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水鏡五国志 [第二部 烈日之巻]  作者: 子志
章之肆 奇縁錯綜
53/115

覇姫のお願い

 翌日、朝廷では爾焔の処遇について意見が交わされた。

「炎狂の力は方々もご存じの筈。利用するにしく無しと存ずる」

「いやいや、強い力は諸刃の剣。まして方士となれば…」

 炎狂利用派と、慎重派の論争が繰り広げられる。

 概ねの高官は、爾焔を利用することを良しとするようだ。まさに利用できるものは利用しようといったところか。

「大宗伯鴻宵」

 粗方論争の決着がつきかけたところで名を呼ばれ、私は前に進み出た。

「ひとまず、炎狂を宗伯府にて警護せよ。戦の折りは追って指示を与える」

「御意」

 王から告げられた指示は、ほぼ予想通り。

 これからどう動いて、うまく爾焔の利用を断念しながらも完全には諦めきれずに生かしておく、という状態まで持っていくか。


 錫雛と爾焔次第、か。


「なお、今秋より軍制を改める。詳しくは将軍府に通達する」

 ざわり、と臣下達、特に武官の列がざわめく。私も、思わず隣にいた叙寧と顔を見合わせた。その表情を見る限り、叙氏は絡んでいないようだ。初耳らしく、きょとんとしている。棟将軍は今都に居ないから関知しているのかいないのかわからないが、大将軍のうち少なくとも二人が知らないとは、また急な改正だ。

「七日後に閲兵式を行う」

 以上、と告げて散会になり、王が退出していく。叙寧がこちらを向いた。

「ご存じでしたかな」

「いえ、私も初耳です。叙将軍は何か聞き及んでおられますか」

 聞き返した私に、叙寧は首を振る。

「いや……となると、棟氏の提案ですかな」

 さぁ、と首を捻って、私は王の去った席を見た。

 我々に知らせもせずにこれだけの大事を行えるとしたら、可能性は棟氏若しくは王の周辺だ。この件がどちらの発案なのか、それは内容を見てみなければわからない。棟氏の案ならまず大過は無いだろうが、王の側近からでたとすれば不安だ。王の身辺をうろつく者達の戦略眼の無さは、紅との戦で実証済みだ。

「とにかく、どういうものか見てみないことには」

「そうですな」

 頷きを交わして、私達は腰を上げた。




 将軍府に着いて建物の中で叙寧と進路を分かった私は、まっすぐ檄渓のもとへと向かった。将軍府への通達なら、まず間違いなく彼が真っ先に接する。やたらと要領の良い男らしく、常に情報が早いのだ。

「お待ちしておりました、将軍」

 私が顔を出すと、果たして檄渓は今回の改正の詳細らしき書類を広げて待っていた。

「先程、通達が参りました」

 そう言って、書類を指し示す。

「一言で申しますと、常設軍の設置ですね」

 檄渓の話す要点を聴きながら、私は書類に目を落とした。

 これまで、碧の軍制では、王直属の近衛兵と将軍府の将兵、そして各家の私兵以外は、戦の度に徴兵する兵士で賄っていた。しかしそれではどうしても兵士の質が劣るし、出兵も迅速さを欠く。そこで、軍を常設にして日常的に管理しようという事だった。

「昏との戦を睨んだ措置か」

「はい。昏では数年前から実施されている制度です」

 設置されるのは三軍、兵力は各一万強。

「各軍を預かる武将も固定されます」

 つまり、軍全体がそれぞれの将軍と密接に結びついた配下となるわけだ。

 この改正は、王側から出たものではあり得ない。

「棟氏の発案か……」

「そうでしょうね。戦略的には有効です。すべての兵士を日常的に訓練するわけですから、当然強くなるでしょう」

 但し、と言って言葉を切った檄渓に、私は頷いてみせた。


 但し、この制度は軍を預かる将軍に莫大な力を与える事になる。もしも反乱や将軍同士の仲違いからの武力衝突でも起きれば、容易に国が分裂する危険をはらんでいた。


「棟氏は、王室の争いが泥沼化した場合に、臣下の手で決着をつけられるように考えたのかも知れません」

「……だろうな」

 今、碧国内で最も深刻な問題は、王室内の対立だ。それがこれからもたらし得る影響と、改革のリスクを秤にかけて、今回の改正に踏み切ったのだろう。

「中軍、左軍、右軍、それぞれの将と佐が七日後の閲兵式で任命されます…が、ここに来ている内定から変化する事は無いでしょう」

 檄渓の言葉を聞いて、私はその書類を見た。


 中軍の将、棟凱。佐、棟敏。

 左軍の将、叙寧。佐、騰藍。

 右軍の将、鴻宵。佐、檄渓。


 この配置はすなわち、今の大将軍とその佐官そのままだ。

「忙しくなりそうだな」

 私の呟きに、檄渓は深く頷いた。




 その日のうちに、爾焔と錫雛は宗伯府に移された。一応ちゃんと見張っておかなければならないという事で、私は暫く宗伯府に泊まり込む決意をした。

「というわけで、家に知らせて着替えを持って来てくれ」

 執務室に向かう途中で漣瑛にそう言うと、さっと周りに人が居ないのを確認してからもの凄い剣幕で怒られた。

「駄目です!泊まり込みなど……なにも将軍ご自身が見張りにつく必要は無いでしょう!?」

「や、まぁそうだけど、責任は私にあるし……何だ、何故そんなに怒る?」

 私が首を傾げると、漣瑛は一瞬はっとしたように硬直し、目を逸らした。

「……いえ、別に怒っては……」

 いやいや、あからさまに怒ってただろう。

「その……とにかく、将軍が御自らそこまでなさらずとも、見張らせておけば十分でしょう」

 曖昧に誤魔化した漣瑛になおも主張されて、私は軽く唸った。

「確かに普通ならそうだろうけど…今回、相手は炎狂だ。役人達に要らない不安を抱かせるよりは、私がいた方がいいだろう」

 特に宗伯府の当直役人なんて文官が多い。さっき宿直室の前を通りかかったら、以前妖怪対策に作った朱雀玉をすぐに使える場所に置こうとか相談しているのが聞こえたし。実際のところ、あの玉は朱雀に力の一部を溜めて貰って言霊を鍵に封じただけのものだから、朱雀をよく知っている爾焔に通用するかどうかは微妙なところなのだけれど。

