第六話 嵐の前の静けさ
ラーヴェンスベルク伯ベルンハルト・フォン・ベルクは、皇宮の騎士団に所属していた。
数年前までは、第二皇子ジギスムントの騎士だったが、かの皇子が亡くなり、ただの皇宮所属の騎士となった。
ベルンハルトは皇帝の侍従長ベルク公の次男に当たる。彼が父のように侍従として仕官しなかったのは、やはり彼が次男で、爵位を継ぐことがない存在だったからだった。
しかし、数か月前に皇太子付き侍従だった兄を喪った。
ベルク公にとって気にも留めていなかった次男である、ベルンハルトがベルク公の従爵位であるラーヴェンスベルク伯を戴くことになった。
人生とはわからないものだと、ベルンハルトは思った。
とはいえ、ベルンハルトは、これを機に父親に重視されることはなかった。
ベルク公は、自身に似ていた長男を尊重し、政略結婚で愛してもいない妻に似ている上に、強情にも騎士団所属を貫くベルンハルトを疎んだ。
ただ、それはお互い様で、ベルンハルトも父親が煙たかった。
「ラーヴェンスベルク伯閣下」
第一皇女付きの侍女、ナタリー・ド・ヴィッテルが、鍛錬終わりのベルンハルトに声をかけた。
ナタリー・ド・ヴィッテルは、皇后ヘレーネが生国であるアルジャン公国から連れて来たアルジャン人侍女である。
麦藁のような金髪に、青い瞳が特徴的な婦人であった。ベルンハルトよりも一歳年上だが、親しみやすい雰囲気がある。
「また、殿下ですか?」
ベルンハルトは、少し辟易としていた。
「はい、皇宮の裏庭でお待ちです」
ベルンハルトは肩をすくめたが、何も言わずに、ナタリーとともに裏庭へ行く。
裏庭に到着すると、第一皇女ユーリアが待ち構えていた。いつものローブと違い、農夫のようなズボンを着用している。
皇女は十四歳になった。そろそろ結婚してもいい年頃だが、ときどきベルンハルトを秘密裏に呼び出しては、剣の鍛錬をしていた。
亡き一つ上の兄のジギスムントの元騎士をいいように扱っているのである。
「遅かったじゃない、ベルンハルト」
「殿下、こちらは鍛錬終わりでございますので、お手柔らかにお願いしますよ」
「仕方ないですね」
そう言って、ユーリアはベルンハルトに向かってロングソードを向ける。
ベルンハルトは正直、この時間は嫌いではなかった。皇女は筋が良いし、亡きジギスムントに剣を教えていたころを思い出して懐かしい。
半刻ほど鍛錬したところで、二人は草原の上に座り、何気ない日々の話をする。
ただ、このところ、話題になるのは皇太子のことだった。
十六歳になる皇太子は、この頃、病に伏していた。
「エーミールお兄様は、先週はお庭を散歩できるくらいの体調だったのですが、今週に入って寝台から離れられていない」
ユーリアは表情を曇らせていた。
「元来、体の弱い方であったが、そこまでとは……」
「このまま、よくおなりにならなかったら……」
ユーリアの紫色の瞳が大きく揺れた。
「殿下、まずは皇太子殿下の回復を祈りませんと」
「そうね、そうよね」
ユーリアは力無く笑った。そして、続けて言う。
「もし、最悪なことが起きれば、嫡子は私だけになってしまう」
ユーリアは抱えていた膝に顔を押し付けた。
ベルンハルトは心配そうに眉を顰めた。
「そんなことは起きませんよ。大丈夫です」
「そうなら、いいけれど」
ユーリアがぽつりと呟いた。
エーミールの生死は、ホーエンシュタウフェン家の運営に影響を与える。
エーミールが生きていることで、全ての均衡が保たれていたものが崩れてしまうかもしれない。




