表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水鏡五国志 [第二部 烈日之巻]  作者: 子志
章之陸 怨慕交錯
101/115

姉妹

 碧の都、翠の王城では、橙の公主牧燕玉が憂わしげにその柳眉を下げていた。

「近頃、太子にお会いしたくてもお忙しいの一点張り……寂しくていけませんわ」

 太子が忙しいのは当然である。現在碧は大将軍の一人を質に取られた形で、昏と不利な交渉を迫られている。太子蒼凌の個人的な心境としても、到底橙の公主の遊覧に付き合っている余裕は無かった。

「そうだわ」

 暫し悩んでいた燕玉は、ぽんと手を打った。

「この機会に、お姉さまに会いに行きましょう」

 嬉々として支度を始める。姉である牧黎翡は現在王城の外にある邸に留め置かれているので、会いに行くには城の外へ出る許可を貰いに行かねばならない。




 鴻宵の邸に残された黎翡は、時折子ども達の相手をしてやりながら、手持ち無沙汰な日々を送っていた。

 主人の居ない邸は、常と比べて閑散としている。

 主の妻である春覇も留守だし、居間で何かしら職務をこなしていることの多い範蔵は使いに出ている。同じく使いに出た嶺琥の代わりに、使用人達が交代で馬の面倒を見ていた。家宰の省烈と渉外担当の尉匡は平時でも多忙なところへもってきてこの状況下では各方面への根回しに忙しく、漣瑛は傷が重く自室で療養中である。


 自然、黎翡は一人で居ることが多くなった。しかしこの邸へ来た当初とは異なり、逃げようという気は起きない。

 それだけ、黎翡はこの場所に、そしてそれを作り出した鴻宵という存在に馴染んでいた。


「戦姫様」

 不意に、声を掛けられる。見ると、門番兄弟の片割れだった。

「お客がお見えです」

「客?私に?」

 告げられた用件に、黎翡は眉を寄せた。この邸での待遇に慣れるとつい忘れそうになるが、黎翡は本来捕虜である。そんな彼女にわざわざ面会に来る者など、普通は居ない。

「それが、妹君で」

 門番の口から出た名前に、黎翡は思わず顔を強張らせた。岸鵠の件は吹っ切れたとはいえ、黎翡が本来的に妹の燕玉を苦手としていることに変わりはない。しかも今、この状況でこの邸に訪ねてくるという行為自体が、燕玉の配慮が足りない、否、この邸の人々に対し配慮する気がないことを示している。

「……碧では他国の質がふらふら出歩くのを許していますの?」

 辛うじて、黎翡は小さな抗議を口にした。知らせに来た衙楠は困ったように眉を下げる。

「形式上、客人であると聞いておりますし、姉君に会いたいと仰るものを止めにくいのでは」

 衙楠の言葉はごく常識的である。黎翡は軽く手を振った。黎翡とて、そのくらいの事情を推察できなかったわけではない。ただ、出来ればこの事態を避けたかったという心情が彼女に愚痴めいたことを言わせただけで。

「わかりました。会いますわ。でも此処でというわけにもいかないでしょう。表側の客間を用意して下さる?」

「はい、すぐに」

 衙楠が頷いて、準備に走る。使用人達が素早く部屋を整え、燕玉を案内して来た。

「お姉様!」

 黎翡の姿を視界に入れるや否や、燕玉は目を円くして駆け寄ってくる。怯えたような手つきで、黎翡の髪に触れた。

「なんてこと……いったいどうなさったの?」

「心配要りませんわ。自分で切っただけ」

 黎翡は端的に告げると、燕玉を椅子に座らせる。淵珪がお茶を持ってきて、卓の上に置いた。

「自分で切った、って……どうなさったの?髪をそんな風になさるなんて、余程のことでしょう」

「そうでもありませんわ」

 黎翡は言って、茶を啜る。

「ただの気分転換よ。髪はまた伸びますし、案外すっきりして私は気に入っていましてよ」

「そんな……」

 燕玉は絶句している。

 髪をばっさり切り落とすという黎翡の行為は、彼女の価値観から見ればまるで女であることを投げ出すかのようなものである。黎翡に何が起こったにせよ、その大胆さは燕玉の理解の外にあった。

