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水鏡五国志 [第二部 烈日之巻]  作者: 子志
章之参 秋潦
40/115

蠢動

 人目を縫うようにして私の袖が引かれたのは、朝議が退けて宗伯府へ向かう途中のことだった。

 振り向くと、太子の従者である雪鴛がいた。雪鴛は周囲に気を配りながら、小さな声で言う。

「太子がお呼びです。できる限り内々に」

「……わかった」

 頷いた私は、一旦宗伯府へ向かってから、漣瑛に言い含めて単身太子府へ向かった。



 私を招き入れた蒼凌は、心なしか疲れたような顔をしていた。

「大丈夫か、怪我は?」

 人払いをしてあるので、躊躇なく蒼凌に駆け寄って訊く。蒼凌は苦笑して、私の頭に手を置いた。

「無事だ……お陰様でな」

「え……?」

 剣を届けさせたのが私だということを知られているとは思わなかった私は、目を瞬いた。蕃旋が言ったんだろうか?

 そんな私を見て、蒼凌は軽く笑いながら剣を手に取った。

「この剣、お前のだろう」

「あ……」

 差し出された剣を反射的に受け取って、私は蒼凌を見上げた。

「よくわかったな」

「佩玉に見覚えがあったからな」

 さらりと答えた蒼凌は、不意に真剣な顔でじっと私を見た。

「な、何……?」

 何だか居心地が悪くなって、声が掠れる。

「いや……本当に助かった。今回ばかりは危なかったからな」

 まじめにそう言われて、何だかむずがゆい。同時に、蒼凌が死ぬかも知れなかったという事実に肩が震えた。

「……無事で、良かった」

 俯いて息を吐きながら私がそう言うと、頭を軽く叩かれた。その仕草になぜだか切なくなって、ぐっと拳を握る。


 何だろう。最近、変だ。


「おい、どうした?」

 訝しげな声と共に顔をのぞき込まれて、何故か目頭が熱くなった。

「鴻宵?」

「怖、かったんだ……」

 言葉が、こぼれる。

「蒼凌がいなくなるのが、凄く、怖かった」

 思わず目の前にいる蒼凌の袖を握って、私は目元を覆った。


 わけがわからない。

 なんで泣きそうなんだ、私。


「鴻宵……?」

 蒼凌が驚いている気配がする。当然だろう。私だって理由がわからない。

 とにかく落ち着こうとしていると、不意にふわりと暖かさが全身を包んだ。ぐ、と籠もる力に、抱き締められた事に気づく。

「馬鹿。俺は生きているんだから、いいだろ」

 言葉とは裏腹に柔らかい声が直に響く。以前も、こうして抱き締めてくれた。私が朱宿の罪に怯えていた頃だ。

 また、すくい上げてくれる。乱れていた心が凪いでいく。

「ごめん、ありがとう……」

 呟くように言って、でもまだ温もりから離れたくなくて、頬を寄せる。

「落ち着いたか?」

「ん……」

 暫くして、蒼凌の問いかけに頷き、名残惜しさを感じながら体を離す。


 ……待て、名残惜しい?何それ。何を言ってるんだ、私。


「ご、ごめん……」

 気恥ずかしさに俯きながら謝ると、するりと蒼凌の手が私の頬に滑る。

「そ、蒼凌……?」

「いや、泣いているのかと思って」

 そう言いながら、蒼凌の手は離れずに頬から目元をそっと撫でる。慈しむような触れ方に、かっと顔に熱が集まるのがわかった。心拍が跳ね上がる。

「な、泣いてないっ……用件は終わり?終わりですよね?失礼します!」

 跳ねる心臓を誤魔化すように早口にまくし立てて、私は蒼凌の返事も聞かずに部屋を飛び出した。


 顔が、熱い。



 飛び出していく鴻宵の背中を、蒼凌はぽかんとして見送った。

「何だあれは……」

「まるで恋する乙女ですねぇ」

 突如割り込んできた茶化すような声に、蒼凌は一瞬鋭い目を向けてから溜息を吐いた。

「神出鬼没だな」

「表立って訪ねるわけにいかないじゃないですか」

 声の主は、いつの間に現れたのかひょいと窓から顔を覗かせると、窓枠に座る。

「それにしても……何ですか、今の。随分可愛らしい反応でしたね」

