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第二十七話 馬車酔い

 ナタリーは、使用人用に用意された馬車で、青い顔をして横たわっていた。

 そろそろ、吐き気も収まる頃だと僅かばかりの希望を持って、布を口に押さえつけていた。


 そもそも、自分がこんなにも乗り物酔いが激しいとは思わなかった。

 馬車の車輪が石畳に跳ねる度、胃の底がひっくり返るかのような感覚が襲ってくるのだ。石畳のない裸の土の道を通る場合も、窪みに車輪が引っ掛かると吐き気の波が襲い、頭がぐらぐらとする。


 ナタリーは現在、十六歳で、アルジャン人とはいえ、アルジャンからブルグントへ渡ったのは、母親の胎内にいる時だった。


 成長してからは、亡き皇后の元で行儀見習いをした後、ユーリアの執務室付き侍女をしており、皇帝の長期間の旅に帯同するユーリアに付いていくこともしなかった。

 こんなにも乗り物酔いが激しくて、この旅路は大丈夫なんだろうか、とナタリーは思った。既にユーリアには迷惑をかけている。


 日中、ユーリアはユラン伯と二人きりであるし、今日のようなユラン伯令嬢の面倒など、本来はナタリーがすべきだった。


 ナタリーは自身の不甲斐なさに呻いた。実際に呻いた。


「――ナタリー、気分はどう?」


 ナタリーが目を閉じようとしたそのときに、扉が開く音がし、夕暮れの幽かな光が差し込み、優し気なユーリアの声も聞こえてきた。


「うう、殿下、申し訳ございません」


 ナタリーは口元に布を押し付けながら言った。


「こんなにも弱っていて、大丈夫かしら? 医師はなんと?」

「体質は仕方がありません、としか言われておりません」


 その言葉を聞いて、ユーリアはうーん、と唸った。


「良いお薬があれば良いのだけれど。少し思い出してみるわ」

「殿下、ご迷惑ばかりお掛けして申し訳ございません」

「いいのよ、ナタリー、気にしないで」


 ユーリアはそう言うと、黒パンとチーズが入ったお椀と干し肉で作った汁物が入ったお椀をナタリーが横になっている向かいの座席に置いた。

 ナタリーはユーリア自ら食事を運んできたことに申し訳なく思った。


「よくなったら、食べてね」


 ユーリアはそう言うと、馬車の扉を閉めた。

 ナタリーは、ぼんやりとお椀を見ていた。

 食べても、胃の中のものはすべて日中に吐いてしまうような気がするが、だからといって食べないと、体力を失う。


 ナタリーは自身が足手まといであることを呪った。

 この旅路は、お気楽な旅行ではない。アルジャン公への道のりだ。アルジャンに着いても、安全かどうかはわからない。


 こんなに足手まといなら、ポーリーヌの代わりにブルグントへ残るべきだったか、とナタリーは考えた。


 従姉のポーリーヌ・ド・ヴィッテルは、アルジャンからブルグントへの旅の経験があり、特に乗り物酔いした、という話もしていなかった。


 ポーリーヌはユーリアによって、ブルグントへ残された。誰か一人、信用できる者をブルグントへ残して、情報を送ってもらうためだ。


――ポーリーヌって、そんなに皇女殿下に信頼されてたっけ。


 ナタリーは疑問に思ったが、以前、ユーリアが毒殺未遂にあったときに、二人で神妙に話していたことを思い出した。その時に信頼を得たのだろうか。


 だが、考えても仕方がない。ナタリーには乗り物酔いを何とかする義務がある。


 気分の悪さがだいぶ治まってきたナタリーは、そっと起き上がり、目の前にある黒パンに、震える手を伸ばした。

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