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爆発

 今日も、鴻氏邸は騒がしい。


「しょーぐん!しょーぐん遊ぼう!」

「いや、俺はちょっと仕事が……こら引っ張るな!くっつくな!ぶら下がるな!!」

 仕事の為に書斎に引っ込もうとする鴻宵を、子どもたちが引きとめる。

 一人や二人ならまだしも、十人近い子どもたちに群がられては身動きもままならない。

「ちょっと……範蔵!助けろ!」

「いやあ、俺は餓鬼の扱いは得手じゃないんでな。ま、頑張れ」

 飄々と言って見捨てる範蔵の横で、尉匡がくすくすと笑う。

「薄情ですね範蔵殿。いつも将軍に群がるのをどけて差し上げているじゃありませんか」

「たまには自力でやれってことだ」

 それに、と続けた範蔵の声に被さるように、何かを叩くような音が立て続けに響いた。

「いい加減にしろ餓鬼ども!仕事の邪魔だけはしちゃいけねえって何度言ったらわかるんだ!」

「いたいよ省烈」

「かさいのばかぁ」

 鴻宵に群がっていた子どもたちが、頭を押さえて後ろを睨む。そこには紙の束を持った省烈が鬼の形相で立っていた。

「慣れてる奴がやった方が早いだろ」

 範蔵が続きを言う。

「それはそうですが……将軍まで頭押さえてますけど?」

 尉匡が指した先には、子どもたちと一緒になって頭を押さえている鴻宵が居た。

「省烈……俺にも当たったんだけど……」

「わざとだ」

 悪びれる風も無く言い放って、省烈が子ども達と鴻宵を睥睨する。

「いつも内向きの決済ばっか後回しにしやがって。ちゃんと仕事こなせねえならお前も餓鬼の仲間だ」

「それは酷くないか」

 抗議する鴻宵に、省烈が持っていた紙束を突き付けた。

 因みに先程子ども達と鴻宵の頭を強かに叩いたのはこの紙束である。痛いはずだ。

「では将軍、こちらに溜まっております書類に目をお通しになった上で即刻ご裁可を頂けますでしょうか。今すぐに」

「はい……」

 嫌味のように丁重な口調で言われて、しゅんとなった鴻宵が書類を受け取る。

 実際鴻宵はさぼっているわけではないのだが、どうしても軍務や公務で忙しい上、空いた時間があっても公務の補完や兵の視察等を優先にしてしまうため、私的な事務は滞りがちなのだった。

 家を預かる家宰としてはそんな状況が愉快なはずがない。

「あまりいじめるなよ」

 その萎れようを見かねたのか、範蔵が口を出す。省烈は鼻を鳴らした。

「忙しいのはわかってるさ。だが家の事も考えて貰わねえと困るんでな」

「まあ人手不足は相変わらずですしね」

 そんな会話を、独り黙って見ていた男が居る。言うまでも無く、漣瑛である。

 俯いたその肩が震えていることに最初に気付いたのは、大人しくなった子どもたちの間を抜けて書斎に入ろうとした鴻宵だった。

「漣瑛?どうした?」

 その言葉に、他の三人の臣下たちも漣瑛の方に目を向ける。漣瑛はぐっと拳を握りしめた。

 もう、限界だ。

「いったい……いったい何なんですかここはっ!?」

 顔を上げると同時、力の限り漣瑛は叫んだ。鴻宵が目を見開く。

「日がな一日子どもが走り回るわ、臣下と主君が対等に口をきくわ、挙句に殴るわ!どんな無法地帯ですか!仮にも将軍家が!」

 根がまじめな漣瑛には信じられないことの連続だった。

 主君は尊敬すべき将軍のはずなのに、家の中のこの有様はどうだ。おまけに主君が臣下に言い負かされている姿など、はっきり言ってあまり目に心地よいものではないではないか。