「可愛らしいって……男だぞ、あいつは」

 軽く溜息を吐きながら返した蒼凌は、執務用の机に着いて筆を執った。

「それで、用件は?茶化しに来たわけではないだろう」

 処理すべき書類をめくりながら問いを投げると、対話の相手はすっと表情を引き締めた。

「すみませんでした」

 先ほどとは打って変わって真摯な声が、空気を震わせる。

「貴方の危機に気づけなかった。私の過失です」

 それは明らかに、昨夜の事を言っている。蒼凌は、いや、と言葉を濁して彼に視線を向けた。

「あれは手が込んでいたし、仕方がない事だ」

「仕方がないで死なれては困るんですがね」

 相手が揶揄するように言う。蒼凌は苦笑して、再び書類に目を落とした。

「死にはしないさ」

「……ならいいんですけどね」

 ちょっと危なかったくせに、と微かに聞こえた呟きは無視だ。

「それに、お前の役目は別に俺の護衛ではない」

 蒼凌が言うと、相手はやれやれと肩を竦めた。

「まぁそうですけど……雇い主が生きてなきゃ意味無いじゃないですか」

 ぼやくように言ったその人物は、用件は終えたとばかりに窓の外へ飛び降りる。

「引き続き頼むぞ」

 その背中にかけられた言葉に、

「わかってますよ」

 軽く返して、音もなく走り去って行った。



 太子府から早足で出た私は、熱くなった頬に手を当てて溜息を吐いた。

 最近本当に、何だというんだろう。

「……こんな事に構ってる暇は無い。うん、そうだ」

 自分に言い聞かせるように呟いて、私は持ったままだった剣を腰に提げてから宗伯府へ向かった。


 実際、今の宗伯府は忙しい。


 太子の婚儀の後に予定されていた神殿での儀礼は、当然無くなったので、その後始末。

 それから、今回太子を襲ったのが妖怪であったことから、人ならざるものから都や重要人物を守る対策も宗伯府に求められている。それについては、春覇が北の戦役から帰ってきたら相談して煮詰めなければならないだろう。

 更に今は年が明けたばかりの時期だ。春を迎える為の祭祀に、暦の調整、去年一年の記録の保管処理など、ただでさえ宗伯府は多忙な時期でもある。


「何よりまず、東宮のお祓いをしないとか……」

 実際には別に妖怪だって、祟ったりけがれがあったりするわけではないのだが、人々を安心させる為には宗伯府がけがれ祓いをしてもう大丈夫だと示しておく必要がある。

「それは私がやった方がいいんだろうし……史暦の方は暦監に任せよう」

 動揺を振り払うようにこれからの予定を組み立てながら、私は宗伯府へ戻った。



 宗伯府の役人を何人か連れて訪れた東宮の寝室は、凄惨な有様だった。どうやら気味悪がって誰も近づかなかったらしく、白い大蛇の死骸まで手つかずで放置されている。

 しまったと思った時には、戦慣れしているわけでもない宗伯府の文官達は揃って口元を押さえて今にも嘔吐しそうになっていた。さすがに漣瑛はちょっと顔をしかめるだけで済んでいたけれど。

「……気分の悪い者は向こうへ行って水でも飲ませてもらえ」

「も……申し訳ありません……」

 青い顔で頭を下げて、文官達は肩を支え合いながら東宮の女官が詰めている部屋へ向かっていく。それを見送って、私は大蛇の骸の横たわる部屋に向き直った。

 衝立や棚が大蛇になぎ倒されたのか壊れて散乱し、窓も枠から外れ……ているのは蕃旋の仕業かも知れないが。

「まずはこの死骸を片づけないとな……兵士を何人か呼ぶか」

「そうですね。文官にはきついでしょう」

 部屋の内側を巡るように横たわる骸を見ながらつぶやいた私に、漣瑛が同意する。何しろ巨大な蛇というだけで気持ち悪いのに、その頭が斬り落とされて床に転がり、室内は血の海だ。

「悪いが手を借りてきてくれ」

「はい、早急に」

 漣瑛が出ていくのを横目で見ながら、私は宗伯府の神官がけがれ祓いに使う枝と酒を取り出して、部屋の四隅に置いた。すかさず精霊達が集まって杯や枝に戯れている。形式上の儀礼なんだけれど、精霊達の様子を見るに強ち無駄でもないらしい。


