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第三章第2話 剣帝

「ナオト、起きろ」


 仮眠していた俺を呼び覚ます声。


「疲れているのは分かるが、もうすぐ軍議の時間だ」


「う、うぅぅ……」


 ぼんやりと目を開ける。

 そこにはトシヤさんがいた。


「すみません、トシヤさん、ついこっくりいっちゃってました」


 目の前に立つ色黒で筋肉質な倭人の男は、ユハリーン海賊艦隊の7番艦隊提督を任されている男だった。


「だいぶうなされていたようだが?」


「……昔の夢を見てしまいました」


「昔? ……ああ、その刀を始めて抜いた時のやつか」


「ええ」


「ふむ、そんな悪夢を見たんじゃ疲労は全く取れていないんじゃないのか?」


 俺は苦笑しながら無言で頷いた。


「まあ、そんな刀を使っている以上、疲労は仕方がないがな。 だが、次の作戦の正否で長かった俺らの戦いは終わる。 あと一息、踏ん張ってくれ」


「まあ、俺は傭兵ですからクライアントの依頼は喜んで引き受けますよ。 いよいよ王都包囲ですか」


 ちょっと長くなるが簡単に状況の説明をしよう。

 ユハリーン海賊艦隊。

 名の通り、海賊である。

 元は暴政を敷くユハリーン王朝に対し不満を抱くものがユハリーン王朝の船に対して攻撃したのが始まり。

 やがてユハリーン王朝に不満を持つ海賊が集まって連合したのが海賊艦隊になり、やがては打倒ユハリーン王朝の勢力にまで膨れ上がっていった。

 圧倒的な海軍力で次々と王朝の砦や基地、港を制圧しユハリーン王朝の半数を制圧して今に至る。

 で、俺は傭兵としてトシヤさんに雇われこの海賊艦隊に身を置いていた。


 色々省略して思ったより長くなかったが、そこら辺は愛嬌として勘弁してほしい。

 俺はあくまで傭兵であり、主義主張は持たず金を稼ぐ手段としてただこの軍に在籍しているだけだ。


 この海賊艦隊をまとめるバーンって男の人望ならば国を盗った後もなんとか回していくことも出来るだろう。


「ん、軍議?」


「ああ、参謀殿がお前も出席するようにとのことだ」


「なんで俺が? 俺は一介の傭兵にすぎないんですが」


「さてな。 とにかく参謀殿がお前に会いたがっているんだよ」


 艦隊参謀。

 確かクリスとかいったか。

 バーンの懐刀と名高い男が俺に何の用だろう。


「まあ、わかりました」


「うむ、じゃあ行くぞ」


「行くぞって今すぐですか?」


「ああ、今すぐだ」


 俺は今着ている格好を見る。

 小汚ない着流しを着ているだけでとてもじゃないがお偉いさんに会いに行ける格好ではない。

 かと言って、裃なんか船には持ち込んでおらず、正装なんか持っていなかった。


「来ていく服がないんですがね?」


「そのままでいいだろ。 儀礼とか気にしない連中だしな」


「まあ、トシヤさんがそういうなら別に構いませんが……」



 そして、軍議とやらにちゃっかり俺の席があったのでそこに座ると、えらく若い男、俺とだいたい同じくらいの男が話しかけてきた。


「あなたがトシヤさんとこのナオト=ヒイラギさんですね。 はじめまして」


 その男はにこやかな笑顔で握手を求めてきた。

 だれだかよくわからないが、とりあえず俺はその握手に答え儀礼的に微笑む。


「申し遅れました、私は艦隊参謀をしておりますクリストファー=レイブンソン。 以後お見知りおきを」


 クリストファー=レイブンソン。

 どこかで聞いた名前だな、と思っていたが、その前の役職名、艦隊参謀の肩書きを思いだし、おもわず


「は?」


 と、声に出し驚いた。

 目の前の俺と同じくらいの年の男は艦隊参謀のクリス殿だった。

 彼の発案する戦略、戦術は見事としかいいようがなく、こちらの被害は最小限、敵に最大限の被害を与える作戦をポンポン発案する様は名参謀の名を欲しいままにしていた。

