来訪者~モノカキ優待券~
人は言葉に支配されている。
これはそんなお話だ。
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「ねえ梨花、これ見てよ」
そう言って陸斗が差し出してきたスマートフォンの画面には、『モノカキ優待のご案内』という件名のメールが表示されていた。
「モノカキ優待?なにそれ」
うだるような暑さが続く日曜日の昼下がり、梨花はリビングで映画を観ていた。
作家を生業とする陸斗には曜日など関係ないらしく、今日も部屋にこもって仕事をしているようだった。
その彼が不意にリビングに入ってきたかと思うと、梨花に一通のメールを見せてきたのだ。
「なんかね、色んな媒体で小説とかエッセイとか物を書く活動を通じて社会の文化的発展に貢献している人を対象に送られてきてる優待券なんだって」
いやに興奮した面持ちで話す陸斗に、梨花が怪訝な表情を浮かべた。
「えっ、なんか怪しくない?開いちゃったの?」
「大丈夫だよ、変なメールじゃないって。俺もなんだこれって思って調べてみたら、SNSで有名な作家が何人もこの話しててさ。結構な数の人に届いてるみたい」
「ふーん、そうなんだ…。それで、なんの優待券だったの?」
そう訊くと、陸斗が目を輝かせた。
「それがさ、凄いんだよ。さすが作家宛てに届く優待券っていうか、趣向が凝らされててね。実は今世界的な機関で宇宙人と交信するための未知の言語を開発してるみたいなんだけど、その新言語を学ぶ実験のモニターになれるっていうものなんだよ」
「未知の言語?」
「そう、わくわくしない?」
一段と輝く陸斗の目に、どこか怪しい光が宿る。
「や、さすが作家の感性っていうか、わたしにはちょっとわからないけど。陸斗はそのモニター?やるの?」
「もちろんだよ。というかもう始まっててさ、今もその新言語の勉強をしてたんだけど、これが※※※※※※※※※※※」
「…ん?えっ、なんて?」
突然ノイズが混じったように陸斗の言葉が聞き取れなくなり、梨花は思わず訊き返した。
「※※らさ、※※※※※※で、※※※※※が※※※※面白※※※」
「ちょ、ちょっと待って、陸斗何言ってるの?」
梨花の背中を冷たい汗が流れていく。
陸斗の口から、壊れたラジオか古いテレビの砂嵐のような意味を成さない音が発せられていた。
「※※※※※※※※※……」
と、わけのわからない声を発していた陸斗の頭が、突如力なくだらんとうつむいた。
「り、陸斗…?」
そのまま静止してしまったかのように動かない陸斗へ、梨花が恐る恐る手を伸ばす。
「※※※※※※※イヤハヤナカなか難シイ」
「ひっ」
うつむいたままの陸斗から、別人のように甲高い声が発せられ、梨花は反射的に後ずさった。
「モウ少しチョウせいがひつ要ですね」
陸斗がゆっくりと顔を上げていく。
「だっ、誰なの!」
梨花の目に映ったその顔は、間違いなく陸斗の顔なのに、明らかに別人のそれに変わっていた。
梨花の顔が恐怖に歪んでいく。
「驚かせてシマイもうし訳アリません。ンン、ンン~ン」
陸斗ではない何かが、奇妙な旋律を奏でるように喉を鳴らした。
「こんなものでいいでしょうか。初めて訪れる星の言語には毎回てこずるものなのですよ」
「…は?あんた…何言ってるの…?」
「申し遅れました。私、この星で言うアルファ・ケンタウリ星系からやってまいりました、※※※※※※※※と申します」
正面に立った男が片手を胸に当てて片足を引き、西洋の貴族のような仕草で挨拶をした。
「ねえ、陸斗…?何馬鹿なこといってるの、冗談やめてよ!」
目の前の光景を受け入れられない梨花が、すがるように声を出す。
「あ~、申し訳ないのですが、その陸斗という人物はもういません」
そう言う男の顔には、歪な笑顔が貼り付いている。
「…え?」
「ですから、あなたが陸斗と呼んでいた人格はもうこの世に存在しないのです」
「意味わかんないわよあんた、ふざけるのはいい加減にしてよ!」
理解の限界を超えた梨花が、歪んでいく現実を拒絶するように頭をぶんぶん振りながら叫んだ。
そんな彼女へ向けて、男が一際高く強い音を発した。
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※」
「っ……」
混乱する梨花を押さえつけるかのよう音、頭の中に直接語り掛けるようなその音を聞いた瞬間、梨花は理解した。理解させられた。この非現実的な光景が現実のものなのだと。
押し黙った梨花を見て、男が一つうなずく。
「おわかりいただけたようですね」
「…あんたは…いったい」
男は梨花を見据え、静かに語りだした。
「私はアルファ・ケンタウリ星系からこの地球へ視察に訪れた使節団の一員です。しかし、本来の姿のまま地上に降り立ってしまうと色々と問題になりますので、こうして彼の身体を頂戴した次第です」
陸斗の顔をした男の口から、まるでSF映画のような内容が語られる。
あまりに受け入れがたい話だが、彼の語ることが真実なのだと直感的に分かってしまう。恐怖のあまり身体に力が入らなくなっていくのを感じながら、梨花が恐々と問うた。
「そんなこと、どうやって…」
「簡単です。我々やあなた方のように高度に発展した文明を築いた種というものは、必ず言語を生み出します。言葉を使って思考をし、言葉を使って他者とコミュニケーションを取る」
そこで男はひとつ間を取り、声のトーンを落として続ける。
「言葉は偉大です。あなた方は言葉を使っていると勘違いしているかも知れない。ですが、本当のところは違う。あなた方は言葉に支配されているのです。言葉によってその思考を規定され、言葉によってその行動をコントロールされている」
「何言ってるのよ…そんなこと、あるわけないでしょ…」
震える声でそう言いながら、梨花は立っていることもままならなくなり、その場に頽れていった。
「いえいえ、あなたは現に目にしてらっしゃる。陸斗という人間だったこの身体でどうして今私が喋っているのか。簡単です。彼の中に我々の言語を流し込んだのですよ。そうして、我々の言葉で彼の身体を支配した、言葉によって彼の意識を支配した。それだけです」
男は歪な笑顔を貼り付けたまま、梨花を見下ろしていた。
陸斗ではなくなってしまったそれを、未知の生命体を前にし、梨花の心は絶望に覆われていった。
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その頃、世界各地で突如未知の言葉を話し始める人々の出現が多数報告されていたとか。
彼らのもとには、『モノカキ優待のご案内』と題された奇妙なメールが残されていた。
人は言葉に支配されている。
これはそんなお話だ。
あなたのスマートフォンに『モノカキ優待のご案内』などというメールが届いたとしても、決して開いてはいけない。




