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第三話 愛人とは

 コルドゥラの事件から十日後、ユーリアはニコラウスの部屋で刺繍の課題をやっていた。ニコラウスの方はというと、外国語の課題をこなしていた。


「そういえば、シューレンブルク公が来ているんだよね」


 おもむろに、ニコラウスが言った。


「シューレンブルク公が?」

「……コルドゥラ嬢の事件を聞いて、慌てて来たみたい。お母様が心配で」


 シューレンブルク公は、所謂、グラティアの結婚証明書上の夫だった。

 グラティアが皇帝に見初められた折、彼女はただのクロイ公の令嬢だった。基本的に、独身の令嬢が妾になることは、非常に外聞が悪いため、当時、皇帝マクシミリアンは寡夫で嗣子を既にもうけていたシューレンブルク公に嫁がせた。

 嫁がせたとはいっても、皇帝の愛人となることが決定していたために、二人は華燭の典を挙げただけの白い結婚であった。


 シューレンブルク公にとっては、ただ皇帝に利用される屈辱的な結婚であったはずだが、書類上の夫人に宮廷で何かがあると、引っ込んでいた領地から度々、薔薇の宮殿へ足を運ぶ。


「……シューレンブルク公はグラティア様を愛しておられるのね」

「うーん、まあ、お母様が好きみたいだけどね。僕はあの人のこといい人だと思うんだけどねえ」

「私だったら、お父様を見限って、シューレンブルク公と領地に帰るけど」

「あ、ユリー、お父様のことをそんな風に言っちゃいけないよ」


 と、ニコラウスは言うも、ニコラウスも少し賛成だった。


 そもそも、ブルグントにおいて、皇帝の愛人という立場は、他国よりも不安定なものだった。ブルグントには他国とは違い、公妾制度がないのだ。


 公妾制度とはインマヌエル教の教義において、側室制度が許されていなかったために作られた、公式に認められた唯一の愛人のことである。

 公妾の生活や活動にかかる費用は宮廷費からの支出として認められる。彼女らは、王を社交から、或いは政治的に補佐する役割がある。


 ブルグントはインマヌエル教の教皇により戴冠される神聖イリア帝国を継承する国家であるため、インマヌエル教の教義に沿い、公妾制度を持たなかった。


 とはいえ、薔薇の宮殿という離宮に住まいを与えられ、衣食住が保証されてはいる。

 しかし、皇室の愛人という存在は、特権を与えられながらも、正しい婚姻の下にないため、ブルグントでは貴婦人の憧れでありながらも少しばかり蔑まされる存在であった。


 また、最近のコルドゥラ事件といい、ぼんやりとしていると薔薇の宮殿の主でさえ、挿げ替えようとされることもあるのだ。


 とはいえ、第一皇女ユーリア、皇太子エーミール、皇后ヘレーネといった、正規の皇帝の家族からグラティアの人柄が認められて、今回の事件は助かった。


 それでも、今回の事件はグラティアの皇帝から寵愛が既に薄れていることを象徴するものだった。


 ニコラウスは、皇帝の愛を得られないのであれば、愛してくれていると思われるシューレンブルク公と夫婦としてやり直すのも手ではないか、とも思ってしまっていた。


「でも、お母様はお父様を愛しているんだよねえ」


 ニコラウスは、思わず口にして、呟いた。

愛人を作るというのは婚外恋愛ということで、未婚者を愛人にするのは良くなかったとされていました。

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