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第二十六話 シロツメクサの冠

 ユラン伯一家とユーリア一行が合流した夜は、なるべくアルル宮殿から離れるために、夜通し馬車を走らせていたが、二日目からは無理はせず、夜は馬車を止めていた。


 この旅路では、ほとんど宿を利用することはできない。また、誰かの住まいに泊まることもできない。


 日中はさして舗装されていない道を、音を立てて進み、夜は野営をしていた。

 この旅では、ナタリーを始めとする侍女たちは歩かせず、馬車に乗せていた。その方が疲労も少なくて済む。とはいえ、乗り物酔いが激しいナタリーにとっては、苦悶の旅となる。

 また、騎士はもちろんのこと、護衛として雇った傭兵たちにも馬を一頭与えていた。


 アルル宮殿を脱出して三日目、ユラン伯の娘のアリスとアメリーがぐずりだした。


「お母様、お父様に会いたい」


 アリスが言うと、アメリーも同意し始めた。

 二人の母であるアンヌは、困った顔をした。


 夫であるユラン伯クロード・ダルジャンは、主君であるユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェンに付き添っている。

 夫の務めは立派なものだ。それを子どものわがままで邪魔してはいけないだろう。


「お父様を困らせてはいけませんよ」


 アンヌが言うも、アリスとアメリーは「でも、でも」と言い募った。


「奥様、少し休憩してもらいましょうか」


 アンヌたちと同じ馬車に同乗している、義妹のユルシュルが言った。


「セバスチャン、馬車を止めてもらって、兄様に状況を伝えてください」


 ユルシュルは、同じく同乗していたユラン伯家の執事にお願いをした。

 白髪交じりのセバスチャンは老境に差し掛かっており、アンヌは彼こそこの旅が一番堪えているのでは、と思った。


 アンヌは子どもを大人しくさせることができず、義妹のユルシュルと老境に差し掛かった使用人に助けてもらっていることを恥ずかしく思った。


 馬車を止めてもらい、セバスチャンは扉を開けて、馬車を降りていく。


「ユルシュルさん、いつもごめんなさい」


 アンヌが謝るとユルシュルは、「いえ、お嬢様方には厳しい旅ですから」と言った。

 セバスチャンが馬車へ戻ってきたが、驚いたことにアルジャン公ユーリアが遅れてやってきた。

 ユーリアは、アリスとアメリーに、にっこりと笑いかけた。


「お嬢様方、今日はお父様の馬車に移動しましょうね」


 と、ユーリアが言ったのを、アンヌは驚きで琥珀色の目を見開いた。

 アリスとアメリーは、ユーリアの笑顔を見て、ほっとしたように目を輝かせた。


「――殿下、そのような恐れ多いこと……」

「ユラン伯夫人、気になさらぬよう。この旅は快適に、それも早く進まねばなりません」

「お気遣いに感謝いたします」


 アンヌは深く頭を下げた。


「さあ、お嬢様方、こちらへどうぞ」


 ユーリアは優しく笑って、アリスとアメリーが馬車から降りるのを見守った。そして、アメリーを抱え上げ、アリスと手を繋いで、自身の馬車へと戻っていった。



 ⁂


 ユラン伯は、己の娘の一人がユーリアに抱きかかえられているのを見て、思わず目を細めた。慌てて、アメリーをユーリアから受け取った。


「アメリー、すまなかったね」


 ユラン伯が父親らしく言うのをアリスが聴き、アリスは「アメリー、ずるーい」と言った。アリスは馬車へ乗り込むと、ユラン伯の隣に、膝をぴったりと着けて座った。


「ユラン伯は、いいお父様ですのね」


 ユーリアが座席に座りながら、そう言った。その声には少しばかり、悲しみがこもっていたようにユラン伯には聞こえた。


「――子どもは可愛いものです」


 ユラン伯が素直な感想を述べると、ユーリアは、少し笑った。


「きっと、そうね」


 それきり、ユーリアは黙ってしまった。


 ユラン伯は、自身の娘を気遣ってくれたユーリアに感謝するも、本当は娘二人を連れてこない方がよかったのではないか、と思った。


 ユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェンは、生まれてこの方、子どもらしく親の愛を受け取ったことがない。


 ユラン伯は、己があまりに無神経なことをしたような気分になっていた。


「ねえねえ、お姫様」


 不意にアリスがユーリアに声を掛けた。


「アリス、皇女殿下と」

「ユラン伯、気にすることはないわ、――どうしたの、アリス?」

「お歌、歌わない?」


 アリスの言葉を聞いて、ユーリアは微笑んだ。


「いいわよ、どんなお歌がいいの?」

「お花の歌!」

「どういうお歌か、お姫様に教えてくれる?」

「いいよ!」


 アリスは舌足らずに歌った。

 ユラン伯はアメリーの頭を撫でながら、娘の歌声に聞き入った。


 その日の夕刻、野営の準備のため、馬車の進みは止まった。

 夕刻は常に不機嫌だったユラン伯の娘のアリスとアメリーは、久方ぶりに父の膝の上に乗れたためか、非常に上機嫌だった。


「お姫様、可愛いお花!」


 アメリーがシロツメクサを指差した。


「まあ、本当に。かわいいシロツメクサね」

「シロツメクサって云うの?」


 アリスが問うと、ユーリアは首肯した。


「これで、冠作りたいなあ」


 アリスが言うと、ユーリアは「任せて」と言った。


「お姫様、作れるの?」

「ええ、これだけは得意よ」


 ユーリアはナイフを取り出して、シロツメクサを切っていく。ある程度集まったら、今度は輪になるように編み込み始めた。


「わー、すごーい!」


 二人の娘たちが目を輝かせた。


「ねえねえ、誰に教わったの?」


 アリスが言うと、ユーリアは微笑みながら、「お兄様よ」と答えた。

 ユラン伯は、娘たちとユーリアのやり取りを少し離れたところで見ていた。

 ユーリアの口から“お兄様”という単語が出て来た時、ユラン伯の心がささくれ立った。


 ユーリアはシロツメクサの冠を完成させた。完成した白い冠を見て、アリスが「お姫様、被って、被って!」と言ったため、ユーリアは被って見せる。

 タンプレットの上から被るシロツメクサの冠の存在感は弱いものだったが、アリスとアメリーにとっては、可愛らしく映ったらしい。


「姫様、可愛い! ねえ、お父様もそう思うでしょう?」


 アリスが父に話題を振った。彼女は良い返事を期待している。

 しかし、ユラン伯は、一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らし、「似合いませんね」と言ってしまった。


「……えっ、お父様?」


 アリスとアメリーは、父のいつもと違う態度に驚いていた。


「お嬢様方、びっくりしないで。もう娘という年齢ではないですから、ユラン伯の言うことも当たり前なのでしょう」


 ユーリアは笑顔を絶やさずに、そう言った。

 その瞳の奥には、寂しさが見え隠れしたようにユラン伯には見えた。

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