0014 ネクスタ
「師匠、短い間でしたがお世話になりました!」
「別になんてことないさ。また会いにこいよ?」
「もちろんです。それでは」
「おう、元気でな」
師匠に別れを告げて、次の街へと旅立つ。
この街で十分スキルを磨くことはできた。だから次は実践の回数を稼ぐ。
「これからどこにいくの?」
街から離れて少ししたところで、水鹿に話しかけられた。
人間の姿になってから、ずっと元気がなく一言も話していなかったというのに、突然話しかけられて驚いた。どうやら、少しずつ自分の置かれている状況に慣れてきたみたいだ。
「隣町のネクスタまで2日ぐらい歩いて向かうよ。依頼もやりながらね」
僕たちはこれから、隣町のネクスタに向かう。
ネクスタは、王都の近くにある街の中では冒険者が多い街で、近くには魔物が多く生息している。実践を積む場所としては最適だ。
その道すがらにちょうど良さそうな依頼があったので、その依頼もやりながら向かう。今回受けた依頼は、ゴブリン討伐とオークの討伐だ。どうやら近くに群れをなして現れたことから、ゴブリンとオークの村があるとギルドは踏んでいるらしい。
「そういえばなんて呼べばいい?」
ずっと気になっていたことを水鹿に聞いてみる。
これからしばらく一緒に旅をするというのに、水鹿と呼び続けるのはなんだか他人行儀すぎる。せっかくだから、もっと親しみの深い呼び方をしたい。
「好きに呼んでいいよ。私名前ないし」
「名前ないの?」
「うん。モンスター1体1体に個体名があるわけないじゃん」
言われてみればそうだ。
今まで倒してきたフットラビットに1体1体名前があったのかと言われると、そうとは考えられない。
とはいえ、水鹿と呼び続けるのも嫌だし、勝手に名前をつけてしまうか。
「スイ、とかどう?」
「私の名前?うん、それでいいよ」
一度止まってこちらを振り返ったかと思うと、すぐに前を向いてまた歩き始めた。
名前が気に入らなかったのかと思ったけど、スキップし始めたあたり名前を気に入ってくれたみたいだ。それならよかった。
「スイ」
「なに?」
水鹿改め、スイは元気に振り返ると、満面の笑みでこちらを見つめてくる。
こんなに喜んでくれるなら、つけてよかった。
「この辺にゴブリンとオークの集落みたいなものがあると思うんだ。見つけたら教えて」
「うん。わかった!」
よほどご機嫌なようでスキップをしながら、前に進んでいく。
周りを見てもゴブリンやオークがここら辺に来た形跡はない。もしかしたら、もう誰かに討伐されたのかもしれないな。
「これ、そうじゃない?」
スイが指差した方を見ると、ゴブリンの死体のようなものが転がっている。
近づいて確認してみると、この付近で目撃されていたゴブリンと同じ個体だった。討伐されているのだから、喜ばしいことなのだが、一つ気がかりなことがあった。
「これ、倒したの人間じゃないな」
「えっ、そうなの?剣で殺した跡があるけど」
「多分オークの仕業だ…」
ゴブリンは、腹に大きな切り傷があり、剣で倒されたことがわかる。
でも人間なら絶対にしない攻撃跡があった。それは噛み傷だ。死体として転がっていたゴブリンの切り傷は、一見ただの切り傷に見えるのだが、よくみると切り傷を少し齧ったような食べたような跡がある。
おそらく、オークあたりがゴブリンを倒して食べたのだろう。
このゴブリンはその食べ残しの可能性が高い。それなら、この辺に置いておくのは危険だ。
僕はゴブリンの死体を森の奥の方へと持っていき、土に埋め立てる。
これでゴブリンの匂いに引き寄せられても、森の奥にしか行かない。これで人間が襲われることはないだろう。
「とりあえずネクスタに向かおう。これの報告もしなくちゃいけないし」
「わかった。そうと決まれば早く行こう!」
スイは「駆け足、駆け足!」と元気そうに走っていく。
僕も走っていったスイを、走って追いかけた。
◻︎ ◻︎ ◻︎
隣の街、ネクスタについたのは出発から1日半経った頃だった。
1日は野宿になったのだが、スイは走りすぎたせいで疲れてしまったようで、警戒心のかけらもなくすぐに寝てしまった。仕方がなく、僕が朝まで見張りをしたのだが、そのせいでとんでもなく寝不足だった。
ネクスタは、冒険者の多い街だからだろうか。
街に入ると、すぐに冒険者がたくさん視界に現れ、宿だったり、食堂が多く見えた。
僕たちはひとまず宿を取り、冒険者ギルドへと向かった。
「すいません、ヴィネッタから来たフェートなんですけど…」
「お話は伺っております。依頼達成の確認でよろしいですか?」
「いえ、実は…」
それから僕はギルドの職員にゴブリンの死体があったこと、オークが関与しているかもしれないことを伝えた。
「そんなことが…。わかりました、本部にその件は連絡しておきます。その依頼は一時中止ということにさせていただきます。調査結果が出ましたら、また連絡をさせていただきますね」
「お願いします」
ギルドの調査で真相は、ほぼ確実にわかる。
それまでは依頼は保留だ。大人しく待つことにしよう。
「私、あそこ行きたい!」
ギルドを出て、ご飯を食べようと食べるところを探していると、スイが突然、魔道書を売っているお店を指差した。
魔道書は、スキルを獲得することのできる魔法の書物で、スキルツリーにないスキルを獲得する方法の一つだ。繰り返し使えるのも特徴だ。
魔道書は滅多に手に入らなく、入手方法は稀にダンジョンやスキルで作れる人が生まれることがあるだけで、限られている。
だから、魔導書はとんでもなく高額で気軽に買えるもんじゃない。資産といってもいいものだ。そんなものを売っているお店に気軽に入っていいものではない気がする。
「魔導書は高いんだ。また今度買いに行こう」
「魔導書見たいだけなの。いいじゃん、見に行こうよ」
スイにしばらくおねだりされ続けたが、流石に入る勇気は出ずに店の前を去った。
その後ご飯を食べて、宿に戻ったのだが、スイはずっと不機嫌でムスッとしていた。よっぽど魔導書を見たかったらしい。お金が貯まったら、入れてあげよう。
そのお金が貯まるのはいつの頃になるのだろうかと思いながら、スイのことを見る。
明日からは、冒険者としていろんな依頼を受けていく。
きっと危険もつきものだけど、その分得られるものも多いはずだ。
その危険な仕事にスイも連れて行って本当にいいのだろうか、という思いが頭をよぎる。まあ、元はモンスターなのだから大丈夫か。
そんなことを考えているうちにスイは眠り、僕も眠たくなってきた。
明日から、頑張るぞ!スヤァ




