだ。

「やっていいぞ」

 その言葉が終わるのを待たず、漣瑛の拳が飛ぶ。

「ぅわっ!?」

 慎誠は不意の攻撃を紙一重でかわした。間髪入れずに今度は蹴りが慎誠の胴を狙う。それもかわされたその勢いを殺さず、体を反転させた漣瑛が踵を振り上げた。


 鈍い音が響く。

 傍観していた私は、軽く舌打ちをした。

「やっぱり漣瑛では無理か……」

 頭部を狙った漣瑛の踵は、寸前で慎誠の腕に止められている。

 私が手を叩くと、漣瑛は忌々しげに顔を歪めてから脚を下ろした。

「いきなり何すんの」

「貴方が何なんですか」

 未だ飄々とした態度を崩さない慎誠に、漣瑛が吐き捨てるように言う。

 実の所、漣瑛は私の部下の中では最も体術に優れている。だからこそ私の従者でいられるのだが。

 それでも、ほぼ一年間を庵氏兵団で過ごした慎誠には通用しなかったようだ。

「一発くらいは当たると思ったんだが」

「うん、確かにちょっと危なかったかな」

 攻撃を止めた腕を振りながら、慎誠は漣瑛と私を交互に見た。

「なるほど」

 納得したように頷いて、口角を上げる。

「さすがは『殺さずの将軍』の側近って事だね」

 漣瑛が武器を使うよりも体術の方が得意だという事を読み取った口振りだ。漣瑛が苦い顔をする。

 しかしそれよりも私は、慎誠が口にした通称の方が気になった。

「知ってたのか」

「もうどこの国でも有名な話だよ」


「殺さずの将軍」。

 その呼び名で言い表されるのは、言うまでもなく私である。

 一見矛盾したこの呼称は、私が軍功を重ねて将軍になったにも関わらず一人もこの手にかけてはいないという事実に起因している。

 通常、軍功は即ち討ち取った敵の数であり、殺さずに戦は成り立たない。しかし、私は別の方法で功績を重ねてきた。

 殺さなくても捕らえればいい。

 つまり私は数々の戦場で重要な敵将ばかりを狙って生け捕りにしてきたのだ。

 敵兵を殺したくない私は、常に棒か、鞘と柄を縛った剣で戦っていた。戦場に居ながら無意味な事をと散々周りから言われていたが、半ば意地で不殺を貫き続けた。

 当然と言うべきか、死にかけたこともある。しかし今此処に居るのだから、結果オーライだ。


 慈悲なんかじゃない。

 善人ぶってるわけでもない。

 怖いのかも知れないけれど、覚悟が無いわけじゃない。


 ただ、殺さずに済む方法が有るなら。多少困難でも、私はそちらを取りたい。

「まぁ、鴻宵らしいけどね」

 慎誠はそう言って笑った。


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