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第七話 戦争の結果

 ――大砲なら撃ってみたいのですが。


 と言う、己の主君の好奇心の混じった恐ろしい言葉に、ユラン伯は「なりません」としか言えなかった。


 ――本気で言っているのだろうか。


 ユラン伯はそう思ったが、ユーリアの紫色の瞳は真剣そのものだった。


 ユラン伯は、かつて幼い頃に小姓のように仕えた先々代アルジャン公シャルルの趣味が戦場での大砲撃ちだったことを思い出していた。また、亡きヘレーネから聞いたことがあったが、ブルグントの皇帝、マクシミリアンも戦場で大砲を撃つことをいたく気に入っていたらしい。


 ――血筋だな。


 ユラン伯は溜息を吐いた。女子であるユーリアには引き継いでほしくはない趣味だった。

 まさか父方、母方共に大砲撃ちを気に入っていたとは。


「――こうして、城に籠っているのも良い気分ではありません」


 皆、戦っているのに、とユーリアは続けた。


「殿下、殿下はアルジャン女公たる、この国で誰よりも尊き方です。戦場に出て、もしものことあらば……」


 部屋の後方で控えていたユルシュルが言った。


「私は死んではいけない」


 ユーリアがふっと笑った。


「はい、その通りです」

「しかし、気分は良くない。これを含めてアルジャン女公なのですね」


 ユーリアは紫色の瞳を、窓の外へ向けた。


「――あの騎士は、リュクサン公では?」


 ユーリアが言うと、ユラン伯は一際豪華な鎧を纏っている騎士に目を向けた。

 その騎士の騎乗する馬はクロスボウの矢で射られ、嘶きを上げているようだった。同時に前足をばたつかせ、騎士を地に落とした。


「リュクサン公の紋章です」

「捕らえさせて」

「……ユルシュル」


 と、ユラン伯は一言だけ、己の異母妹に言った。


 美貌だが、ユラン伯よりも暗い色合いの瞳をした少女は、部屋から出ていった。間に合うかわからぬ伝令を告げに行くためだった。


 戦争では、高貴な人間は捕らわれ、身代金と引き換えに国へ帰す。だが、それも今は昔だ。ユーリアの祖父、シャルル公は戦場で切り刻まれて死んだ。


 ――生きているリュクサン公に用があるのか。


 ユラン伯は己の主君の意図を図りかねていた。


「リュクサン公には生きていてもらわなければなりません」

「それで、よろしいので?」

「あの場で殺されてしまえば、仕方のないことですが、生きているリュクサン公には会いたいですね」

「わかりました」


 ユラン伯はリュクサン公の無事を祈ることにした。


 窓の外から戦場をしばらく眺めていると、勝負が決した。

 サルブール側の勝利で終わり、リュクサン公を生け捕りにすることに成功した。

 この戦いで、トゥール領主は戦死し、リュドゥル領主はリュクサン公と同じように生け捕りにされた。


 ユーリアはユラン伯を連れ立って、戦場に足を運んだ。

 まだ砂埃が舞う中、兵士の呻き声も聞こえる。

 歩きながら、斃れている兵にユーリアは紫色の瞳を向けていた。彼女の美貌は何も心を映していなかった。


 彼女をばために、彼らは死んだ。


 ユーリアは風の吹くまま黒い喪服を靡かせ、戦場を歩いていた。

 それは彼らを悼んでいるように、ユラン伯には見えた。


 ユーリアとユラン伯は、サルブール連合軍の陣営地まで黙って歩いた。陣営地にいたサルブール卿はユーリアの姿を見ると跪いた。


「――おめでとうございます、アルジャン女公殿下」


 恭しく礼を言うサルブール卿に、ユーリアは苦笑した。


「礼を言うのは私の方です。それに、まだアルジャン女公と呼ぶには早いかもしれません」


 ユーリアは、ちらりと紫色の瞳を縄で縛られた男たちに向けた。彼らはサルブール卿やサルグミーヌ卿たちの前で、跪かされていた。――リュドゥル領主とリュクサン公であった。


「生きている姿を見たいと、私は確かにそう言いましたが、その意味を深く考えていませんでした」


 ユーリアがさらりと言うと、リュドゥル領主が身体を震わせた。


「殿下、もし彼らの処遇を決めていないのでしたら……ナンシーまで彼らの首を槍に刺して進行してはいかがでしょう?」


 アティニー領主がおずおずと進言した。控えめな声音だったが、言っていることは物騒であった。


「アティニーよ、私はもう少しばかり淑女でいたいのですよ」


 ユーリアが微笑んだ。その笑いは、ユラン伯には少し妖しく見えた。

 それは、アティニー領主にも同じだったのだろう。彼は少し顔を赤くすると、目線を下に下げた。


「リュクサン公、貴方様の妃はナンシーにいるのかしら?」


 ユーリアがリュクサン公に尋ねるも、リュクサン公は黙ったままだった。

 それを見て、ランガット領主がリュクサン公の顔を叩いた。


「ランガット、別に答えさせなくてもよい。聞いたところで答えは決まっているでしょう。公妃はナンシーにいる他ない」


「殿下、リュクサン公とリュドゥル領主の処遇はいかがいたしましょう」


 サルグミーヌ卿が年若い主君に訊いた。


「……リュクサン公は捕虜としましょう。リュドゥル領主は戦死したのではなくて?」


 ユーリアは小首を傾げた。


「――殿下、殿下! 命だけはお助けください! これより殿下に従います!」


 リュドゥル領主は焦り、叫んだ。

 そのリュドゥル領主と同じ目線となるよう、ユーリアはしゃがんで静かに言った。


「――何故、私がそなたを救わねばならぬのです? 今初めて会った殿方を」

「殿下ぁ……」


 リュドゥル領主は、大声をあげて泣いた。その姿は若い女であれば哀れを誘っただろうが、いい大人である初老の男では、見苦しさが目立つ。


 ――戦死扱いにしたのは、お優しすぎるくらいだ。


 ユラン伯は己の隣でしゃがんでいる少女をちらりと見て思った。

 内乱が落ち着いたところで処刑とすれば、確実に一族に累が及ぶだろうが、戦死であればそうとは限らないだろう。


 ――それをこの男はわかっていない。


 浅慮であるからリュクサン公妃側に着いたのだろう、とサルブール卿を始めとする領主たちは思っていそうだ、とユラン伯は思った。


 サルブールの内乱は、リュクサン公の生け捕りと、リュクサン公に与したトゥール領主、リュドゥル領主の戦死で幕を閉じた。


 サルブールの内乱の後処理が終われば、新アルジャン女公ジュリー・ド・ブルゴーニュとその支持者たちはアルジャン公が拠点としているナンシー城へと向かう。


 また、ナンシー城へ向かいつつ、周辺のメスやリュネビル、ヴィッテルも支援しなければならない。

 新アルジャン女公ジュリーには、休む暇などなかった。

 それが戦争であり、内乱であった。

彼女をばために彼らは死んだ。


ちょっとニーベルンゲンの歌を意識しております。

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