第八話 皇太子エーミール薨御
また更新し忘れました
明日もまた更新せねば…
皇太子エーミール・フォン・ホーエンシュタウフェンは、寝台に横になっていた。彼はもう起き上がり、歩くほどの体力がなかった。
エーミールは、寝台脇の机に置いた聖書を掴み、投げ飛ばそうとした。だが、投げ飛ばすほどの体力はなく、音を立てて、足元に落ちただけだった。
「お兄様」
第一皇女ユーリアが聖書を拾った。
「……ジュリー、見苦しいところを見せたね」
「珍しく、暴れましたわね」
ユーリアがそう言うと、エーミールは一年前を思い出したのか、声を出して笑った。
「そうだね。腹が立って仕方ない。身体は徐々にいうことをきいてくれなくなってきたよ」
「……お兄様」
ユーリアは紫色の瞳を伏せた。
「……ジュリー、その聖書はお前にやるよ」
「でも……」
「頼むよ、ジュリー、断らないでくれ」
エーミールの声には切実な響きがあった。
「わたしが死んだら、最後の嫡子であるお前が継ぐのだから」
そのようにエーミールが言った三日後、更に衰弱した様子のエーミールをケルンテン公ニコラウスとユーリアが共に見舞った。
エーミールとの交流があまりないニコラウスは、ぎこちなく会話をした。少しばかり気まずい雰囲気が流れたが、退室の際に、ニコラウスは、ユーリアと共にまた来ることを告げた。
それは、ニコラウスが椅子から立ち上がった時だった。エーミールがニコラウスの袖を掴んだのだった。
エーミールは、はっとすると、袖から手を離した。
ニコラウスは突然の異母兄の行動に驚くも、また来ますから、言い聞かせるかのように言った。
だが、次は無かった。
更に二日後、皇太子エーミールは薨御した。
皇太子薨御の瞬間は、皇帝と皇后、皇女ユーリアといった正規の家族に囲まれ、司祭やユラン伯、ベルク公といった侍従たちも同席していた。
息も絶え絶えなエーミールに司祭は、「何か言い残すことはございませんか?」と訊いた。
「……父上、母上、先立つわたしをお許しください……」
その言葉を聞いて、皇后ヘレーネはエーミールの手を握った。
「そんな、そのようなことを言わないで」
皇后ヘレーネは明らかに取り乱していた。それは息子に対する愛であるか、はたまた、また一人と嫡子を喪う己の焦りだったのか。
「エーミール、逝くな」
皇帝の命令はもはや、意味がない。
「ジュリー、すまない。全てをよろしく頼む……」
皇太子の空色の瞳が妹ユーリアを捉えた。
ユーリアは「はい」と返事をした。
皇太子は、最愛の妹の比類なき紫色の瞳を見つめた。やがて、彼の空色の瞳は瞼に覆われ、ヘレーネが握る手からも力が失われていった。
「エーミール!」
皇后ヘレーネは息子の名前を呼び、彼に縋りついた。
皇后にはもう、男児がない。嫡子には皇女ユーリアがいるが、彼女は女児だ。皇帝の後継者として認められるかわからない。
皇后ヘレーネは、ヘレーネの亡き父シャルル・ダルジャンの悲願によって、ブルグントへ嫁いできた。
アルジャン公シャルル・ダルジャンの願いはただ一つ、“皇帝の祖父”になることだった。それを叶える存在は、エーミールに他ならなかった。
だが、エーミールは薨御した。もはや亡きアルジャン公の願いを叶える存在は、もういない。
薨御とは、律令制下の言葉で、皇太子や大臣が亡くなる時に使われる言葉です。
舞台は中世ヨーロッパですが、使っちゃってます。




