0013 水鹿
「しゃべった…?」
さっき倒したはずの水鹿はいつの間にか起き上がり、言葉を発し始めた。
目の前の状況に頭の理解が追いつかず、体が硬直する。
「ん?ああ、倒されたよ。でも僕スキルで1年に1回までなら蘇れるんだよね」
「そんなスキル聞いたことがないぞ」
水鹿の言っていることが本当だとしたら、神獣と言われる類のモンスターレベルの強さだ。そもそも蘇るスキルなんて聞いたこともない。師匠も知らないのだから、激レアスキルなことは間違いない。
もう一度戦闘になることも考えて、スキルをすぐに発動できるように準備をする。
「ちょっと待って、戦う気はないから。僕もびっくりしただけだって。戦わない方がお互い得だろ?」
「でも背中を向けた瞬間、攻撃されないとも言えない」
「そんなこと言われてもさ、僕にはどうしようもないんだよ。わかった、それじゃ一個スキルあげるからさ、それで勘弁してよ」
スキルをもらえる?人にスキルというのはあげられるものなのか?
助けを求めるように師匠の方を見る。
師匠はわからないというように首を横に振る。
普通に考えれば、危険だ。でも、もし本当にスキルが手に入るのだとしたら、やってみる価値しかない。どうする?
「僕の甦りのスキルも友達の不死鳥の子からもらったやつなんだよね。2個あるからーみたいな感じでくれたんだよね」
どうやら僕が渋っているのが、水鹿にも伝わったみたいだ。
仕方ない、腹を括るか。
「わかった、スキルを一つもらえるのなら、信用する。でも、スキルを渡さずに攻撃しようとしたら、全力でスキルをぶっ放すから」
「大丈夫、攻撃したりしないから。それじゃいくよ」
「うん」
水鹿は僕の後ろに立ち、力み始めた。
「それじゃあ、いっくよー!」
掛け声と共に、水鹿のツノは青白く光り始め、水を纏った。
ツノの光が収まると同時に、ツノを纏っていた水は僕の方へと飛んでくる。
「ちょっ…」
咄嗟に避けようとするも、間に合うわけもなく、水が体に直撃する。
【水鹿からのスキルの譲渡を受け付けました。加護には含まれないスキルです。スキルを受け取ることができませんでした。】
「うわっ、なにこれ!」
頭の中にアナウンスが流れるとともに、水鹿の体が大きなシャボン玉のようなものに包まれた。みるみるうちに、シャボン玉の中は曇っていき、水鹿の姿は見えなくなった。
「どうなってんだ、これ…」
どうやらさっき僕に直撃した水は、水鹿が僕にスキルを渡すためのパスのようなものだったようだ。しかし、僕にはスキルが水神の加護の副効果なのか、スキルを得ることができなかった。
その受け取れなかったことと、もしかしたら水鹿がシャボン玉に包まれたのは、関係があるのかもしれない。
「誰ぇぇぇぇぇ!!!!!」
突然シャボン玉の中から、水鹿が叫んだであろう声が耳に突き刺さる。
叫び声がしてから少しすると、シャボン玉が割れ、中から水鹿が出てきた。
「なにがあったんだ…って誰ー!?」
「僕もおんなじ気持ちだよ!僕、なんか人間になっちゃったんだけど!」
シャボン玉から出てきたのは、水鹿ではなく、水色の着物に包まれた15くらいの可憐な女の子だった。
目の前に突然現れた僕っ子に脳が思考停止する。
僕っ子っていいよな…じゃなくて!シャボン玉の中にいたはずの水鹿の姿がない。
「水鹿はどこに行ったの?きみ、知らない?」
「いや、僕。僕が水鹿だよ!なぜかわからないけど、姿が変わっちゃっただけ!いや、姿が変わったの一大事なんだけどさ!」
「もうっ、なにこれ」と言いながら、頬を膨らませてあきらかに不機嫌な僕っ子の様子を見て、思わず顔がほころぶ。
まさか、この子が水鹿だったなんて。この子を僕はボコボコにしていたのか…。
そんなことを考えて、少しやってしまったことに反省したが、すぐにまた顔がほころんでしまった。
「笑い事じゃないよ!僕、これからどうすればいいのさ。こんなんじゃもうこの森では生きていけないよ…」
悲しそうな顔をしているのを見て、ようやく目の前にいる水鹿の状況を理解する。
そりゃそうだ。今まで森の主と呼ばれて、森の中で確立してきたものが全て姿が変わっただけで、崩れてしまった。もうこの森で生きていくことは不可能に近いだろう。とは言っても、人間の街で生きていこうとすれば、いずれ人間ではないことがバレてしまうだろう。いや、姿は人間だからバレないんじゃないか?
「人間の街で生きていったらいいんじゃないかな。きっとバレないと思うけど」
「人間と暮らすのは嫌だ。あんなヘコヘコ頭ばっかり下げてる社会に溶け込みたくなんかない」
そう言われて何かグサッと僕の心に突き刺さった。
確かに、人間はモンスターの社会とは違って上辺の関係を大事にしていく社会だ。
でもそうやって築かれた社会は、きちんといいところもある。
そのはずだというのに、何かが僕の心にぐさっと刺さり、やはり抜けなかった。
そうか。僕は元々弱かったから、その気持ちがわかるんだ。
「それなら、僕と一緒に行かない?」
「えっ?」
「僕といろんなところを旅しようよ。そしたらへこへこする社会に溶け込む必要はないでしょ?」
「確かにそうかも。うん、僕、君についていくよ」
こうして僕は水鹿と旅をすることになった。