 俺はてっきり老獪なおじさんあたりを勝手に想像していたが、こんな優男みたいなやつだったとは恐れ入った。


「たぶん私はあなた以上に驚いていますよ。 噂の現代『剣帝』が私と同じくらいの年だったとはとね」


 剣帝。

 なんか俺に付けられてしまった通り名だった。

 刀剣を獲物とする者の最上位として剣神、剣王、剣帝、剣聖の四つの称号がある。

 その称号を持つものを破った者が次代の称号を名乗ることを許されると言うルールに基づき、たまたま斬った男の中に先代『剣帝』がいたので、当代『剣帝』として今の俺がいるというわけだ。

 全ては霧雨によるものだが、この称号のお陰で傭兵としての雇い口は事欠かさず、報酬も高額なので有効に使わせてもらっている。


「運が良かっただけですよ、参謀殿」


「クリスで結構ですよ、ナオト。 あなたと私は上司でも部下でもなく同志なのですから」


「同志、ですか……。 そう言われると困りますね。 俺はただの傭兵ですし、金を貰える方に着いただけですから」


「まあ、ですがあなたの活躍があってこその勝利もあります。 それに敵の寝返り工作に歯牙もかけなかったと伝え聞いておりますし」


「傭兵って稼業は信用第一なもんですしね。 金銭で寝返ったりしたという実績を残しちゃうと次の働き口がなくなりますんで」


「次の働き口なんか心配しなくていいですよ。 あなたほどの実力者、我々がこの戦争に勝った後も引き続き雇用する形を取らせていただきたいので」


「引き続き、雇用ですか……」


「あなたほどの実力者ならば、かなり上の役職で召し抱えることも可能です。 それにバーン提督もそれは了承を得ています」


 こういった誘いは確かに何度もあった。

 しかしいずれもその誘いを蹴っている。

 理由は単純。


 霧雨は安穏を許さない。


 常に血を求める禍剣なのだ。

 俺は戦場に身を置くことで辛うじて自我を保っているようなものである。


「せっかくの誘いはありがたいのですが、俺はこのまま傭兵として生きていくつもりです。 仕官を奨めていただいたことには感謝なのですが、色々事情があるんで、この話はなかったことにしてください」


「事情ですか? 聞いても宜しいです?」


「こいつです。 参謀殿も噂くらい聞いたことありますでしょう?」


 俺は参謀殿に霧雨を見せる。


「魂を糧にする禍刀、霧雨ですか。 それは手放すことは出来ないのですか?」


 手放す、か。

 実は何度もそれは試みた。

 売ったり、海に捨てたり、山に捨てたり、埋めたり。

 何れをしても翌日には俺の手元に帰ってきていた。

 一度抜いた以上、この禍刀は俺の魂を喰らい尽くすまで離してくれないみたいなのだ。


「独立を勝ち取った直後は確かに混乱などあるでしょう。 でもいずれは収束する。 収束したあと、俺はこいつを制御できる自信はありません。 俺の意思とは関係なく、次はあなたがたに刃を向けることになります。 それは俺の意とするところじゃありません」


 仕官話を持ってきてくれた人に対して真摯に偽り無く答える。

 それが俺流の礼儀だと思っている。


「ふむ、仕方ありません。 できればあなたとは敵対したくないのでこの話をだしたのですが」


「それについてはご安心を。 極力、縁あった場所と敵対する所に雇われるようなことはしませんので」


「それを聞いて安心しました。 あなたを討ち取るためにどれだけの犠牲がでるか計算できませんので」


「さて、おそらく俺をこの場に呼んだ用件はこれだと思うのですが、これにて俺は退出しますが」


「いや、どうせなので軍議に参加してください」


「それは駄目だと思います。 俺はあくまで部外者。 こんな重要で機密の塊である軍議の席に私がいるわけにも行きませんので」


 俺はにこやかに笑って退室した。

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