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第十九話 サルブール卿の恐れ

 サルブール卿は領民たちの集団から離れた場所で、処刑場を見ていた。

 サルブール卿は丁度、アリアーヌ・ダルジャンが処刑場へ連れ出される瞬間を目にしていた。領民の「殺せ!」という声が大きく響いていた。


 彼はアリアーヌがまだ少女の頃を思い出していた。

 それは、サルブール卿の青年時代のことだった。先々代アルジャン公シャルルにサルブール卿の父親が仕えており、サルブール卿も同様だった。


 シャルル公が戦死したリヨンの戦いでは、サルブール卿親子は従軍せず、公妃マルグリット、エレーヌとアリアーヌ姉妹の側近くにいた。

 シャルル公の戦死の報せを聞いて、口元を押さえ、空色の瞳から涙を流していた姉妹をサルブール卿は容易に思い出すことができる。


 シャルル公が亡くなり、ただエレーヌが公国を引き継げばよい――だが、そのように終わらなかった。


 戦争ばかりで内政を怠ったシャルル公の死により、内乱が勃発し、ディジョンを中心とした地域を手放した。アルジャン公が支配していたペイ=バとフロヴェンヌでは、レグザゴン王と手を組んだ貴族や大商人たちが都市の自治とレグザゴン王太子との婚姻をエレーヌに迫った。


 ディジョン宮殿を追われ、ナンシー城に幽閉同然の暮らしとなった公妃とエレーヌ姉妹は追い詰められ、エレーヌは婚約者であった皇帝マクシミリアンに救援を求めた。


 だが、救援を求めている間に、エレーヌの側近と見られたサルブール卿の父親は捕らえられ、公妃とエレーヌ姉妹の目の前で処刑された。


 サルブール卿はしがない騎士に化け、エレーヌの近くにいた。何もできずに、ただ父が殺されていくのを目撃することしかできなかった。

 父親が殺される瞬間をよく覚えている。


 斧が振り落とされ、頭と胴が外れる鈍い音と溢れる鮮血をよく覚えていた。

 サルブール卿の心には憎しみと悔しさが渦巻いており、エレーヌは泣き叫んでいた。アリアーヌはただただ、恐れ、泣き叫ぶ姉に泣きながら縋りついていた。


 ――あのとき、恐れと悲しみを抱いた少女が。


 サルブール卿の父親のように、頭と胴を絶たれることになる。


 当時のアリアーヌは十三歳だった。あれから、十八年が経つ。再会したアリアーヌは三十を過ぎるが、まだ少女の面影を残していた。サルブール卿は少女時代に苦難に直面したリュクサン公妃アリアーヌが哀れでならなかった。


 ――あの時、同じ感情を確かに共有していた。


 その少女が姪によって処刑されてしまう。


「ユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェン!」


 アリアーヌの叫びがサルブール卿の耳に届いた。

 サルブール卿は思わず、新しいアルジャン女公の姿を見た。


 新アルジャン公ジュリー・ド・ブルゴーニュはアルジャン公の小冠を被り、美しい銀髪を晒して座っている。彼女の美しい銀髪はラシーヌ=アルジャン家の者が多く持っているものだった。アリアーヌも同様に美しい銀髪を持っている。


 だが、ジュリーはラシーヌ=アルジャン家の特徴である空色の瞳を受け継がなかった。彼女が受け継いだのは、他家の特徴である比類なき紫色の瞳である。

 名前を叫ばれたというのに、彼女の紫色の瞳には、怪訝も動揺も何も浮かんでいなかった。


 ただ、仄暗い湖の底のような底知れぬ瞳でアリアーヌを見つめていた。


「これが最期と言うものだ!」


 アリアーヌが最期にそう叫んだ。その瞬間に斧が振り落とされた。首を絶つ音が鮮烈にサルブール卿の耳に届いた。


 アリアーヌの銀髪を掴み、処刑人がアリアーヌの首を掲げた。赤い血が処刑場の木の床にぽたりと落ちる音が聴こえてくるようであった。


 サルブール卿の耳には、最期のアリアーヌの言葉が繰り返し響いていた。

 サルブール卿の父親もアリアーヌも、首を絶たれた。彼にとって親しき人の最期はそういうもののように思えた。


「戦いは終わりました。ここから新たな歴史が始まります」


 アルジャン女公ジュリーが立ち上がり、領民たちに向かって言った。領民たちからは歓声があがった。

 領民たちの歓声を聞いて、サルブール卿は恐ろしい少女を担ぎ上げてしまったのではないか、と思った。


 そもそも、この内乱で、領民の声を利用しようと考えたのはジュリー自身だ。

 数は多いが、下々の者を重視することがなかったサルブール卿など初老の男たちに比べると、随分と柔軟な考え方をしている。


 ――領民を巻き込み、公国を支配しようとしている。


 それも、十四歳の少女が、だ。十四歳という年齢は、父を喪い、嘆き悲しみ、姉の側近を目の前で処刑されて、恐れ慄いていた頃のアリアーヌと変わらない。


 サルグミーヌ卿はこの新アルジャン女公に仕えることに、大変感服し、名誉と思っているようだが、サルブール卿の胸には、僅かに恐怖が広がった。


 ――この末恐ろしい少女に仕え続ける覚悟を決めなければならない。


 新アルジャン女公は、領民の声を操り、領主には恐怖を与え従わせる。

 確かに、新たな歴史は始まるのだろう。紫色の瞳をした、アルジャンの名を一文字も冠することのない外国人がアルジャン公国を統治する時代の幕開けだった。

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