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第三章第1話 霧雨という禍刀

 霧雨。

 祖先が倭の国から持ってきた、我が家の家宝の刀にして、決して抜いてはいけないと伝承されてきた刀。

 抜けば、その場の軍勢はほふれるもののその後抜きし者に災厄をもたらすと伝承されていた。


 その禁を破った親父は今は亡く、その禁を破った親父の親友にして義父も息絶え絶えで目が虚ろ。

 呪われた刀、霧雨。

 全てを断つ邪刀は、持ち主の未来をも断つものなのだと、幼心に思ったものだった。


 父も義父も抜きたくて抜いたわけではない。

 抜かなければ主君を、そして家族を守れなかったから抜いた。


「父上!!」


「……ナオト」


 義父の目の色はもはやからっぽで、俺が視認できているかわからない。 そこまでボロボロになると分かっていての決断。

 確かに義父の活躍でこの戦いは敵に甚大な被害を与えた。

 だけど、結局……。


「儂は、家族を、お前らを守りたかったのに、もうなにも出来ないらしい……」


「そんなことはない、父上は頑張った! だから……」


「ナオト……、ナオト……、お前に、頼みがある」


 頼み?

 わかってる。 わかってるよ!!


「カエデを、お前の妹を、守ってくれ……。 儂は敗軍の将。 敗軍の将の家族を奴らが見逃すとは思えない……、だから、だから……」


 義父は、そっと俺に呪われた刀、霧雨を渡す。

 俺は一瞬躊躇するも、俺の家族をこの義父に代わり守っていくため俺もあえて父やこの義父の様に禁を破ろう。

 義父は引き取り手のいなかった俺をここまで実の父の様に接し、時に厳しく、時に優しく育ててくれたこの二番目の父の願い。

 願いを叶えるために躊躇は無い!!


「絶対に守る。 母上も、カエデも!!」


「……、スマン、スマン。 お前にまでこの業を背負わせてしまってすまん。 まだ未来あるお前にこの様な業を押し付けてすまぬ……」


 我が義父はそう呟いて、静かに目を閉じていった。


「父上えええええええええええええ!!」


 シューサク=オオクボ。

 俺の義父は邪刀、霧雨によってその生涯を閉じたのだった。


「いたぞ! あの餓鬼が持ってやがる!」


「迂闊に近づくな! あの刀は近づくものをすべて分断する!!」


 俺と義父を囲むように、敵兵が囲んでいた。

 今、変な単語が聞こえた。

 持ってやがる?

 こいつらの狙いはまさかこの邪刀?

 この侍の国を滅ぼすのが目的ではなく、この霧雨が目的だというのか?

 俺の思考は囲まれて焦っていた頭の中が徐々に底冷えしていく。


 こんなくだらない刀の為に貴様らはわざわざ俺らの家族を不幸に陥れたのか?


 俺は気がつくと霧雨を抜いていた。


「ぬ、抜いた!! あの餓鬼、あの刀を抜いた!!」


「畜生、増援はまだか!?」


 貴様らさえ来なければ、俺は、義父は、実父は先祖代々の禁を破らなかった。

 俺たちの平穏を侵害した罪、万死に値する!!


「ぐぎゃああああああああああああ!!」


「ぐへ!?」


「ぶぎゃああ!?」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」


「お、鬼だ!! 鬼が出た!!」


 絶対に許さない。

 貴様らには平等に死を。

 こんなたわけた戦争を仕掛けてきた奴らに、それに荷担したものは平等に死を!!

 父と義父を奪ったこいつらには生きる資格など無い。


 ただ斬る斬る斬る斬る斬る!!!



 気がつくと、一面血の海に化していた。

 俺は呆然とその赤い世界を他人事のように見ていた。

 俺が、やったのか?

 俺がこの血の海を作ったのか?

 これが、霧雨?

 いくら俺が白兵戦最強種と謳われる侍といえど、こんなこと俺個人の技能では無理。

 これが霧雨の与えるチカラで、俺は……。


「ぐ!! うぅぅ!!!」


 強烈に心臓を締め付けられるような感覚。

 ちょっとでも気を抜くと心臓を潰されてしまいそうな圧迫感。

 これが霧雨を使った代償……。


 霧雨の使用者は魂を削られるというが、これが削られていくということなのか?

