第三章第4話 カルザールへ
「剣帝の通り名は伊達ではないと言うことですか」
祝勝会で一人酒を飲んでいるとそう声をかけてきたのは参謀殿のクリスだった。
「ああ、参謀殿。 傭兵である俺まで祝勝会に呼んでいただき有り難うございます」
「何を謙遜を。 最後のユハリーン城攻略なんて文字通りあなた一人で成し遂げたようなものでしょう」
「これから建国する以上、兵力を無駄に減らすわけにはいかんでしょう。 ですので僭越ながらでしゃばらせていただいたわけです。 当然、報酬の上乗せは大いに期待していますが」
「報酬は望み通りに支払いましょう。 で、ナオト。 あなたはこれからどうするのです?」
「これから、ですか。 まだ正式に決まってはいないですが西の大陸で色々戦火が燻っていると聞きましたし、戦場を求めて西の大陸に渡るんじゃないですかね」
「西、ですか。 あっちの方で戦乱が起こると言えば、ナストリーニやウェンデスっていったところですか」
「そこなら傭兵の口があるだろうと踏んでいますしね」
「西も戦乱の火種がありますが東もキナ臭い空気が流れていますよ」
「東って一番の戦火はつい最近までここでしたでしょう。 このユハリーンを除けばほとんどヴィンセント帝国の支配下にある西のどこに戦火があると?」
ユハリーンという国以外、東大陸のほとんど支配下に置いているヴィンセント帝国。 この国をとるため、今動き出すという愚は起こさないだろう。
西大陸の情勢が不安定である今、勢いに乗っている東方の国ユハリーン王国と戦端を開くと東西に戦線が広がり、ヴィンセント帝国得意の物量戦の効果が半減するからだ。
「ありますね」
参謀殿は確信をもって断言した。
「ヴィンセント帝国の藩属国であるオオエド、カルザール、マウンテーヤなんですが近いうちに独立します」
「なんでまた? 支配国とはいえ自治を認められている国だろ」
「自治を認められていた、というのが正しい認識です。 今の皇帝デュライが帝位に就くための帝位継承戦争でその三か国は現皇帝を支持せず幼帝に支持したということはご存じありませんでしたか?」
「ああ、なるほど」
帝位継承戦争。
ヴィンセント帝国の現代皇帝の座を巡り、先帝の長男であり皇太子のデュライと、先帝の最も寵愛を受けた側室が生んだ次男クローセムが帝位を巡ってヴィンセント中が戦火に巻き込まれた戦争である。
余談だが俺もクローセム側について参戦した経緯があるためにかなり内情は詳しく知っているつもりだったが。
「そうか、デュライは敵対したものは許さないということか」
「ええ。その三国は風前の灯ですね。 やられる前に必ず独立するでしょう」
「だが傭兵として勝ち目の無い国に雇われる気はないけどね」
敗戦が確定している国に雇われるとか自殺行為。
一応俺は傭兵団の頭目である。
自分だけではなく、部下の命にも関わる以上、雇い主は厳選なる眼で見極めなければならなかった。
「それに、あなたにとって他人事ではないはないでしょう?」
「オオエドのこと?」
オオエド。
確かに出身国ではあるが、あの国にいた知人はほとんどが死んだか大陸中に散っており、そこまで感慨深く考える国ではなかった。
いや、俺の父や義父を直接殺した連中が政権を握る国。
俺にとって恨みはあれど助ける義理すらない。
参謀殿は俺が倭人だからそんなことをいったのだろうと、軽く苦笑した。
「いえ、カルザールですよ」
キョトンとした顔を俺はしているだろう。
まだマウンテーヤには知古の人間はいるがカルザールに知り合いなどいないはずだ。
「あれ、知らない……みたいですね?」
「なんのことだ?」
「カルザールにはあなたの妹がいること、ご存じない?」
「な、なんだと!?」
「カエデ=オオクボ。 確かあなたの妹だったと記憶してますが」
な、なんでこの参謀殿は俺が探してもみつらなかった妹の消息をしってやがるんだ?
そうか……。
カエデはカルザールにいたのか。
カエデと別れたのは10年前だから、あの時7歳だっただったカエデは今、17歳か。
義母の血を引いてるんだから、さぞ美しく成長しているんだろうな。
…………じゃなくて、参謀殿は何て言っていたかよく思い出せ。
俺にとって他人事ではない、ってことは……。
「まさかカエデのやつ、カルザール王国に仕官しているのか?」
参謀殿は頷いた。
「……私は他国の軍事力などを知っておかなければ話にならない役職ですしね。 他国の主要な武将や文官の知識くらいは知っていないとこんな仕事出来はしませんよ」
調べてみたらあなたの妹だったってだけで、知り得たのは偶然だったんですがね、と参謀殿は付け加えた。
「なるほど。 俺の次に向かう国は決まりましたよ、参謀殿のお陰でね」
「思わぬ塩を送ってしまった形になりましたが、まあ、あの国は我が国と事を構えることは皆無でしょうし、餞別と言えば餞別ですかね」
「何にも代えられない餞別、有り難く頂きました。 この恩、いずれ返しましょう」
「サムライとの約束は信用できますね。……是非期待しましょうか」
参謀殿はにこやかに笑ってそう言った。
さて、カルザールに着くにあたりやらなければならないことがある。
「今回はお前らのおかげで雇用主を勝利に導くことが出来た。 おかげで報酬はかなりの金額をもらえた。 これも単にお前らのおかげだ」
俺は自分が率いる同胞を集めた傭兵団に今回の戦の謝意を述べた。
「で、このままユハリーン海賊艦隊、もとい新生ユハリーン王国は建国にあたり今回の功績を重く見てくれて、そのまま雇用してもいいと仰せだ」
おお、と傭兵団から歓喜の声が上がる。
「俺は仕官を蹴ったが、残りたいやつは残ってくれ。 参謀殿に話は通しておく」
「ちょっとまってください」
傭兵団の男が声をかけてくる。
「頭領は仕官話を蹴ったってどういうことで?」
「当然の疑問だな。 俺は明日にでもカルザールに行こうと思う」
「カルザール? また戦ですかい??」
「ああ、ただ今回は一緒に来ることはお薦めしない。 今回の敵はヴィンセント帝国になるだろうからな」
俺のこの言葉に一同はドヨつく。
「頭領が見るに勝算はあるんで?」
「3、といったところだ。 状況次第では2まで落ちるかもしれないが」
「0じゃないんで?」
「ああ。 ただし、雇ってもらえるかどうかもまだ交渉すらしていないし、場合によっては戦う以前に雇ってもらえない可能性もあるがな」
「ふむ。 頭領はなぜそこまでカルザールに固執するんで?」
「妹がカルザールにいた」
「ああ、十年前離れ離れになったというあの?」
俺は静かに頷いた。
一同はざわつく。
結局、残ったもの、俺についてくるもの半々に別れた。
俺は着いてきてくれるという奴らに問いかける。
「負け戦濃厚だぞ?」
「俺らが行かなきゃ負け戦なんでしょ?」
「……報酬も充分払えないのかも知れないんだぞ?」
「ある程度見切りはつけますさ。 なにより頭領……、俺はあんたと共に一緒に戦いだけですさ」
「そうだな。 俺は誇るよ。 俺にすぎた戦友を得たことを」
修正歴
2011年5月5日……タイトル2話を4話に修正