 それから兵士達が到着するのを待つ間、私はぼうっと部屋を見渡す。あの時私の夢に出てきた寝室も、やはりここだった気がする。

 それに、白い蛇。

「正夢、か……」

 だとしたら、私の助けが間に合わなければ、蒼凌は命を落としていたのだろうか。

 あの夢のように。


 今更ながら、助けられてよかったという安堵が湧き上がってくる。蕃旋に感謝しなければ。


「将軍」

 声をかけられて、私は振り返った。戻ってきた漣瑛の後ろに、数人の兵士が担架のようなものを携えて控えている。

「ああ、ご苦労様。この死骸を運び出してくれるか」

 私が言うと、兵士達は顔を見合わせた。心なしか、顔が青ざめている。

「気味が悪いとは思うが、頼む」

「あの、将軍……」

 遠慮がちに、兵士の一人が声をあげた。

「その……触れても、大丈夫なのでしょうか」

「一応、祓いはしてある」

 そう伝えても、兵士達はまだ不安げだった。無理もないか。これだけおぞましい光景を見れば、妖孼の骸がこちらに悪影響を与えないか不安にもなるだろう。

「やはり気分が良くないか……」

 ひとりごちて、私は祭祀用の枝を手に取った。目の前で祓いをしてやれば、少しは気分も軽くなるだろう。それに、悪影響があるほどではないにしろ、確かにここの空気は清くはない。血の臭いと妖気が淀んでいる。

 私は枝を水に浸し、水滴を撒くようにぱっと振った。清めに使うのは、土地柄相性の良い水精霊と木精霊がいい。

「清めの水よ、癒しの木よ」

 私の呼びかけに応えて、精霊達が渦を巻き始める。

「この地のまがき事煩わしき事、全て祓い清め給え」

 精霊達が、私の手にした枝と水滴を媒介に、血と妖気に淀んだ空気を浄化し始める。最後にまた枝を振ると、散った水滴に清められた空間がきらきらと光った。

「おぉ……清めの光だ」

「初めて見た……」

 兵士たちが口々に囁き交わす。その表情から不安が消えたのを見て、私は枝を収めた。

「これでもう大丈夫だ。頼むぞ」

「はっ!」

 兵士達はきびきびと動いて、いくつもの担架を繋げて大蛇の死骸を運び出したばかりでなく、床を浸した血も掃除してくれた。短時間でとはいえ漣瑛が選んできただけあって優秀だ。

「ご苦労。嫌な仕事をさせて済まなかった」

「いえ、お役に立てて光栄です」

 兵士達の中で、他の者達に指示を出していた男に声をかけると、彼はぴしっと背筋を伸ばして答えた。他の兵士達もさっと敬礼する。

 良い兵士だ。後で漣瑛にどこの兵か訊いておこう。


 作業を終えた彼らを帰すと、ちょうど入れ替わるように宗伯府の役人達が戻ってきた。青い顔をしたまま恐々と部屋を覗いて、そこが片づいていることにほっと息を吐く。その様子に苦笑しながら、私は部屋の中心にも酒と枝を置かせた。

「先ほど即席の祓いはしたが、きちんと清めておこう」

「はい」

 元気を取り戻した役人達は、儀礼を始めるべく動き出した。


 この事件で、王が太子を厭う気持ちが半端なものではないとわかった。たぶん多くの重臣達がそれにきづいたに違いない。

 しかし、その対立の表面化は、太子がこれは妖怪の単独犯だと言い切った事で、辛うじて抑えられている状態だ。


 国内で争っている場合ではないのに。

 小さく嘆息して、私は儀礼を開始した。



 その月。

 白の刃仙が亡くなったという報せと、昏が白に攻め込んだという情報がほぼ同時に入った。

「刃仙が……」

 その報せに、私は眉を寄せて考え込んだ。五国方士の存在に何か意味があるのではないかと思っていたのに、現実には刃仙が欠けてしまった。


 但し、引っかかる事はある。


 五国方士の年齢だ。確か黒零が私の一つ下で17、春覇が20、爾焔が28、鴻燿が27。それに対して、刃仙は明らかに六十を越えていた。一人だけ、歳が異様に離れている。

「ひょっとすると……」

 ひょっとすると、昏の氷神と呼ばれた峰晋が実は玄武で、後から黒零が現れたように、白にもまた別な方士が居るのかも知れない。


 そこでふっと五国方士並の力を持つ方士を思い出して、私は眉を顰めた。

 それはあんまりだ。個人的に嫌だ。

 いや、嫌だとかいう問題じゃないのはわかってるけど。


 とりあえず、この件に関しては様子見だ。一応、今白には慎誠に行って貰っている。何かあれば報せてくるだろう。


 昏の白侵攻については、白から正式な通知がありしだい同盟に基づいて救援を派遣する事になる。多分、現在膠着中の戦線に兵力をつぎ込んで、昏領の東側に本格的に兵を進めるという方法が採られるだろう。春覇を呼び戻して休ませると同時に、他の有力な将を送り込むことになると思われる。

