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第十六話 皇女の未来

 皇女ユーリアが重傷の皇后を見舞ったのは、夕刻頃のことだった。


 女官長のゲッティンゲン女候は、はらはらと涙を流しながら、皇女を出迎えた。


「――申し訳ございません、皇女殿下」


 ゲッティンゲン女候は涙ながらに謝罪した。


「申し訳ございません、とは……?」


 皇女が戸惑った様子で訊くと、ゲッティンゲン女候は跪き、頭を床に付けた。


「ゲッティンゲン女候、一体……」


 ユーリアがゲッティンゲン女候の身体を起こそうとすると、彼女は声をあげて泣いた。


「私が愚かだったのです! 皆に注意をするように、と言い聞かすことができなかったのです! 閣下やでん……」


 そう言うと、ゲッティンゲン女候は言葉を発しなくなった。興奮により失神したようであった。

 皇女の後ろで、ゲッティンゲン女候の様子を見ていたユラン伯は侍女たちに、ゲッティンゲン女候を寝台まで運ぶように命じた。


「ユーリア様、ゲッティンゲン女候は、大変責任感が強い方です。皇后陛下のことを気に病んでおられます。ご無礼をお許しください」


 ユラン伯の言葉に、ユーリアは「わかりました」とだけ言った。


 皇后の寝室には、何人ものブルグント人侍女が皇后の看病に勤しんでいた。ユーリアは彼女らに、退室を促した。


 皇后の寝台は、美しい模様のレースのカーテン、光沢の美しい白絹のシーツ、暖かそうな毛布など、素晴らしい素材がふんだんに使用されていたが、それは皇后の状態の助けになっていなかった。


「……お母様」


 ユーリアがヘレーネに声をかけると、ヘレーネは空色の瞳を開けた。ヘレーネはユーリアをじっと見つめた。


「お母様」


 ユーリアがもう一度、ヘレーネに声をかけると、ヘレーネは唇を小さく動かした。


「……遺言状は、書いてあります。アルジャン公国はユーリアに継がせると……」


 ヘレーネは空色の瞳を寝台の横の小さなテーブルへ向けた。テーブルには羊皮紙が置いてあった。


「――ユーリア、アルジャンを頼みます」

「……かしこまりました、お母様」


 ユーリアが礼を取るのを、ヘレーネはただ静かに見ていた。ヘレーネは疲れたのか、娘にそれ以上声をかけなかった。


 ユラン伯は、羊皮紙を丸めた。



 ⁂


 夜半、ユラン伯は皇后付きのアルジャン人側仕えたちとナタリー・ド・ヴィッテルを皇后の執務室へ呼んだ。


 皇后は奥の寝室で苦しんでいたが、もはや重要なのはその次のことである。

 執務室に集まった皇后の側仕えは、ユラン伯を含め、侍女のポーリーヌ・ド・ヴィッテル、アンジェリク・ド・サルブール、騎士で、双子のエルキュール・ド・シュヴァリエとアルチュールの五人だった。


「――集まってもらったのは、今後のことだ」


 ユラン伯が重い口を開いた。皇后が奥で苦しみながら死を待っているという状況は、彼に罪悪感を与えていた。それは、皇后の側仕えたちも同様だった。


「ユーリア様は、皇后陛下の身にもしものことがあれば、すぐさまアルジャンへ向かうと仰っている」

「アルジャンへ? しかし、皇女殿下は一度もアルジャンの地を踏まれたことがありません。アルジャンの領主たちは受け入れるでしょうか」


 アルチュールの意見は、あながち間違いではなかった。

 アルジャン公国は時折牙を剥く。先代アルジャン公シャルルの死後、その専横に耐えかねていた領主や商人たちが反乱を起こし、皇后ヘレーネ――当時の名前をエレーヌ・ダルジャンといった――は、ブルグントの皇帝との婚姻でやっとのことで平定したのであった。


 また、ヘレーネが皇太子エーミール妊娠中に皇帝マクシミリアンが統治しようとしたところ、今度は“アルジャン公の血を引かぬ者が統治しようとした”という理由で、皇帝マクシミリアンは監禁され、目の前で側近を処刑されるという憂き目にあっている。


「――ユーリア様は、“美しき姫君”のご息女だ。立ちどころ反乱されるような要素はないはず」


 “美しき姫君”とは、アルジャンの領民の間で親しみを以て呼ばれる、ヘレーネのあだ名であった。


「それも、そうですが……」

「――一体、アルチュール殿は何が心配なのです?」


 ナタリーが切り裂くような声で、口を挟んだ。


「アルチュール殿は、皇后陛下がこのように害されたという状況で、殿下が安全に、ブルグントで過ごせると思っているのですか? 確かに、懸念はあるかもしれません。でも、もう進むしかないのではありませんか!」


 ナタリーは己よりもずっと屈強なアルチュールに詰め寄った。


「それとも、皇后陛下に仕えすぎて、殿下を軽んじるようになられたのですか!」

「……そのようなことはありません。ただ、懸念をしただけです」


 アルチュールは、ナタリーの剣幕に気圧されていた。


「……アルチュール殿、ナタリーの言う通りです。もう我々には残された道はありません」


 アンジェリクが静かに言った。彼女は、この側仕えたちの中では、三十代という年嵩であった。


「――決まりだ、各々は出立の準備をするように」


 ユラン伯が最後に締めると、それぞれは皇后の執務室を後にした。

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