第二十二話 皇后へレーネ崩御
その晩、皇后の事故以来、体調を崩し、寝込んでいた女官長ゲッティンゲン女候が亡くなった。
亡くなるほどの体調不良ではなかったと思われていたが、特段不審な点のない死であった。
ユラン伯はゲッティンゲン女候の死を皇帝と皇女に報せた。
皇帝と皇女は珍しく共に大広間で、サパー(軽めの夕食)を取っていた。
ゲッティンゲン女候の訃報を聞いたユーリアは、顔を曇らせていた。
「皇后の事故以来、凶事が続いている。二日前は厩番の小屋が火事に遭い、クロイ公が斬り付けられ、犯人は未だ捕まっていない。そして、今日は皇后付き侍女が自害し、女官長は急死した。こうも続いてしまうとはな……」
皇帝マクシミリアンは考え込んでいた。
「お父様、少なくとも、厩番の小屋の火災とクロイ公の事件は、犯人がいるのではないでしょうか。この二つの件の捜査は続けるべきかと」
「ユーリアの言う通りだな。捜査は続けさせておるよ。だが、結果は出ていない」
父帝の言葉を聴いて、ユーリアは眉を顰めた。
「……ユーリアよ、そのような顔をするではない。そなたの不安を取り除こう」
「――ありがとうございます、お父様」
ユラン伯は父娘の会話を黙って聴いていた。
皇帝にしては、娘の不安を気遣っていると思った。
皇女毒殺未遂の折、皇帝は皇女の不安を取り除こうともしなかった、とユラン伯はナタリーから聞いていた。
その時、皇帝の侍従長、ベルク公が息を切らして、大広間にやって来た。
「皇帝陛下、皇女殿下、至急、皇后陛下のお部屋へ――! ご危篤でございます!」
遂に、別れの時が来てしまう。
皇帝と皇女、ユラン伯は立ち上がった。
皇后の寝室には、皇后が好んだ香が焚かれていた。
柑橘類の花のように甘く爽やかな香りは、近づく死には似つかわしくなかった。甘やかな香りが充満する中、皇后は荒く息を吐いている。
「ヘレーネ……」
皇帝が皇后の手を取った。
「……マクシミリアン様、ユーリアをお守りください。この子だけがホーエンシュタウフェン家とラシーヌ=アルジャン家の血を引く唯一の子でございます」
皇后の空色の瞳が皇帝の紫色の瞳を捉えた。皇后の今際の際の願いは切実なものだった。
「……ユーリア、アルジャンはそなたに託します」
「わかりました、お母様」
娘の返事を聞いて、安心したのか、ヘレーネは目を閉じ、安らかな顔で崩御した。
「ヘレーネ、ヘレーネ、目を開けておくれ」
皇帝マクシミリアンは、美しき妻に縋りついた。彼は政略で嫁いできた皇后を愛していた。
その悲痛な皇帝の声を聴いて、ベルク公は涙していた。
ユラン伯は、新たに己の主人となった皇女ユーリアを見た。
ユーリアの紫色の瞳には、何も感情が浮かんでいなかった。
ユーリアはユラン伯の榛色の瞳が自分に向けられているのを、気付くと「戻りましょう」と小さな声で言った。
ユラン伯は静かに頷いた。
彼は皇后の死を落馬の時点で覚悟していた。崩御の瞬間、胸が締め付けられたが、皇后の娘であるユーリアが取り乱さないことに一抹の寂しさを感じた。