 さて、そちらに遣わされるのは誰か。

 出兵の規模から考えて、大将軍――私か叙寧が向かわされるのは間違いない。

「まぁ、多分叙寧だろうな」

 地図を広げながら、私は呟いた。前回北辺の防御に赴いた叙寧が昏へ向かうのは至極自然な流れだし、私としてもそうして貰った方が都合が良い。


 私が昏に征けば、黒零を引き出してしまう可能性が高いから。


 それに、いざ白が崩れ始めた時、迅速な動きのできる私の指揮下の兵がすぐに向かえる態勢にあった方がいい。


 事態は急速に動いている。

 世界が、変わる。




 白からの急使が来てからすぐ朝廷でなされた決定は、だいたい私の予想通りだった。

 すなわち、叙寧が北へ向かい、私は待機という事だ。叙寧と交代した春覇はもうじき戻って来るらしい。そういう状況の中で、私はと言えば、毎日事務処理を淡々とこなし、数日に一度は詠翠のところへ行って兵法の講義をし、時々将軍府に顔を出して兵の訓練に立ち会う。


 うん、なかなかにのどかだ。


「鴻しょ……いや、将軍」

 珍しく穏やかな日々を過ごしていたある日、帰宅した私に範蔵が声をかけてきた。

「何だ?」

「前から仕官希望者が結構来てたんだが、そいつらを篩にかけて信用できそうな奴を選んだ。仕官を許すかどうか、直接会って決めてくれ」

 一応資料な、と言って、範蔵が紙の束を渡してくる。そういえば、私は位から言えばかなりの臣下を持てる身分だ。これまでさぼっていたけれど、もう少し私臣を増やさないと手が回らなくなる。

