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第十八話 エルメンガルトとの対面

 エルメンガルト・フォン・ゲルツは自邸で皇女ユーリアからの書簡を受け取った。

 内容は、皇后が会いたがっているので、皇宮に来てほしい、というものだった。

 エルメンガルトはその内容に疑問を持った。あの皇后がエルメンガルトに会いたがるだろうか。

 エルメンガルトは父のゲルツ伯に相談をした。


 ゲルツ伯家は代々、皇后や皇太子妃の侍女を輩出してきた。だが、皇太子エーミール亡き今、皇帝の気持ちはケルンテン公に傾いている。少なくとも、ゲルツ伯はそう考えていた。

 ゲルツ伯家がブルグント宮廷で生き残るには、庶子ケルンテン公に与する他なかった。


 なので、皇后の侍女でありながら、ケルンテン公と恋仲になった長女エルメンガルトをゲルツ伯は歓迎した。

 昨日の白鷺猟にて、皇后は瀕死の重傷を負っている。もう助からぬと噂になっている。


 ゲルツ伯は、もう助からぬ皇后の最期の願いを叶えてやるくらい、構わないとエルメンガルトに答えた。

 それに、エルメンガルトはまだ皇后の侍女だ。皇后の願いに従わぬ理由はなかった。


 エルメンガルトは馬車で皇宮へ向かった。

 道すがら、エルメンガルトはケルンテン公に皇后懐妊の話してしまったことを思い出していた。


 ――まさか、そのせいで事故が起きたわけじゃないわよね。


 エルメンガルトは冷や汗が出る思いだった。自分のせいで人が死ぬ可能性など、今まで考えたことがなかった。


 昨日、エルメンガルトが皇宮を退出していたのは、ニコラウスに休んだ方がいい、と言われたからだった。


 ――ああ、でも関連していたら……。


 エルメンガルトは思わず首を横に振った。皇后に合わせる顔がない。本当にどうしよう。

 思いめぐらせていると、馬車は皇宮に到着してしまった。

 御者が馬車の扉を開けた。扉の前には、褐色の髪に榛色の瞳の美青年が立っていた。


「――ユラン伯閣下が自らお出迎えを……?」


 エルメンガルトが訝しげに聞くと、ユラン伯は静かに肯定した。


「皇女殿下がまず、お会いしたいと」


 こちらへ、とユラン伯が静かに言って、エルメンガルトを案内した。

 皇宮を退出してから一日しか経っていないが、エルメンガルトには様変わりしたように見えた。


 もちろん、豪奢な漆喰の壁も、光沢のある大理石の廊下も変わりはない。アルル宮殿は他の宮殿に比べ、廊下が多かった。

 だが、人の出入りが落ち着いており、宮廷に一大事が起きたことを感じさせた。ブルグント宮廷は文字通り、女主人を失いつつある。

 廊下を歩くエルメンガルトにユラン伯は、特に言葉を交わすことなく歩いた。大理石の響きが廊下に反響する。


元々、同じ主人に仕えているからと言って、特別言葉を交わす仲ではなかった。ユラン伯は美麗で、言葉を交わすのにも苦労するほど緊張してしまう。

 実のところ、エルメンガルトは密かに憧れていた。彼が既婚者であると知った時はがっかりした。

ユラン伯ほどではないが、それなりに美しいケルンテン公と付き合っている今、エルメンガルトには、美しさに対する余裕があったが、今日のユラン伯は特に言葉少なであった。


 皇女の私室に到着する。皇女は円卓を前に座っていた。


 エルメンガルトはユーリアに淑女の礼をとった。

 エルメンガルトが皇女の向かいに座ると、ナタリーの手で三人分のカモミールティーが淹れられた。カモミールティーは皇女の前、皇女の向かいの席、皇女の隣の席に置かれる。一連のことが終わると、ナタリーは退室した。


 ユラン伯は皇女ユーリアの隣に座った。

 皇女の部屋にカモミールの爽やかな香りが漂っていた。


「エルメンガルト嬢、よく来ましたね」


 皇女ユーリアはにっこりと笑って、カモミールティーを飲んだ。


「皇女殿下、この度はお招きいただきありがとうございます」


「ええ、お母様が会いたがっておりましたので。ゲルツ伯夫人のお加減はどうですか?」

「季節性の軽い風邪だったようで、今は回復しております」

「それならよかった」


 ユーリアはそう言って、微笑んだ。

 明朗な皇女と違い、ユラン伯は静かにカモミールティーを飲んでいた。

 エルメンガルトは、この二人は仲が良かっただろうか、と心の中で首を傾げていた。


 そもそも、ユラン伯自らエルメンガルトを出迎えた。ユラン伯は皇女の命令を直に受け取っている。エルメンガルトは妙な違和感を覚えた。ただの皇女が皇后の侍従を意のままに操っている。


「……あの、皇女殿下、皇后陛下は……」

「皇后陛下は昨日の落馬の折の傷で苦しんでおられる。他ならぬそなたのせいで」


 ユーリアの表情から微笑みが消えた。声の調子も固く、冷たい。


「……私のせい、とは一体……」


 言いながら、エルメンガルトは皇女がすべてを把握していることを感じ取った。心臓が早鐘のように打っている。


「――そなたがケルンテン公に、陛下のご懐妊を告げた」

「……殿下、私はそのようなこと……」

「――恋人に仕事の愚痴くらいは言いたいでしょうね」


 皇女の冷たくも美しい声が響いた。

 皇女の隣に座るユラン伯は、静かに書簡を机に置いた。それは、ケルンテン公からエルメンガルトに宛てた手紙と、その返信の手紙だった。申し開きもできそうにないほど複数あった。


「殿下、ケルンテン公とのことは……」


 エルメンガルトは申し訳ございません、と続けるつもりだった。


「私は母を喪いそうです。権威を失いそうなのです。この意味がわかるかしら?」


 ユーリアは冷たく笑い、木箱を机に置いた。


「カモミールティーを差し上げます。中を確認しなさい」


 有無を言わせぬ命令であった。


 エルメンガルトは躊躇しながらも、箱を受け取った。震える手で中を開けると、煩雑に押し込まれた茶葉の中から、荒い縄が覗いていた。


 エルメンガルトは声にならぬ叫びをあげた。

ダークヒロイン誕生。

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