「それより」

 湯飲みを置き、燕玉をしげしげと眺めた黎翡は、話題を変えた。

「碧へ来てからは太子と仲良くしているとか聞いていますけれど……」


 鴻宵や春覇は、滅多に燕玉の話をしない。自分に気を遣っているのだろう、と黎翡には推測できた。しかしだからこそ、黎翡は鴻家の家臣達にそれとなく尋ねたり、彼らの会話から聞き取ったりして、燕玉の情報を自ら集めていた。妹の動向をある程度把握しておくことは自分の責務でもあると考えたのである。

 故に、彼女は知っていた。燕玉が三日にあげず太子に会いに行っていることを。


「ええ、よくしていただいていますわ」

 燕玉は頬に手を当て、薄く笑んだ。その頬に赤みがさしているのを見て、黎翡は顔をしかめる。

「燕玉、あなた……」

 数秒、躊躇って。漸く、黎翡はその名を舌に載せた。

「岸鵠は、どうしましたの?」

 本来黎翡の婚約者であった岸鵠は、黎翡が碧に捕らわれてから燕玉に相手を切り替えた。すなわち、現在燕玉には岸鵠という婚約者が居る筈である。そんな者が、年若い太子に近づきすぎて良いものかどうか。

 黎翡の言葉に、燕玉はきょとんとして目を瞬かせた。

「岸氏様……ああ、確かに私、岸氏様と婚約致しましたけれど」

 無邪気とも言えるような綺麗な笑顔で、燕玉は言う。

「でも、碧の太子とお近づきになれるのなら、それに越したことはないでしょう?」

 何の躊躇いも無く言い切る燕玉に、黎翡は眉を寄せた。

「あなたまさか……場合によっては岸鵠を棄てるおつもり?」

「棄てるだなんて、お言葉が過ぎますわ、お姉様」

 湯飲みを両手で持ち上げながら、燕玉は苦笑する。

「その時は、岸氏様はお姉様にお返し致しますわ」

「燕玉!」

 黎翡は思わず声を荒げた。岸鵠の件は既に割り切ったとはいえ、そのような言い方をされれば黎翡の自尊心に傷も付こうというものである。

「お怒りにならないで、お姉様」

 燕玉は悪びれもせずに微笑んだ。

「岸氏様からのお話はあちらから持ちかけてこられたのですし……碧に使わされた私のお役目は、碧と橙との繋がりを作ることでしょう?」

 黎翡とはあまり似ていない面立ちが、柔らかな表情を作る。

「私としても、大国の次代の王妃となる方が幸せでしょうし、蒼太子とお近づきになりたいと思うのは自然なことだと思うのですけれど」

 何も悪いことはない、とばかりに燕玉は言い切る。黎翡は言葉に詰まった。


 これだから、黎翡は燕玉が苦手なのだ。

 燕玉は、黎翡や春覇とは全く違う意味に於いて、嫌になるほどに乱世の女なのである。生き残るため、安泰な未来を掴むために、少しでも良いものを手に入れようとする。たとえそれが、他人のものであろうと。奪い取ることに、何の痛痒も感じない。しかもそれが打算や策略の結果でなく、ほぼ本能的に為されてしまうところが恐ろしい。

 その点、黎翡は甘い。奪われることに慣れた彼女は奪われる痛みを知っているが故に、他人から奪うことに抵抗を感じる。春覇や鴻宵も、燕玉のような貪欲さを持たない点において、やはり甘いと言えた。


