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第十二話 戦記物の結末

 ユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェン擁するサルグミーヌ、ランガット、アンラン連合軍はリュネビル城を発ち、その日の夜にナンシーへ到着した。


 既に、メスから来たサルブール連合軍とヴィッテルからのハンバッハ連合軍はナンシー城を取り囲んでいた。


 今夜は月が近く、ナンシー城を囲う軍隊の鎧は月明りで鈍く光っていた。

 サルグミーヌ卿はナンシー城の城門を前で騎乗し、ナンシー城の門兵と睨みあっていた。

 まだ、ナンシー城から攻撃はなかった。

 サルグミーヌ卿の読みが正しければ、ナンシー城には碌な戦力がないはずである。


 ――このまま、攻撃を仕掛けようか。


 サルグミーヌ卿がそう思っていたところ、松明を持った人影が近づいてきた。黒いローブを纏った漆黒の瞳を持つ美しい女であった。


「閣下、殿下がお呼びでございます」


 その美女はユーリアに似ていた。サルグミーヌ卿は、その女の正体がユラン伯の異母妹のユルシュル・ダルジャンであることを察した。


「殿下が? すぐに参る」


 サルグミーヌ卿は、後方に向かって馬を歩かせた。ユルシュル・ダルジャンは、裾を引きずるローブを纏っているとは思えぬほど、俊敏に歩いていた。まさに騎士のような乙女だ、とサルグミーヌ卿は思った。


 ユルシュルに案内されるまま、サルグミーヌ卿が馬を歩かせていると、簡易的な天幕を張った場所があった。この天幕を張った場所はいくつかあったが、そのうちに一つはユーリアとユラン伯が使用している。


「――サルグミーヌ卿、ナンシー城の動きはどうですか?」


 ユーリアは相変わらず、黒い喪服を着用していたが、腰にロングソードを佩いていた。


「敵に動きはございません。動かせる戦力もそもそも少ないのでしょう」

「――そのようですね。このままでは睨み合いが続くでしょう。ただ、物語には結末がありませんと」


 ユーリアはそう言って、笑みを浮かべた。その笑みは挑戦的なもののようにサルグミーヌ卿には映った。


「サルグミーヌ卿の騎士を一人借りたいのですが」


 ユーリアが言った。


「構いませんが、何をするので?」

「リュクサン公の側仕えにでも手紙を届けてもらいたいのです」

「……手紙でございますか」


 ――一体、どのような内容になるのだろうか。


 ユーリアは君主になるとはいえ、乙女だ。戦争を好むとは思えない。何か妥協をしてしまうのだろうか。


 だが、妥協は許されない。もし、妥協をするというのであれば、サルグミーヌ卿は主君を説得する所存であった。


「我々にはリュクサン公がおります。だから、手紙には、こう書いております。――無血開城をし、リュクサン公妃を引き渡さなければ、リュクサン公を殺す、と」


 ユーリアの紫色の瞳がきらりと光った。


「……そのような内容を……」


 ――本当に、この方は十四歳なのだろうか?


 年若いにしては冷徹な判断を下せる乙女である、とサルグミーヌ卿は舌を巻いた。


 一昨日、サルグミーヌ卿はユーリアの喪服をつぶさに確認した。それは、ユーリアが娘婿ユラン伯に想いを寄せてはいないか、確認するためだった。もし二人が近づいていれば痕跡は残る。


 サルグミーヌ卿は己の愚かさを恥じ入った。この年若いが、聡明な主君が側仕えを重用することはあっても、生温い感情を持ち合わせることはないだろう。


「――正直、私は無血開城をしようが戦が始まろうが、どちらでも構いません。ただ、多くの血を流すことなく勝てるのであれば、それに越したことはないでしょう」


 ユーリアの言葉は青空の下、冷徹に響いた。


「わかりました。騎士に手紙を運ばせましょう」

「では、頼みましたよ」


 ユーリアは紅い封蝋が施された手紙をサルグミーヌ卿に手渡した。その封蝋は、リュネビル伯のものだった。

 だが、ユーリアが次に手紙を出すあかつきには、封蝋はアルジャン公のものになっているだろう。サルグミーヌ卿はそう願ってやまなかった。


 サルグミーヌ卿は手紙受け取ると、臣下の礼を取った。そして、騎乗し、主君の顔を見た。

 ユーリアの美しい顔は、年に似合わぬ冷静さを映し出していた。


 ――このように年若くとも、老獪な主君に仕えることができたことを感謝せねばなるまい。


 サルグミーヌ卿はそう思いながら、馬を走らせた。

 また、この名誉ある役目を任せられる騎士を羨ましくも思っていた。


 サルグミーヌ卿が重用しているジャック・ガルニエという騎士がユーリアの手紙を持って、ナンシー城の城門に向かって馬を走らせた。

 彼は門兵に城門を開けさせ、石壁の中へと消えていった。

 一刻を超えても、ナンシー城には何も変化はなかった。


 サルグミーヌ卿はガルニエが敵方に殺害されてしまった可能性を考えて、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


 だが、ガルニエは松明を持って戻ってきた。一人の騎乗する男も連れていた。

 その男はサルグミーヌ卿と同じ年の頃に思えた。額に大粒の汗をかきながら、騎乗する男はサルグミーヌ卿には、少々情けなく見えた。


 ガルニエに代わり、サルグミーヌ卿は男をユーリアの元へ案内する。

 男にとっては敵兵の間を抜けていく形になっているためか、男は更に大汗をかいていた。


 男はユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェンを前にして、跪いた。


「リュクサン公が侍従長、メルシュ卿フィリップ・ド・メルシュと申します。此度の書簡の内容、受け入れましょう」


 初老とはいえ、メルシュ卿の薄くなった髪は彼をさらに情けなく見せていた。とはいえ、リュクサン公の命を守るために、この侍従長は苦渋の決断をしたのである。


「顔を上げよ、メルシュ卿」


 ユーリアは美しく、威厳ある声で言った。

 メルシュ卿は素直に顔を上げる。彼の額は汗で濡れていたが、表情は深い覚悟を示していた。


「よく決断してくれました。身代金は減額いたしましょう」


 ユーリアが言うと、メルシュ卿は深々と頭を下げた。

 結局は、身代金は請求するのだな、とサルグミーヌ卿は思った。彼の仕える主君は抜かりなかった。


 ナンシー城は無血開城を果たし、メルシュ卿がユーリアと結んだ協定を知らぬリュクサン公妃アリアーヌ・ダルジャンとその侍女は戸惑い、恐れ戦きながら捕縛された。


 これが、ナンシー城の戦いの結末だった。

 かくして、アルジャン公位継承戦争は終わりを告げたのだった。

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