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第二話 皇后ヘレーネ

 皇后ヘレーネ・フォン・アルジェントは、優雅にローズヒップティーを飲んでいた。彼女は懐妊中であったために、安静にして過ごしていた。


 皇后の役目は、子どもを産むことであり、彼女は嫁いでから、毎年のように妊娠をしていたが、結局、無事に育ったのは皇太子エーミールと第一皇女ユーリアだけであった。

 嫡子が二人しかいないという事実はヘレーネを焦らせていた。


「皇后陛下、皇太子殿下がお目通りと願っております」


 皇后付きの筆頭侍従のユラン伯クロード・ダルジャンがヘレーネに声をかけた。


 ユラン伯は皇后の従姉弟にあたり、彼の容貌は皇后にも、皇太子にも、第一皇女にも似た美しさを誇っていた。


 とはいえ、彼は褐色の髪に、榛色の瞳という暗い色合いの持ち主で、皇后のような銀髪に空色の瞳といった繊細な色合いとは違った。


「エーミールが? 通しなさい」


 皇后が言うと、ユラン伯が侍女に命じて、皇太子を入室させた。


「母上、ご機嫌麗しく」

「堅苦しい挨拶は良い。何か急用でも?」


 エーミールは空色の瞳を母親に向けた。彼ら親子の瞳は同じ色を持っていた。


「フォーゲルブルク伯とその娘のコルドゥラ・フォン・フォーゲルブルクのことでございます」

「そなたから、その名前が出るとは。陛下の愛人のことなど、皇太子であるそなたが関心を持つ必要はないはず」


 ヘレーネはあまり興味をそそられなかった。皇后たる彼女は度々入れ替わる夫の愛人を気にかける必要はなかった。

 それに、薔薇の宮殿の主でもない愛人のことである。


「コルドゥラ嬢は、シューレンブルク公夫人から、堕胎薬入りのお茶が贈られた、と主張しております」

「そなたはそれが、偽りであると?」

「はい、シューレンブルク公夫人はそのような方ではないと思っております」

「……エーミール、そのように異母弟の母を庇う慈悲の心は感心ですが、薔薇の宮殿の主の座を失うかもしれぬ危機感から、シューレンブルク公夫人がコルドゥラ嬢を害そうとしたとは、考えませんか?」

「母上」


 エーミールは跪いた。


「母上にとって、シューレンブルク公夫人とコルドゥラ嬢、どちらが薔薇の宮殿の主人であるのがご都合よろしいか、考えていただけないでしょうか」


 皇后ヘレーネは空色の目を細めた。そして、僅かに微笑んだ。


「……なるほど、そう来ましたか。では、エーミール。コルドゥラ嬢の部屋を捜索させましょう。そなたは心配せずに己の勉学に励みなさい」


 シューレンブルク公夫人グラティアは、皇帝の威光を頼みにして己の都合を通したり、権威を誇示したりする女性ではなかった。

 ヘレーネにとっては好感が持てる愛人であったのだった。


「ありがとうございます。母上」

「もう、戻りなさい」


 皇后ヘレーネが威厳を以て言うと、皇太子エーミールは頭を下げて、退室した。


「ユラン伯、コルドゥラ嬢の部屋を捜索させなさい。きっと痕跡が出てくるでしょう」

「……畏まりました、陛下」


 それは、反論を許さぬ皇后の圧力でもあった。


 その日の夕刻、コルドゥラ・フォン・フォーゲルブルクの部屋から、大量のホオズキが見つかったと報告が挙がった。


 皇后ヘレーネは騎士により跪かされたコルドゥラを見下ろして、言った。

 身籠っている女を跪かせていることについて、ヘレーネは気に留めなかった。皇后たる彼女は誰にも配慮する必要はない。


「どうして、こんなにホオズキを持っていたのかしら。私の腹の子を狙ったのではないかしら」


 皇后の言葉には重々しさはなく、呟きのようであったが、それが却ってコルドゥラを震撼させたようであった。


 コルドゥラは青い顔をしながら、


「……このホオズキはシューレンブルク公夫人に、罪を着せ、薔薇の宮殿の主人から追い落とすために用意したものでございます! 決して、皇后陛下とそのお子様を害すためではありません!」


 と、言った。

 コルドゥラの声も手も哀れなほど震えていた。


 その白状を以て、皇后は皇帝に進言した。


 一歩間違えれば、コルドゥラの命はなかったが、皇帝の命はコルドゥラを宮廷から下がらせることに留まった。


 そして、生まれてくる子の親は皇帝ではない、と宣言した。フォーゲルブルク伯は、所領に専念することを進言し、娘を連れて所領に帰る準備をした。


 未婚で父のわからぬ子を生むことになるコルドゥラの将来に、暗雲が立ち込めることは必須であった。

 その父親であるフォーゲルブルク伯の信用も失墜する。


 フォーゲルブルク伯父娘は、宮廷で権力闘争を自ら仕掛けながら、皇后の権威を前にして失敗したのだった。



中世ヨーロッパと言われる時代は、まだ所謂チャノキの葉であるお茶は広まっておらず、

中世の人々はビールやワインなどで喉を潤していたそうです。

作中では修道院に伝わるハーブティーを出しました。

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