「……現状、太子の地位は安泰とは言えませんわよ」

 黎翡がやっとの思いでそれだけ言い返すと、燕玉は困ったように笑いながら頷いた。

「そのようですわね……そうでなければ、お父様も多少強引にでも私を太子に嫁がせたと思いますわ」

 婚姻を結ぶわけでもなくただ客として滞在している半端な現状は、橙が碧の今後の動きを案じて様子見をしていることに因る部分が大きい。

「けれど、その分太子は後ろ楯が欲しい筈ですわ。つまり、私にとっては好機ですの」

 燕玉はそう言って微笑んだ。黎翡は目を細める。

「珍しいですわね。あなたが不安定なものを欲しがるなんて」

 聞きようによっては皮肉とも取れるその言葉に不快の欠片も見せず、燕玉は仄かに頬を染めた。

「だって、素敵な方なのですもの」

 黎翡は息を呑んだ。このように言う以上、燕玉は本気なのだろう。


 黎翡自身は、碧の太子とは面識が無い。しかし幼い頃、春覇の口からしばしば聞いていた「いとこ」は恐らく彼のことなのだろうと推察しているし、今でも春覇が太子を敬愛していることは周知の事実である。つまり太子の立場と春覇の境遇は、ある程度連動する。

 太子と春覇の為には橙と繋がりを持って地位を固める方が良いのかも知れないと思う一方、燕玉の思い通りに事態が動くことに漠然とした不安があって、黎翡はどちらを望むべきかわからなくなった。


「でもね、少し妙なのです」

 燕玉は眉を下げ、手の中で湯飲みを弄びながら呟いた。

「太子にとっては、橙と良好な関係を築くのは良いことの筈ですわ。だからこそ私に優しくしてくださるのでしょうし……それなのに」

 華奢な手指が、湯飲みをぎゅっと握り締める。

「それなのにあの方、決して私を見てくださいませんの。いつも笑顔でかわされるばかり。まるで……」

 伏せられた瞳が、暗さを帯びた。

「まるで、既に誰か心に決めた方がおられるみたいに」

 黎翡は目を円くした。太子に関してそういう噂は聞かないし、春覇からも聞き及んでいない。燕玉は、そんな彼女の顔を覗き込んだ。

「お姉様、どなたかお心当たりはございませんこと?」

「ありませんわ」

 黎翡は言下に否定する。

「そういう話も聞いたことはありません。あなたの思い過ごしではなくて?」

「いいえ」

 燕玉も、譲らなかった。

「私の勘ですけれど、間違いありませんわ」

 溜息を吐いて、湯飲みを置く。いつも天真爛漫の見本のように気楽に見える彼女には珍しく、気落ちした様子であった。

「でも私、諦める気はございませんの」

 次の瞬間にはにっこりと笑って、彼女はいつもの彼女に戻る。

「私にとってもあの方にとっても、そして橙の国にとっても、良いご縁でしょう」

 黎翡は少し眉を寄せた。

「人の心はそれで割り切れるものではありませんわ」

「あら」

 燕玉は対照的に微笑む。

「案外子どもじみたことを仰いますのね、お姉様」

 席から立ち上がり、辞去する準備を始めながら目を細める。

「私、あの方の心が欲しいなんて贅沢を言うつもりはございませんのよ」

 固より、乱世の女性とは往々にして自ら相手を選ぶことのできないもの。結婚は家の利の為である。

「ただ、私の将来と国の為に有益で、しかも私の気に入った方を逃がすつもりは無い、それだけですわ」

 燕玉にとってこの件は、結婚という形を手に入れれば勝利なのだ。色恋沙汰をどうこうしようというつもりは、最初から無い。

「すっかり長居してしまいましたわ。ご無事で安心しました」

 完全にいつもの調子に戻った燕玉が、一礼する。黎翡は答礼して、彼女を送りに出た。部屋の外に控えていた侍従が燕玉の後ろにつき、姉妹は回廊を歩き出す。


「あ……」

 途中、たまたま居合わせた家人が慌てて二人に礼をした。その顔を見た黎翡は目を見開く。

「漣瑛!あなた何を出歩いていますの?まだ安静にしていろと言われている筈でしょう」

「いえ、その……」

 歯切れ悪く言って目をそらすところを見るに、どうやら抜け出してきたらしい。恐らく、囚われの身の主君を思うと居ても立ってもいられなかったのだろう。出掛けるつもりだったらしいが、額に脂汗が浮き真っ青な顔をしている状態では到底出歩けないことは誰の目にも明らかだった。

