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第二十九話 聞くべきではない話

 夜の森は静寂に包まれ、焚火の灯りだけが淡く揺れていた。


 アルチュール・ド・シュバリエは、新アルジャン公ユーリアを守るために、ユーリアが泊まる天幕の前で、椅子に座り、焚火を囲んでいた。


 アルチュールは眠気を感じていなかった。守るべき貴人が近くにいると考えると、眠りは遠ざかる。

 とはいえ、その天幕にはユーリアはいなかった。


 ――割と夜更かしな方だ。


 と、アルチュールが思っていると、黒い人影が向かってくるが見えた。


 焚火の灯りで、ユーリアの黒いローブが浮かび上がる。

 ユーリアの美しい顔も照らされていた。


「――殿下、お休みになられますか?」


 アルチュールが声を掛けるも、ユーリアは返事をしなかった。

 アルチュールは怪訝に思いながら、ユーリアの顔を見た。

 比類なき紫色の瞳は揺れており、表情もどこか狼狽しているように見えた。


「どうかなさったのですか?」


 アルチュールは主君に問うた。


「……ユラン伯と口論になったのですよ」


 主君の声には疲労が滲んでいた。


「……ユラン伯とですか?」


 アルチュールは信じられぬ思いで、主君の言葉を聞いた。

 ユーリアを疑っているのではない。だが、アルチュールから見るユラン伯は、理知的で冷静な人物だった。亡き皇后ヘレーネに仕えていた者たちを代表するその侍従は、主君に忠実な男だった。


 だが、とアルチュールは思う。

 ユラン伯は、確かにヘレーネ・フォン・アルジェントには従順だった。だが、その娘に対しては。


 アルチュールは夕刻のユラン伯のユーリアへの態度を思い出していた。彼はたまたま、見ていたのだ。


 ――似合いませんね。


 シロツメクサの冠を被った年若い主君に対して、あまりにも厳しい言い方ではなかったか。

 亡き皇后ヘレーネが同じ行動をしたとしたら、そのような物言いはしなかったのではないか。


 ――少し、妙だ。


 ユラン伯は、新しい主君であるユーリアに対して、ヘレーネとは違う感情がありそうだ。

 それに、時折、ユラン伯のユーリアを見る目に、警戒か期待か、それとも別の何かが宿っているように、アルチュールは見えた。


「ユラン伯は、私に失望しているのではないでしょうか」

「殿下、そのようなことはありえません」

「そうかしら?」

「ユラン伯は、我々よりも貴女様に対しての責任がおありです」


 アルチュールは主君に対して、そう言うことにした。


「……ユラン伯は時々……」


 ユーリアは、そう言って押し黙った。


「どうしたのです?」

「なんでもないわ。お休みなさい、アルチュール」


 白い天幕の中へ、黒い喪服を纏った主君が入っていった。


 アルチュールはそれを見送ると、焚火に目をやった。

 アルチュールは、聞くべきではないことを聞いた気がしたし、考えるべきではないことを考えてしまったように思えてならなかった。


 パチン、と焚火にくべた薪が割れる音が静寂の中、甲高く響いた。

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