第九話 初めての散歩
皇太子薨御を部屋の一角で見ていたユラン伯は、嵐を予感した。
これから、空位になった皇太子の位を巡って争いが起こるだろう。
その皇太子の地位に就くのは、嫡子であるが女子である第一皇女ユーリアか、庶子であるが男子であるケルンテン公ニコラウスか。
皇帝が泣いている皇后の肩を抱きながら、退室していくのにユラン伯は付いていこうとしたが、皇女ユーリアがユラン伯に声をかけた。
「ユラン伯、少し話がございます」
「いかがいたしましたか、皇女殿下」
「……また、兄弟を喪いました」
「三年前に、イレーネ第四皇女殿下が亡くなったのが最後でございましたね」
「ええ、イレーネのことは可愛がっていたから、衝撃でした」
ユーリアはそう言って、紫色の目を伏せた。
「……ユラン伯、これから空位になった皇太子の位を巡って、宮廷が荒れると思います。ユラン伯は、私を助けてくださいますか?」
ユーリアは皇太子の横顔に目を向けながら、ユラン伯に訊いた。
ユラン伯は、「皇后陛下もそれをお望みでしょう」とだけ言った。
それに対して、ユーリアは「ありがとうございます」とだけ答えた。
ユーリアとユラン伯が、皇太子の寝室から出たとき、ユーリアが「ニコラに伝えなければ」と言った。
そのまま、ユーリアは薔薇の宮殿に向かう、ということだったが、ユラン伯は皇女を一人で歩かせるのは忍びなく、共に付いていくことにした。
これがユーリアとユラン伯の初めての散歩であった。
薔薇の宮殿の納屋に、ケルンテン公ニコラウスがいた。彼は、青鹿毛の馬を撫でていたところだった。
ユーリアはケルンテン公ニコラウスに「ニコラ」と声をかけた。ニコラウスは手を止め、ユーリアに向き直った。
「ユリー、どうしたの?」
「……ニコラ、お兄様が亡くなりました」
ユーリアの言葉に、ニコラウスは目を見開いた。
「……そんな、これから伺おうかと思っていた」
「ニコラ……」
そう言って、ユーリアはニコラウスに抱き着いた。ニコラウスも黙って、ユーリアを抱きしめた。
暫く二人は抱き合ったままであったが、やがてお互い腕を離し、ユーリアは「それでは、また」と言った。
「ユリー、知らせてくれてありがとう。お母様にお伝えしてくる」
ニコラウスがユーリアやユラン伯に背を向けて歩き出すと、ユーリアは微かに聞こえる声で、
「さようなら、ニコラ」
と言った。
その哀切な響きを感じさせる言葉は、風がさらっていったが、ユラン伯の心には残った。
ユラン伯は、二人の心が離れていくのを感じ取った。