「気になるのはわかりますけれど、無茶をすると治るものも治りませんわ。総華を呼びますからそこに座っていなさい」

「しかし……」

「座りなさい」

 有無を言わせずに漣瑛をその場に座らせ、周囲に視線を巡らす。誰か、と呼ぶと、近くの部屋から登蘭が飛び出してきた。

「総華を呼んでくださいな。それから、この馬鹿者を運べる男手を」

「戦姫様、私は自分で……」

「お黙りなさい」

 自力で動けると主張しようとする漣瑛に厳しい言葉を投げつけ、これ以上無茶をしないよう牽制する。そうしなければ重傷の身を押して飛び出して行きそうな危うさが、今の漣瑛にはあった。

「無茶をするものではありませんわ」

 人が来るのを待ちながら、黎翡は諭す。

「犬死にはあなたの主君の最も嫌うものではありませんこと?」

 漣瑛はぐっと言葉に詰まり、俯いた。

「……わかっています」

 それでも、と、細い声で言葉を継ぐ。

「それでも、じっと待っているに忍びないのです――私は、あの方を守れなかった」

 漣瑛の声音に、慚愧が滲む。従者たる彼は、最も傍に居ながら護ることもできなかったという己の無力と罪悪感に苛まれていた。

「馬鹿なことを言うものではありませんわ」

 黎翡は眉を寄せ、俯いた漣瑛を睨む。

「あなたの主君は臣下に守られなければならないような人ですの?私が鴻宵の立場なら、そんな風に言わせた自分の不甲斐なさを恨みますわ」

 厳しい言葉には、実感がこもっていた。彼女もまた、部下を率いて戦う将なのである。

「心配するなとは言いませんけれど、その為に無茶などすれば却ってあの人を追い詰めることになりますわよ」

 ぱたぱたと足音がして、総華が駆けてくる。続いてやって来た衙楠が、漣瑛を担ぎ上げた。

「迎えは出ているのです。おとなしく待っておいでなさい」

 最後に黎翡がそう言うと、漣瑛はぐっと奥歯を噛み締めるようにしながら小さく頷いた。その額の汗を総華が拭い、寝室へと連れて行く。それを見届けて、黎翡は燕玉に向き直った。

「すみませんでしたわね。こちらの事情で足を止めてしまって」

「いいえ、構いませんわ。お気になさらないで」

 燕玉はそう応じてから、まじまじと黎翡の顔を眺めた。

「……何ですの?」

「いいえ……お姉様、随分お優しくなられましたのね」

「は?」

 黎翡は一瞬虚を衝かれて瞠目したが、すぐに冷静さを取り戻した。確かに、こんな風に親身に誰かを諭すことなど、以前の黎翡ならしなかったかも知れない。

「……お人好しというのは、伝染るもののようですわね」

 小さく呟いて、苦笑する。首を傾げる燕玉を促して、門の外へと送り出した。

「それではお姉様、ごきげんよう」

 品良く礼をして、燕玉が立ち去っていく。その後ろに控えている侍従の存在がまるで意識の中に無いような立ち居振舞いが、今の黎翡には少し新鮮に思えた。普通ならば当たり前の態度であるにも関わらず、だ。それだけ、黎翡もこの破天荒な邸に慣れてしまったということかも知れない。


 燕玉を見送ったまま、ぼうっと門のところに佇んでいた黎翡の前に、不意に棒が現れた。門番をしていた衙桐が、黎翡の行く手を遮るように棒を傾けたのだ。

「お戻り下さい、戦姫様」

 やや遠慮がちに言われて、黎翡ははっとした。すぐにその意味を理解し、一歩下がる。いくら鴻氏邸が都城の中心区画から少し外れた場所にあって人目につきにくいとはいえ、捕虜の立場である筈の黎翡がいつまでも門の辺りに居ては要らぬ問題を呼び込みかねない。況してや現在この邸の主は不在である。監視が甘いなどと騒がれないよう、けじめをつけなければならなかった。

 気づかせてくれた衙桐に小さく会釈して踵を返そうとした黎翡は、足早にこちらに向かってくる人影を見つけて目を細めた。笠を被った旅装の男である。明らかにこの邸を目指しているようだが、黎翡はその男に見覚えが無い。