 使ってみて、祖先がなぜ禁を発したのか、身をもって体感する。


「う、うぅぅぅ……」


 こうしている場合じゃない。

 ここは一掃してもまだ町には母上とカエデがいて、敵兵が溢れ返っている。

 早く、町に行かないと……。

 義父が俺に託した義父の家族、俺が守らないと……。







「母上、ご無事ですか?」


「ナオト? ああ、よく無事で……」


 義母は俺の姿を見て安堵を浮かべること一瞬、その後俺の腰にある霧雨を見て言葉を失ったようだった。


「ナオト、そ、それは……」


「父上は最後まで侍らしく勇敢でございました。 父上を守れなく申し訳ございません」


「そんなことじゃありません。 あなた、その腰のものは……、霧雨ですね?」


「はい」


「抜いて、いませんよね?」


「…………戦場より突破するため、3度、抜きました」


「なんてこと……」


 義母の顔が蒼白になる。


「母上、無念ですがこの戦、我々の敗けです。 敵兵が来る前に国外に逃げましょう」


「ナオト。 あなたの気持ちは嬉しく思います。 ですが私は家老シューサク=オオクボの妻です。 たくさんの臣下を置いて私だけ逃げるわけにはいきません……」


「しかし、俺は! 俺は父上、シューサク=オオクボに家族の無事を託されました!!」


「ごめんなさい、ナオト。 私は行けません……」


 義母は涙を流しながら言った。


「でも、あなたの妹、カエデはあなたに託します。 カエデだけは助けてください。 それが私の願いです」


「いやだ、俺は母上もカエデも助けたいんです!! カエデだって母上が必要なんです! お願いですから、逃げてください!!」


 俺はこの二人を逃がすために霧雨を抜いたのに!!

 この二人だけでも助けたいから霧雨を抜いたのに!!


「あなたは優しい子。 あなたの母であったことを私は誇りに思います。 ありがとう、私たちの養子になってくれて……」


 外の喧騒が騒がしくなる。

 斬り漏らした敵兵がだんだんこの屋敷に集まってくる音。


「母上!!」


「時間がありません、カエデを頼みましたよ、ナオト」


 俺には、この母を動かせる言葉は思い付けない。

 早くしないと確かに例え霧雨があったとしてもこの絶望的袋小路を突破可能なのは時間の問題だった。


「母上、カエデを安全な場所に連れていったら迎えに来ます。 ですので、ご武運を……」


「はい。 カヘイ、ナオトとカエデを頼みましたよ」


 義母の横に控えていた義父直近の配下、カヘイは無言で頷き、泣きじゃくるカエデを背負った。


「若。 姫様は私が守ります」


「ああ、頼む」




 道中、幾度と霧雨を抜き、反動をカエデに悟られないように進む。

 だが、限界がやってきた。


「あ、兄上」


 俺の表情がかなり苦しそうなのだろう。

 カエデは涙を浮かべている。

 できるだけ隠しておきたがったが、今日だけでもう8度、霧雨を抜いた。

 意識は朦朧としており、取り繕う余裕は最早皆無だった。


「カヘイ……」


「は」


「この包囲の原因はおそらく俺の持つ霧雨だ。 奴らの狙いは恐らくこの霧雨が狙いなんだろう」


 斬っても斬っても尽きない追っ手。

 いくら俺らが家老の一族とはいえこのひつこさは尋常ではない。

 元々そうではないかと思っていたが、最早それは確信に変わる。

 記憶にあるだけで今日切り捨てた敵兵は千を越す。

 敵にそれだけ尋常ではない被害を与えておきながら止まぬ追っ手の目的は最早俺の命ではなく、この霧雨が原因なのだろう。


「だから俺が囮になるから、カエデを頼む」


「承服しかねます、若。 拙者は奥方様よりカエデ様とナオト様を託されております」


「俺はもういい。 どうせこの霧雨を抜いた時点で俺は散ることを覚悟している。 どうせ散るなら大事なもん守って散りたい」


 俺は涙を浮かべるカエデをそっと抱いた。


「ゴメンな。 兄上は最後までカエデを守れそうにないんだ」


「いやです、兄上。 一緒に、一緒にいてください」


「絶対にカエデは守るからな」


「いやです、いやです。 兄上死んじゃいやだ!!」


「死ぬもんか」


「本当?」


「俺がカエデとの約束、破ったことあったか?」


「いっぱいあります」


「ははは、違いない。 でもこの約束は守るよ。 俺は死なない。 そしてカエデを迎えにいく。 それまでカヘイの言うことちゃんと聞くんだぞ?」


「…………わかりました。 絶対迎えに来てくださいよ?」


「約束は守るよ。 守るさ」


 俺はカヘイに頭を下げる。


「カヘイ、カエデを頼む」


「若。 姫様に誓った約束は絶対守ってください。 それが侍ですぞ」


「ああ、わかってる。 簡単には死なないさ」


 俺は霧雨を抜く。


「負けるものか、霧雨ごときに……」



ちょっと外2章行き詰まったので逃避で書いてみました。

元々書く予定のなかったやつですがね。

外2章進行には特に影響はないので外2章と同時進行します。

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