 それでも縋りたいほど、役人達にとっては不安が大きいという事なのだろう。

「それは、そうですが……」

 漣瑛は苦い顔をして押し黙った。私は首を傾げる。

「何か問題が?」

「……いえ……」

 無いという顔には見えないが。

 じとっと見つめていると、漣瑛は少し慌てた風に、何でもありません、と繰り返して家へ向かった。

 何だったんだ。


「鴻将軍」

 凛とした声に呼びかけられて、私ははっと振り返った。背筋を伸ばし、きちんと礼をする。

「これは覇姫様。気づきませず、失礼致しました」

「構わん。こちらこそ連絡も通さずに来て申し訳ない」

 伝言をと思っていたが、ちょうど近くを通る用があったので直接来たそうだ。廊下で立ち話も何だからと部屋に案内しようとしたら、すぐ済むので構わないと言われた。

「炎狂の警護の事だ」

 今まさに宗伯府最大の問題である事を話題に出される。

「宗伯府の役人のみでは不安もあろう。今夜は私も宗伯府に詰める」

「それは、ありがたいのですが……」

 私は言葉を濁した。

 確かに春覇が居てくれれば、爾焔の警護は百人力だろう。しかし、爾焔を宗伯府で警護するのは今夜のみではないのだ。いくら春覇でも、毎夜徹夜で宗伯府に詰めるというわけにはいかない。

 私自身は、今夜は一応徹夜で詰めて、明日からは自分の執務室に寝泊まりしようと思っていた。幸い、仮眠用の寝台がある。

「安心しろ。毎夜詰める訳ではない」

 私の内心に気づいたのか、春覇がそう言って神殿の方へ目を向ける。

「今夜のうちに、炎狂の力を一時的に封じる対策を取る。力が使えなければ私や将軍が気を張る必要も無くなろう」

「左様でございますか」

 私はとりあえず何も言わず、その場は春覇と別れた。


 しかし爾焔の力を完全に封じられては計画に支障を来すかもしれない。今は人目があるから、夜誰も居なくなってから相談しよう。


 そんな事を考えつつ、私は執務室へ戻った。




 日が沈み、太鼓の音とともに王城の門が閉じられる。それとほぼ時を同じくして、春覇が宗伯府を訪れた。

「お待ちしておりました」

 私は当直の役人と共に春覇を出迎え、一度私の執務室に招いた。役人には定時の見回りを命じ、他人の居なくなったところで春覇に小声で話しかける。

「爾焔の力、完全には封じないでくれないか」

 春覇が軽く眉を上げた。説明を求めるような目で見られ、私は手早く計画を説明する。

「……わかった。ならば炎狂の居る場所の方に封をかけよう」

 つまり、神殿を含む宗伯府の敷地内では力を行使できないようにする。そうすれば爾焔の力を利用したい政府の意向にも合致するし、宗伯府から出さない限りは安全が確保されるわけだ。

「ありがとう」

 私は礼を言って、春覇を爾焔の居る部屋に案内した。しかし春覇はどうにも爾焔が苦手らしく、会わなくていいなら会いたくはないと言い張って、部屋の外から結界を張り始める。


 春覇にも苦手なものがあるんだな。何となく面白くて、少し笑ってしまった。



 作業を終えれば、後は何かが起こらない限り定時の巡回以外にする事は特に無い。暇だと眠くなるので、私は漣瑛に濃いめのお茶を淹れて貰って春覇と雑談でもすることにした。

 執務室に備えられている来客用の卓に着いて、湯呑みを両手で包むようにすると、温かさが肌に滲みた。春覇の後ろに立っている章軌にも席を勧めたが、役目だからと断られた。なので、漣瑛も席には着かずに私の後ろに立っている。

 暫く宗伯府の仕事等について話をしてお茶を啜った後、春覇が改まって言った。

「済まないが少し折り入って頼みがある」

 目配せをされて、私は漣瑛を顧みた。

「少し外してくれ。念のため人払いを」

「承知致しました」

 慇懃に礼をして、漣瑛が部屋を出ていく。章軌も、春覇と数秒目を合わせてから黙って出ていった。


 いつも思うんだけど、この二人って視線で会話できるのか。


 春覇と二人だけになった空間に短い沈黙が訪れる。私は漣瑛が淹れ直してくれたお茶を手に取りながら春覇の発言を待った。


 そういえば、漣瑛の前だからとずっと春覇と公の態度で話していたけれど、確か漣瑛には以前に春覇と対等に話しているところを見られていたんだった。ちょっと損した気分だけれど、あれは非常時だったし、けじめはつけた方が良いから、やっぱりこれで正解なのか。


 とりとめもないことを考えていると、春覇がようやく口を開いた。

「折り入って、頼みたい事がある」

 さっき言った事を繰り返す。春覇には珍しく歯切れが悪い。私は視線で先を促した。


 春覇が大きく息を吐く。

 それから、言った。




「結婚してくれ」




 ……はい?


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