 黎翡の視線に気づいた衙桐が首を回らし、目を見開いた。

「鴻耀様」

「おう」

 門の前まで来た男は、衙桐の呼び掛けに応えて笠を取る。露になったその顔には、大きな傷痕が走っていた。

「宵は」

 鴻耀が問い掛ける。あちこち旅をしていた彼は、鴻宵が昏に捕らわれたと聞いて様子を見に戻ってきたのである。問われた衙桐は眉を下げた。

「現在、覇姫様が右軍の兵とともに使いとして向かっておられます。首尾のほどは、まだ」

「そうか」

 鴻耀は頷き、ひとまず邸に踏み込んだ。そこに居た黎翡を目にして、軽く眉を上げる。

「見ない顔だな」

「一言目がそれとは、ご挨拶ですわね」

 黎翡は腕を組んだ。ここが鴻氏邸でなければ、無礼者と叱りつけているところである。

 残念ながら鴻氏邸に居る以上、様々な常識がずれているのが当たり前になってしまって、怒る気もあまり起きなかったが。

 慌てたのは、寧ろ衙桐である。

「そちらは橙の戦姫様です」

 急いで鴻耀の袖を引き、そう告げるが、当の本人の反応は至ってあっさりとしたものだった。

「戦姫……ああ、外軍の。そういや碧に居るんだったな」

 そのまま素通りしてしまいそうな無関心さに黎翡が何か言うより早く、衙桐がフォローに回った。

「戦姫様、こちらは鴻耀様と仰って、将軍の兄君です」

「正確には従兄だ」

 更に正確に言うなら従兄ということになっている、だが。鴻耀が内心だけでそう付け加えたことを、黎翡は知る由も無い。

「随分雰囲気の違う従兄弟ですこと……鴻耀?」

 皮肉っぽい一言で受け流そうとした黎翡は、不意にその名を復唱した。聞き覚えのある名だった。

「名前といい、その傷といい……まさか、轟狼?」

「橙政府は俺の人相書きでも配ったのか?」

 指名手配犯でもあるまいに勘弁しろ、と毒づいて、鴻耀はがしがしと頭を掻いた。どうやら彼にとって、方士としての名声は厄介者以外の何物でもないらしい。黎翡は少し考えてから、追及をやめた。

「まあ、あなたが誰でも構いませんわ。ここの人々と私に害が無いのなら」

「物分かりの良い姫さんで助かる」

 鴻耀はそう言って、僅かに目を細めた。少しだけ、眼光が和らいだようである。その瞳が澄んだ飴色をしていることに気づいて、黎翡はわけもなく緊張した。

「覇姫が迎えに出たと言ったな。それ以後、連絡は?」

「ありませんわ」

 鴻耀の問いに、黎翡が首を振る。鴻耀はふっと視線を逸らし、何か考えるように小さく呟いた。

「泣き止んでんだよな……」

「はい?」

 微かな声を聞き取り損ねた黎翡が首を傾げると、何でもない、と返して屋敷に足を向ける。


 黎翡にはわからないが、実は鴻耀は精霊達の様子について言ったのだった。鴻宵が捕らえられてからしくしくと泣いていた精霊達が通常の様子に戻っている。鴻耀が今落ち着いていられるのも、その為だった。


 鴻耀が屋敷に踏み込むと、回廊の向こうからひょこりと小さな頭が覗いた。燕玉の居る間居住区に引き上げていた子ども達だ。

「こーよー!」

 鴻耀の姿を認めると、数人の子どもが我先に駆け寄ってきた。ほとんどぶつかるような勢いで抱き付かれるが、鴻耀はよろけずに踏み止まる。

「こうよう、しょーぐんは?」

「しょーぐんだいじょうぶ?」

 口々に投げ掛けられる不安げな問い。鴻耀は手近な子どもの頭をぐしゃぐしゃと撫で、一番小さな子どもを抱き上げた。

「心配すんな」

 恐らく大人達が慌ただしく手を尽くすのを不安を抱えて見守っていたのだろう彼らに、鴻耀ははっきりと言ってやる。

「必ず帰ってくる。あいつにはまだやることがあるからな」

 一切の揺らぎの無い、きっぱりとした口調。そこに強い信頼を見て、黎翡は少しだけ羨ましく感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