第三十話 支援物資
「シューレンブルク公が、アルジャン公にお目通りを願います」
という、若い男の声が馬車の外から聞こえて、ユーリアは馬車を止めさせた。
新アルジャン公一行がアルル宮殿を出奔して、五日が経っていた。今、馬車を走らせている土地は、シューレンブルク公領であった。
ユラン伯は眉を顰めた。シューレンブルク公といえば、皇帝の庶子ニコラウスの母親、グラティアの夫だ。
――ユーリア様を追い込んだ側の夫が何用だろうか。
ユラン伯は訝しく思った。
「――ユーリア様、危険では?」
ユラン伯は、久方ぶりにユーリアに声を掛けた。
共に焚火を囲んで会話をしたその翌日以来のことであった。
焚火を囲んでの会話を後悔していたユラン伯に、ユラン伯夫人アンヌは、娘たちから“シロツメクサの冠”の件を聞いたのか、
――貴方、女の子にそのような言い方、よくないことではありませんか?
と静かに言ったのだった。
ユラン伯はアンヌからの静かな説教が堪え、翌日、ユーリアと二人きりの馬車で、謝罪をしたのだった。当のユーリアは、謝罪を聴いて「そうですか」としか答えなかった。
それ以降、気まずい雰囲気が馬車の中を流れた。それが連日続いていたのだった。
「……相手の出方を見ます。ユラン伯も共に」
ユーリアはユラン伯にも下車を促した。
ユーリアとユラン伯は、馬に乗った二人組の男と対面した。一人はシューレンブルク公の従者だと思われた。シューレンブルク公は、ユーリアの姿を確認して、目を細めた。
「殿下、お元気そうでなによりでございます」
すると、シューレンブルク公は、下馬をし、跪いた。
「ええ、何事もなく。ところで、何か御用でしょうか?」
「……宮殿での出来事は聞きました。殿下におかれましては、申し訳ないことを致しました」
「――頭をお上げください。それに、シューレンブルク公よ、宮殿で起こった一連のことは、証拠がないのですよ」
ユーリアはそう言うと嗤った。
「しかし、皇后陛下の件はグラティアが関わっておりましょう」
シューレンブルク公の言うことは尤もなことだった。
証拠自体はないが、その日のうちにクロイ公が斬り付けられたことで、クロイ公が関わっているに違いない、と噂にはなっていた。
「グラティア様は息災ですか」
「宮廷はようやく落ち着きを取り戻しました。グラティアは息災ですが、いずれは己のしたことの報いを受けましょう」
「……そうとも限らないのでは」
ユーリアが言うと、シューレンブルク公は首を振った。
「そうでなくてはなりません。わたしも覚悟はいたします」
シューレンブルク公の深く青い瞳から覗く意志は固かった。
「……そんなにも愛しているのですか」
ユーリアは紫色の瞳を伏せた。彼女は微かに震えていた。声には驚きと羨望が入り混じっているようにユラン伯には聞こえた。
「ですから、本日はグラティアのしでかしたことのお詫びの品を持ってまいりました」
シューレンブルク公は、そう言うと己の執事の後方にある馬車へ目を向けた。
「食料と毛布、薬などもございます。お持ちください」
シューレンブルク公が手を上げると、シューレンブルク公の執事が馬車へ向かう。積み荷を運び出すようだった。
「……シューレンブルク公、感謝いたします。クロイ公に目をつけられなければよいですが」
「クロイ公はわたしのことなど眼中にございません。ご心配いりません」
「――それなら、よいのですが」
ユーリアはそう言うと、護衛たちに積み荷を運ぶように命じた。
ユラン伯は、シューレンブルク公をすぐに信用するユーリアを不思議に思った。二人は交流があったのだろうか。
思えば、ユラン伯はユーリアが十四歳まで、どのように宮廷で過ごしていたか知らなかった。ヘレーネに仕えていた当時の皇后から見るユーリアの様子以外、知ろうとはしなかった。
シューレンブルク公が青い目をユラン伯へ向けた。そして、ユーリアに目を向けて言った。
「殿下、貴女様の侍従と仲良く。彼はお母君によく仕えていた方でしょう? 頼りになりましょう」




