第十四話 皇后落馬
皇太子の死から半年が経っている。宮廷は、そろそろこの悲しい出来事から立ち直る必要があった。
皇帝マクシミリアンは、大規模な狩猟大会を開くことにした。
三月というこの時期、狩猟の対象は白鷺であった。
マクシミリアンは大の狩猟好きであり、妻のヘレーネは乗馬が趣味という、所謂当世風の貴婦人ではなかった。狩猟大会は皇帝皇后を中心に、皇女ユーリアや重臣たち、妾のグラティアやケルンテン公ニコラウスも呼ばれていた。
とはいっても、当世風の女性であるグラティアは、狩猟や乗馬に参加することなく、他の貴婦人たちと共に、結果を楽しみに待つだけであった。
ユーリアは、葦毛の馬に乗り、皇帝と皇后に遅れて走っていた。後方にはケルンテン公がアレイオーンに乗馬していた。
この二人は、ユーリアが薔薇水を求めて以来の再会であった。
「ユリーは相変わらず、上手だね」
ニコラウスが言うと、ユーリアは、少し微笑んで、ありがとう、と言った。
その会話を前方で聞いていたユラン伯は、皇太子の死と皇女毒殺未遂を経ても、この異母兄妹は仲が良いのだな、と思った。
――第一皇女は、庶子と近すぎる。
ヘレーネがそう苦言を呈していたことを思い出し、ユラン伯の心も少しさざ波が立った。
マクシミリアンの馬が止まった。近くに多く白鷺がいるとクロイ公がマクシミリアンに言ったからだ。一行は馬を立ち止まらせ、あたりを観察した。
「……ねえ、ニコラ、あそこ光ってない?」
ユーリアが怪訝そうに言うと、ニコラウスはすぐにわからなかったのか、緑色の瞳を四方八方にやる。
「……どこ?」
ニコラウスがさらに喋ろうとすると、馬の叫び声が聞こえた。
続いて、女の驚いたような声と、地に何かが落ちる鈍い音が聞こえた。
皇后ヘレーネの馬が暴れ、ヘレーネは大地に投げ出された。
「……え? お母様……?」
ユーリアは下馬し、母にゆっくりと近づこうとした。
皇后の馬はまだ暴れている。地に叩きつけられた皇后の腹をさらに踏んでいた。
「――ユリー、近づいちゃだめだ!」
ニコラウスが必死に叫ぶも、ユーリアはまるで聴こえていないかのように歩みを止めない。ゆらりとユーリアは身体を揺らしながら歩いている。
馬丁たちが皇后の馬を宥めようとしている。しかし、まだ落ち着かない。
「ユリー、だめだ! 止まって!」
ニコラウスの声は悲痛だった。
「ユーリア様!」
ユラン伯がユーリアの腕を引っ張り、彼女を抱きとめた。
「……ユラン伯……」
ユーリアは、ユラン伯の腕に収まったことに驚いた様子を見せた。ユラン伯を見上げる皇女の瞳孔は開いていた。その紫色の瞳は、すぐに倒れている母親に向けられた。
皇后の腰のあたりには、血だまりができており、皇后の纏っている群青色のローブは黒ずみ、草は赤く染まっていた。
ユラン伯は、ユーリアの紫色の瞳を掌で覆い隠した。その手は、少し震えていた。
「――見てはなりません」
「……お母様が……お腹が……」
ユーリアの声には戸惑いが滲んでいるようだった。
「ユラン伯よ、皇女を宮殿へ」
皇帝マクシミリアンがユラン伯に命じた。そして、愛する妻の側に寄る。
「狩猟会は中止だ、クロイ公、皆に知らせよ」
クロイ公は、頭を下げると、馬に乗り、翔けていった。
「ユーリア様、お部屋へ戻りましょう」
ユラン伯がそう言い、ユーリアの身体を抱えて、彼の馬に乗せた。
「ユリー、待って」
ニコラウスが声をかけてきたが、ユラン伯は聞こえぬふりをして、皇女を抱えながら、馬を走らせた。
走りながら、ユーリアがおもむろに口を開く。
「ユラン伯、あの血の量……もしかして、お母様は懐妊されていたのですか?」
ユーリアの声は、皇女らしく平静さを保っていた。
ユラン伯は少し俯き、暫し言葉を選ぶように沈黙した。やがて、小さく頷きながら、
「……はい」
と言った。
ユラン伯には、さすがにもう真実は隠せなかった。
重苦しい沈黙が馬上を支配した。
ユラン伯の榛色の瞳には、苦悶の影が見えた。だが、その瞳は逸らされることなく、ユーリアを見つめていた。
ヘレーネのモデルは、マリー・ド・ブルゴーニュです。
彼女も懐妊中に夫の白鷺猟へ同行し、落馬しました。




