第十二話 礼拝
皇宮内の礼拝堂に、昨日、毒殺されかかった皇女はいつも通り、侍女ナタリー・ド・ヴィッテルを伴って現れた。
ナタリーは泣きはらした目をしていたが、ユーリアの方は、いつもと変わらぬ様子であった。
それは、ミサの最中でも同様だった。彼女の歌声や言葉に心の乱れは見て取れなかった。
修道女ブリュンヒルド・フォン・シュターデは、皇女毒殺未遂事件を聞いて、心痛めていた。
ブリュンヒルドは、皇女とささやかな交流があった。彼女は薔薇の宮殿の庭園管理者であった。薔薇は修道院でしか栽培されていなかったのである。
そもそも、薔薇の宮殿は、数代前のブルグント王が愛妾メルジーネのために建造させた離宮だった。
当時、巷で出回らなかった薔薇を美しいと思ったブルグント王がアルル女子修道院に依頼をして、薔薇の低木を移植したのだ。そのため、薔薇の庭園の管理は修道女が担う。
「ブリュンヒルド様、ご機嫌麗しゅう」
ミサを終えたユーリアがブリュンヒルドに挨拶をした。
「ユーリア皇女殿下、ご機嫌麗しゅう」
「ブリュンヒルド様、気分を変えたくて、薔薇水をいただきたいのですが」
「薔薇水でございますか? わかりました、ではお持ちしましょう」
薔薇水は食事の際に手やテーブルを清めるために使われていたが、皇女ユーリアは香水にも使用していた。
「いえ、部屋に飾る薔薇もいただきたいですし、私も薔薇の宮殿に参ります」
薔薇の庭園の一角に、修道女の詰め所があった。つまり、薔薇の宮殿は、皇帝の愛人を住まわせながら、神に仕える女性たちも出入りしているという歪な存在だった。
「では、共に参りましょう」
ブリュンヒルドは努めて明るく言った。彼女は皇女を励ましたかった。
ブリュンヒルドとユーリア、その侍女ナタリーが礼拝堂の出口に向かおうとしたとき、ユーリアは、柱の陰に控えていた薄紅色のローブを纏った女性に目を留めた。彼女は退出の時を見計らっていたように見えた。
「……あの方、エルメンガルト嬢じゃないですか?」
ナタリーが言うと、ユーリアは、「マリア嬢のお姉様の?」と言った。
マリアとは、ユーリアの学友に選出されていた少女だった。姉のエルメンガルトは、皇后ヘレーネの侍女であった。
「エルメンガルト嬢、こんにちは」
ユーリアがエルメンガルトに声を掛けた。
声掛けされたエルメンガルトは、タンプレットから蜂蜜のような金髪が覗く、碧眼の美女であった。
年の頃は皇女よりも二、三歳は年上に見えた。背は十四歳の皇女よりも低いが、均整の取れた体格をしている。
エルメンガルトは皇女に話しかけられ、優雅に礼をとった。
「皇女殿下、ご機嫌麗しゅう。どうされましたか?」
「お母様に薔薇水と薔薇をお持ちしたいの」
「それでは、私も同行いたしますわ」
エルメンガルトは朗らかに笑った。
礼拝堂から、回廊を渡ってすぐ、薔薇の宮殿へ辿り着く。
彼女らは、さほど歩くことなく、辿り着いたのである。
エルメンガルトは、薔薇の宮殿に来るのが初めてだったため、周りの薔薇などを隈なく見ていた。
エルメンガルト・フォン・ゲルツは、ゲルツ伯令嬢であり、皇后付きのブルグント人侍女であった。ゲルツ伯家は皇后派に属すると宮廷では云われている。
ブリュンヒルドにとっては、普段であれば派閥など、どうでもよかったが、皇女の立場が危機にある今、皇女の周りにはケルンテン公側の人間がうろついて欲しくなかった。
ブリュンヒルドは、神に仕える身として、妾や庶子とは距離を置きたかった。薔薇の宮殿に出入りする度、信条と現実のはざまで揺れる。
「薔薇水と良い薔薇を切ってお持ちしますね」
ブリュンヒルドはそう言うと、詰め所へ入っていった。
薔薇はこの時代、修道院で栽培されていたそうです。




