第三章第6話 カルザール王国
カルザール城、王の間。
王座に座るのはまだ即位して半年にも満たない、まだ若すぎる王女が座っていた。
女王の年はまだ15になったばかりにも関わらず、このカルザール史上最も最悪な国難に直面していた。
「ランスロット、どうでしたか?」
女王エリザは、ヴィンセント帝国に敵対の意思はなく、これまで通り従属する意向を使者を使って声明したのだが、
「申し訳御座いません。 デュライ帝を説得すること叶いませんでした」
「……そうですか」
想像していたとはいえ、交渉の余地はないという現実を叩きつけられ、エリザは消沈した。
「デュライ帝は我が国に対し、即時政権解体を要求しております。 そして女王の身柄を帝都に移送するようにとのことです」
「即時、政権解体、ですか……。 お父様、いえ、先王が命を賭した謝意もデュライ帝には通用しなかったということですね」
前王、エリザの父は先の帝位継承戦争でクローセム派を支持する声明を出した責任をとるため、エリザの兄である皇太子と共に帝都で自害した。
それでも現皇帝の怒りは溶けず、今の局面を迎えていた。
「女王、400年続くカルザール王家をただ言われるまま終焉させるのはご先祖様たちに申し訳がたちません。 ここは戦うべきです!」
カルザール軍総督を任されているメルティナ将軍は玉砕覚悟での開戦を主張した。
「戦うといっても、我々の保有兵力は帝国に圧倒的に足りていないですよ。 無駄に兵の血を流すのですか?」
「そうですね。 それに戦になると民にも負担がかかります。 ここは屈辱ですが帝国の意のまま降伏したほうが……」
それに対し、文官たちは降伏論を唱える。
メルティナはそんな文官たちを睨み付け
「降伏だと? 貴公らは降伏することで女王がどうなるか想像もできんのか!」
「しかしですよ、将軍。 勝ち目の無い戦いに兵や民を巻き込むことは、後世にカルザール王室、ひいてはエリザ女王の悪名が刻まれます。 暴戦に挑んだ愚女王として。 名を取るならばここは降伏の英断こそが正しき道かと思われます」
「それが、本当に王室への忠義から出た言葉なら私も耳を貸そう。 しかし貴公らは自分の保身を第一に考えた発言。 貴公らの主張はエリザ女王、ひいてはカルザール王室への反意に他ならない!!」
「無礼な!! メルティナ将軍、それは我々への侮辱な発言ですぞ!! いますぐ撤回を!!」
「黙れ、腰抜けども!! 事実をそのまま私は述べたにすぎない!!」
抗戦論を唱えるメルティナ将軍と、無血開城を唱える文官の意見は平行線となった。
エリザはその様子を悲しそうな顔で見つめていた。
(どうしてこうなったの……?)
前王であった父と、兄だった皇太子が自害し、急遽女王として即位したエリザは、王としての教育は受けていない。
家臣たちを宥める術も持ち合わせていない。
エリザは自分の無力さに下唇を噛みながら、悔しんだ。
「控えろ、諸兄」
平行線な言い争いをしているメルティナと文官たちに言い放ったのは、宰相の位置にあるランスロットだった。
「諸兄らの意見はわかった。 決断は近日中、評議で女王自ら下す。 おのおの、その採決を待て。 それでは本日の評議は閉会とする」
ランスロットはそう言い放つと、エリザに向かって微笑む。
「女王、お疲れさまでした。 ひとまずゆっくりと今後を協議しましょう」
「……ごめんなさい、ランスロット」
「いえ、気にならさずに。 とりあえず、部屋に行きましょう」
エリザの部屋。
その場には、エリザとランスロット、そして倭人の少女の三人がいた。
「エリザ様、お疲れさまです」
倭人の少女は、エリザの好きな葉でお茶を煎れる。
「ありがとう、カエデ」
「宰相様は、熱々の渋目がお好みでしたね。 少々時間かかりますのでそこはご容赦を」
カエデはクスリと微笑みながら、お茶を準備していた。
「すまんな、カエデ。 かなり渋く煎れてくれ」
「畏まりました」
「ところでカエデ……」
「はい、なんでしょう?」
「あなたは抗戦がいいと思う? それとも降伏したほうがいいと思う?」
エリザは弱々しく、カエデに意見を求める。
「……私個人の意見を言わせていただければ、抗戦ですね」
「なんで?」
「私は女王様が姫様だった時から護衛として近習していたんですよ。 降伏なんてことになったら姫様とお別れになりますからね。 そんなのは嫌です」
「私だって、ランスロットやカエデと別れるのは嫌です。 でも、降伏すれば兵や民はむだな血を流さなくてすみます。 それに、文官たちが言うように勝ち目なんてありませんし」
「……勝ち目がなければ勝ち目を作ればいいだけです」
エリザとカエデの会話に知らない男の声が挟んできた。
二人が声のする方を見ると、一人の侍が立っている。
「何者です!?」
カエデはナギナタを構えて侍を見つめる。
「え……?」
「大きく、そして美しくなったな、カエデ」
「う、うそ……」
カエデは信じられないものを見た顔をする。
「お兄……様……」
「やっと、見つけた。 ……やっと」
ナオトは優しく微笑みながらそう呟いた。