第十六話 家族の再会
ユーリアがナンシー城を掌握したという報告は、サルグミーヌ城へ早馬で伝えられた。
アンヌは報告を聞いてすぐさま、旅支度をして、子どもを連れて馬車へ飛び乗った。
途中雨もあったが、アンヌたちユラン伯一家は一週間かけてナンシー城へ到着したのだった。
ナンシー城は戦で荒れた様子もなく、かつてアンヌが見たことのある姿のままだった。
――無血開城を果たしたというのは本当だったのね。
アンヌは美しく切り出された石畳を見ながら思った。
新しいアルジャン女公の手腕は、アンヌには想像つかぬほど素晴らしいのだろう。アンヌは若い主君に感心させられると同時に、少しばかりの不安を覚えた。
アンヌたちがナンシーまで移動している間に、ナンシー城にてユーリアは公位継承宣言を行ったらしい。ラシーヌ=アルジャン公のルビーとサファイアが交互に散りばめられた小冠をあの美しい銀髪に被せている様子は、非常に美しく圧巻だっただろう。
ナンシー城の主城門の前には夫であるユラン伯、異母妹のユルシュルと主君であるユーリアが立っていた。
アンヌは馬車を止めさせた。馬車から降り立つと涙が溢れてきた。久しぶりに麗しい夫を見たのだ。戦は何が起こるかわからない。アンヌは夫を喪うことも覚悟していた。
「貴方!」
アンヌはそう叫ぶと、手を広げて待っていた夫の胸に向かって飛び込んだ。
「アンヌ、心配かけたな」
ユラン伯が優しく言った。その声には深い愛情が滲んでいた。
「……ご無事で何よりです」
アンヌはユラン伯の身体に手を回す。もう離れ離れでいることは堪える。
ユラン伯はアンヌの顎に指を添えた。アンヌの顎は持ち上げられ、ユラン伯はアンヌの額に唇を落とした。
そのとき、アンヌは急に冷静になった。
今は昼間、ここはナンシー城の主城門であり、ユルシュルだけではなく、アルジャン女公を勝ち取った主君もいることを思い出したのだった。
アンヌは慌てて、ユラン伯から身体を離して、「殿下、ご機嫌麗しゅう」と挨拶をした。
「……ユラン伯夫人、久々に夫に会えたのですから、もっと歓喜を表しても良かったのですよ」
ユーリアは極僅かに微笑を浮かべながら言った。
「……いえ、お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
アンヌは顔を真っ赤にした。
「私は構いませんよ。こうしてこの世に愛があることを知ることができますゆえ」
ユーリアは淡々と言った。言っている言葉は皮肉めいているが、アンヌには言葉の裏に諦念があるように思えた。
「……ユラン伯、今日は家族と過ごすと良い」
「しかし、ユーリア様をお一人にするわけには……」
「私はこれから寝るのです。寝る時くらい一人になりたいものでしょう?」
そうユーリアは言うと、アンヌたちに背を向けた。衣擦れの音を立てながら、ユーリアは主城門の奥へ消えていった。
アンヌは呆気に取られた。あっさりと家族と過ごすことを認められた裏に、夫と主君の微妙な不和を感じっていた。
「貴方、殿下と……?」
アンヌがユラン伯に尋ねるも、ユラン伯は答えなかった。ただ、ユラン伯はユルシュルと共に、アンヌをナンシー城での私室へ案内した。
アンヌはユラン伯の私室までの道を、子どもたちを連れながら歩いた。アリスとアメリーはリュネビル城やメス城よりも立派な石造りの城を、あちらこちら見渡しながら歩いていた。
「お父様、ここはリュネビル城より綺麗ね!」
アリスはきゃっきゃと喜んでいた。
「ここは、殿下のお城だからね」
「お姫様のお城なの? すごーい!」
アメリーも目をキラキラと輝かせながら言った。
「二人とも、廊下では静かになさい」
アンヌは子どもたちを咎めた。
アンヌは夫に琥珀色の瞳を向けた。相変わらず美しい夫の顔に浮かぶ表情は固く、やはり、主君と何かがあったのだと思わせた。
ユラン伯に与えられた私室は、アンヌが想定していたものよりも広かった。主君ユーリアは、ユラン伯の家族も滞在することも念頭に入れていたようだった。
アリスとアメリーは暫く、部屋を駆けまわってはしゃいでいたが、旅の疲れもあってか、すぐに寝落ちしてしまった。二人はユルシュルの私室へ運ばれ、アンヌとユラン伯は二人きりとなった。
「ねえ、貴方、殿下と何かございまして?」
アンヌがユラン伯に訊いた。
ユラン伯は口ごもったが、「……リュクサン公妃の処遇について意見が割れた」と言った。
「アリアーヌ様の?」
アンヌはリュクサン公妃アリアーヌ・ダルジャンを“アリアーヌ様”と呼んでいた。アンヌは幼少期、行儀見習いとしてアリアーヌの側近くに仕えていた。
「三日後、リュクサン公妃は処刑される」
ユラン伯は静かに言った。
アンヌは息を呑んだ。幼い頃仕えていた少女が、姪によって処刑される。アンヌには、アリアーヌの活発な少女時代を昨日のように思い起こすことができる。
――可愛かったあの方が処刑されてしまうのね……。
アンヌは目を閉じた。涙が溢れてくる。
「――ユーリア様は、アンヌとリュクサン公妃を会わせても良いと言っている」
「殿下が?」
頬に伝う涙を拭いながら、アンヌは言った。
「――きっと、これはリュクサン公妃のためではない。アンヌのために」
アンヌは夫の言葉を聞いて、不思議に思った。アンヌとユーリアは長い仲ではない。ヘレーネ皇后の死を経て、共にアルジャンへ向かう旅で初めて会ったくらいなのだ。
「ユーリア様はアンヌに気遣っている」
続けて言われた夫の言葉を聞いて、アンヌは気遣われているのは自分ではない、と思った。
主君ユーリアは表面上、気にしていないように見せていたが、自身の側近との不和を気にしているのだとアンヌは思った。