 臣下集めの役目に当たっていた範蔵は、地道に仕事を続けてくれていたらしい。

「ああ、ご苦労様。だったら明日から何人かずつ分けて……」

 資料をめくって目を通していた私の手が止まる。

「どうかしたか?」

「……いや、これ……」

 私の凝視している手元をのぞき込んだ範蔵は、首を傾げた。

「こいつか?ごく普通だが実直そうな男だと思ったんだが……何か」

「あ、いや、問題は無いんだ。ただ……」

 資料の名前を見て、私はほんの少し表情を和らげた。

「無事に逃げおおせたんだなと、思って」

 範蔵が怪訝な顔をする。その口から質問が飛び出す前に、私は顔を上げた。

「今から呼べないかな。まだ日も高いし」

「……可能だとは思うが」

 不得要領な顔をしながらも、範蔵はその人物を呼び出しに向かってくれた。それを見送って、私は安堵の息を吐き出した。

「よかった……無事で……」


 まもなく、範蔵がその人物を連れてくる。最敬礼をするその人物に、私は声をかけた。

「顔を上げてくれ」

 恐る恐る、といった調子で、その人物の顔が上がる。

 何故突然呼ばれたのかわからない、という戸惑いに揺れていた表情が、私の顔を視界に入れて数秒後、さっと驚愕に染まった。

「あんたは……!」

 思わずといった様子で声を上げ、はっと口を押さえる。これから仕えたい相手を、あんた呼ばわりはまずい。

 驚愕と焦りと疑問を混ぜこぜにしたような目を向けられて、私は苦笑気味に言った。

「咎めはしないから大丈夫だ。急に呼び出して悪かった……久しぶりだな、預剛」

 傍らにいる範蔵が、今度はどういう知り合いだ、とばかりに胡乱げな目を向けてくる。それをひとまず無視して、私は預剛に問いかけた。

「奥方は元気か?」

「……はい、お陰様で」

 ようやく現状を飲み込んだのか、預剛が深々と頭を下げる。私の脳裏に、夏でも雪の消えない昏の情景が蘇った。

「今度連れてきてくれ。総華……あの時の女の子もここにいるんだ。互いに無事な姿を見せてやりたい」

「はい……!」

 小さく震える声で承諾した預剛は、不意にがばっと床にひれ伏した。範蔵が目を見開いている。

「本当に……本当に感謝の言葉もございません。貴方が救い出してくださらなければ桃は……!あの時はお名前も伺えず……」

「よしてくれ。言葉は悪いがついでのようなものだったし……無事なら、良かった」

 実直を絵に描いたような預剛の謝辞に、私は軽く笑って言った。第一、あの時私は総華を助けるという目的で冒溢邸に踏み込んだのだし、預桃を助けたいと言ったのは総華だ。私には特に感謝されるような事は無い。

「そんな……そちらこそ、ご無事でなによりで……」

 更に土下座を続けそうな預剛を手で制して、顔を上げさせる。

「それで、こんな主君だが仕える気はあるか?」

「勿論です!」

 順調に預剛を臣下として受け入れる事を決め、預桃を総華に会わせる約束も取り付けて預剛を帰した私の襟首を、範蔵が捕まえた。

「で?どういう事情か説明してくれるよなぁ?」

 やっぱりそうなりますか。



 結局私は、何故か家臣達のそろった前であの時の話をかいつまんでさせられた。因みに殴り込みの相手が冒溢だった事は伏せ、さる裕福な家と言ってある。さすがに将軍の屋敷に単身踏み込んだと知れるとまた無茶を叱られると思ったからなのだが。

「馬鹿かてめぇは!」

 伏せても叱られました。

「なんっつー無茶しやがる!」

「怒らないであげて、省烈。私がうっかりしてたのが悪いの」

 私の頭をべしっと叩いた省烈を、総華が宥める。範蔵が深い溜息を吐いた。

「まぁその頃鴻宵は碧の将軍でも俺達の主でもなかったわけだからな。俺達が怒るのは筋違いだ」

「でも、将軍の、すぐにそうして人の為に無茶をなさる所が、我々は誇らしくもあり、心配でもあります」

 眉間に皺を寄せた衙楠が言う。これは彼が心配している時の表情なのだが、それを知らない人間から見るともの凄く怖い顔にしか見えない。衙兄弟は性格が比較的穏やかな割に強面だから、慣れるまではちょっと怖かった。秘密だけど。

「……これから先、そんな無茶はしないで下さいよ」

 珍しく漣瑛が説教をせずに溜息ですませた。白への遣いから帰って以来、漣瑛の私への態度は少し遠慮がちになった気がする。距離を測りかねているのかも知れないな、と漠然と思った。

「それにしても……」

 それまで黙っていた尉匡が、おもむろに口を開く。なんだか本能的な危機感を覚えて、私はそちらに目を向けた。

「『並外れて好色な』『さる裕福な』方が『人さらい』をなさったわけですよね?昏の都で」

「……うん」

 何故だろう、これ以上言わせてはいけない気がする。しかし止める手だても思いつかずにだらだらと冷や汗を流す私に、尉匡はにっこりと笑んでみせた。

「妙ですね……五国広しと雖も、その条件に当てはまる人物が一人しか思い浮かばないのですが」

「……気のせいじゃ」

「将軍?」

 なんだか笑顔が怖いです、尉匡さん。

「べ……別に、誰でもいいじゃないか。ほら、済んだことだし!」

「そうですね」

 肯定の言葉に安心したのも束の間。

「でもここで何も言わずにおくと、将軍はまた似たような無茶をなさると思いますので」

 済んだことでも、きっちりお灸は据えさせていただきます、と。

「……お前等は俺の保護者か!」

「それに近いことは間違い無いのでは?」

 言い切られた。一応臣下なのに、保護者みたいなものだと言い切られたよ……!

「……一応俺って主君なんだけれども」

「お諫めするのは臣下の役目ですから。無論、きちんと成長なさるのをお助けするのも、です」

 いやもうそこまで子供じゃないんですけど。

「さて、話を戻しましょう」

 永遠にずれたままがよかった。

「一人だけ、そういう行動をなさりそうな心当たりがあるのですが」

 尉匡の笑顔がなんか怖い。

「……まさか、違いますよね?」

「……何のことかな」

 誤魔化したら、また省烈に頭を叩かれた。


 その日の晩、私が延々と臣下達に説教をされたのは言うまでもない。



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