「どんな場所にも礼儀があるべきです!臣下が忌憚なく意見が言えるというのは、確かに良い環境でしょう。でしたら私も言わせていただきます。ええ、言わせていただきますとも!」

 仕官して数日、終始大人しい様子だった青年の長広舌に、周囲は目を瞬いている。

「狐狼の子どもの面倒をみるのは良いでしょう。反対はしません。しかし邸を走り回らせるとは言語道断です!お前達は世話をしてもらえる恩を考えて節度を持ちなさい!」

 最後の言葉を直接にかけられた子どもたちは、びくりと肩を震わせる。しかし、不思議と脅えている風ではなかった。

「家宰殿!それをきちんと子どもたちに教えるのは貴方の役目でしょう!それに将軍と子どもを同列に叱るなど問題外です!将軍が公務を滞りなく行えるよう支えるのが家を預かるものの務めでしょう!」

「お、おう……」

 元来武官あがりで気性の荒い省烈も、漣瑛のこの剣幕には気圧された様子で頷く。

「範蔵殿!貴方は将軍の扱いがぞんざいに過ぎます!仮にも主君です!敬意を持ってください!尉匡殿も!さっきのような状況では止めてください頼むから!」

「何で尉匡だけ懇願なんだ……?」

 ぼそりと呟いた鴻宵は、漣瑛の目が自分に向けられた事でびくっと背筋を伸ばした。

「将軍!」

「はい!」

 思わず返事をしてしまった鴻宵に、漣瑛が何か言いかけて、その口を閉じ、気が抜けたように肩を落とした。

「外での威厳はどこへ行ったんですか……」

 深い溜息を零した漣瑛を見て、鴻宵は頬を掻いた。

「よくもまあそれだけ溜めこんだものだ」

 その呟きに反応して、漣瑛がきっと顔を上げる。

「溜めこみもしますよ。こんな非常識な場所を見たのは初めてです!」

 言い切って鴻宵を真っすぐに見る漣瑛に視線を返して、鴻宵はうん、と頷いた。

「本心が出てくれたようで良かった。そんな風に意見がきちんと言えるのが俺の欲しい臣下だ」

 そう言われて、漣瑛がはっと目を見開く。鴻宵は視線を外すと、書類で口元を覆うようにしてふっと笑った。

「これから子どもたちと省烈に加えて漣瑛の怒鳴り声まで響く家になるのか……またにぎやかになるなぁ」

「反省しないのかあんたは!!」

 思わず素で叫んだ漣瑛が、どうやら自分は主君にからかわれているらしいと気づいたのは、暫く後になってからであった。


 しかしこれより後、漣瑛は生真面目な性格通り真面目に仕えながらも、言いたい意見は忌憚なく言うようになったのだった。



 そんなちょっとした変化を経ながら、時はまた過ぎてゆく。

 夏の終わりに昏の侵攻があり、大将軍に従って出陣した鴻宵は昏の東端の邑の大将を捕らえ、更に長駆して退却する敵軍を側面から叩いた。

 その背後に付き従っていた青年は、自らの身を顧みないその進軍にもよく従い、無事に生還してみせたという。




 そして冬、十月。

 碧の都、翠では叙任式が行われた。


「数多の戦功により、中大夫鴻宵に大将軍の任を与え、上大夫大宗伯の位を与える」

 王命を読み上げる役人の声が響き、叙任を受けた武将が拝礼する。

 居並ぶ武将や大臣達の前で、静かに命を拝受したのは、与えられた重い称号にそぐわぬまだ若い青年。体格も他の武将達より一、二回り小さい。

 頭を深く下げたその姿を見て、碧王は目を細めた。

「これまでのそなたの働き、見事である。これからも励むがよい」

「御期待に沿えるよう努めます」

 再拝して引き下がる新将軍に向けられる周囲の目は、どこか複雑な色を帯びている。若くして高位に就いた青年は、萎縮する風もなく毅然と佇んでいた。


 王歴一二八一年十月。


 約束の一年を経て、再び物語は動き始める。


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