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第8話「座学」~イメージ=エネルギー?~

本作『描線眼鏡 または師匠の異常な情熱』は、想像力で武器を描き出し、眼鏡を通して“見える世界”と戦う、そんな物語です。


漫画スタジオを舞台に、日常と非日常が交錯する──



青春・バトル・SF、そしてちょっとだけ陰謀めいた物語を、


楽しんでいただければ嬉しいです。


現在は毎週水曜・日曜の21:30更新を予定しています(※今週は月・水・土の特別更新)。


ブクマ・感想・評価など、応援いただけるととても励みになります!

 朝のアラームが鳴る。


 アツは布団の中で、しばらく天井を見つめていた。目覚ましを止める指が少し迷っている。


 ——昨日のあのバトルは一体全体なんだったんだろう?


 誰も知らない世界に、気づいたら足を突っ込んでいた。


(……どうするんだ、オレ)


 スマホを握ったまま、思わずつぶやいた。

 昨日までだったら、冗談だと思っていたような出来事。


 つい一昨日、通い始めたばかりだけれど、オレが思っていた漫画家や仲間達と一緒に作品を作っていく場所じゃ無かった……

 いや正確にはそれが半分で、もう半分は「魔」との戦い?一体全体何なんだっ?でもオレも見てしまったんだ……


 冗談みたい。でも、みんな真剣だった。 小柄な少女のくせに、みんなの先頭で戦って、指揮までしてたキズナ。


 ランの明るさ、マナセの迫力、サキの鋭さ、サチハの優しさ。


(……いや、優しさってほどじゃないか)


 訳はわからない。自分が本当にそこに居ていいのかもわからない。でも、確かにこの2日間で、少しずつ感じ始めていた“居場所”の感覚が、心の中に残っている。


「よし……行くか」


 アツはそう言って、ようやく布団から起き上がった。


 *


 キズナは翌日も早くにスタジオに行き、間仕切りで仕切られた、奥の小さなパーソナルスペースで、一人思案していた。


 タブレットでチェックしていたのは「能力者ライセンス 直接交付試験 申請画面」なるサイト。


(やっぱり……何とかしないと)


 協会での研修を受けライセンスの交付を受ける手段は有るが 年に一度。今年度分の申請期間は昨年末に締め切られ、今年末まで申請すら出来ない。


 規則は規則。 だけど——


「だからって、目をつぶっていい理由にはならない」


 キズナは静かに呟いた。


 ちゃんと「眼鏡」を渡したい。 力を使うなら、使うための知識と責任を——。でも……力が有るのは確かだけど、彼は「魔」との戦いを受け入れるの?


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


 *


「おはようございます!」


 勢いよく扉を開けたアツの声に、キズナは少し驚いたように振り返った。


「加藤さん……」


「昨日のこと、まだよくわかってないです。でも、逃げたくないと思ったんです。オレ、戻ってきました」


 キズナの表情が、少しだけ緩む。


「そうですか……じゃあ、改めて始めましょうか。まずは……お勉強から」


「……マジですか」


「マジです」


 *


 キズナはタブレットを手にして、スタジオの一角にアツを案内した。


 その背中を見て、アツは思った。(……やっぱ、カッケーよな、この人)


「えと、今から……“勉強”ですか?」


 キズナのスタジオ、奥のパーティションの向こう。ちょっとした私室スペースで、アツは固まっていた。


「そうです。仮に出動許可が下りるとしても、ライセンスが無ければ眼鏡の使用は原則禁止です。昨日の件は“緊急避難”という名目で処理しますが……これ以上は法的にも倫理的にも、許容できません」


 と、キズナは涼しい顔で言った。(……なんだこの小柄な高校生。“仕事モード”に入るとカッケーより怖い)


「というわけで、これがライセンス取得試験の模擬問題です」


 キズナが出したタブレットには、見慣れぬインターフェースとともに「協会模擬試験(一般座学筆記・基礎)」という文字。


「いやいやいや、座学って。えっ……“宇宙の総質量に対し、ダークマターとダークエネルギーが占める割合は?”……とか書いてあるけど!?」


「基礎ですから」


「“バイキングが偏光を利用して航海時に使った道具の名称は?”……知らんがな!」


「……ソーラーステインです。はい次」


「“日本初のテレビ放映アニメ作品は?”……うーん……え、何だろう、“宇宙戦艦ヤマト”とか?」


「もっと以前です。1963年、手塚先生の……」


「って、これマンガ検定じゃないよね!? あと“日本刀の刃紋の名称を3種答えよ”って……あ、これは“大湾れ”、“虻の目”“蛙子丁子”とかで」


「確か…正解だったはずです。……なぜそこだけ詳しいんですか?」


「え……それは、…好きだから……?」


「日本刀の関連ばかり出る訳では無いですから……多分、不合格ですが、興味の持ち方にはある種の才能がありますね」


 キズナはひとつ息を吐いて、タブレットを閉じた。


「では、座学講義に入ります。簡略版ですが、協会が研修で行う内容を凝縮してお伝えします」


 *


 タブレットを横に置いて、キズナは眼鏡のブリッジを押し上げた。教師モードのスイッチが入ったようだ。


「まず、仮想空間と現実世界は、私たちの“認識”によって重なって存在しています。魔はダークマターの揺らぎや濃度変化を通じて、可視光や電磁気では観測出来ないレイヤー上に現れる存在です」


「えっと…ダークマターって質量がある何かってだけで、実体がよくわからない、仮説上の物質とかじゃ無かったでしたっけ?」


「ええ、物質という表現は間違いですが、実体がよくわからないのはその通りです。……但し、一般に公開されていない手法で観測をする技術が確立されています」


「……えっとつまり、……物理的に“ある”んじゃなくて、“観測されるもの”ってこと?」


「観測され“る”ことで、言い換えると、“見る”ことで存在が確定するんです。シュレディンガーの猫、ってご存知ですか?」


「……量子力学でしたっけ?名前だけは聞いた事は……」


「観測されることで状態が決まる、という話です。魔も、眼鏡を通じて“見られる”ことで初めて、私たちに害をなす“対象”になります」


「え、逆じゃないんだ……見えなきゃ無害ってこと?」


「無害では無いですね。見えないと“近づけない”んです。でも、見たら――戦えます。だから眼鏡が必要なんです」


 アツは、昨日のことを思い出していた。


 最初、何も分からないまま眼鏡を押し付けられて、歪んだ視界に酔いそうになって、それでも斬った。


「じゃあ、昨日オレが“見えた”のは……?」


「あなたには、素質があります。眼鏡の感度設定は高めでしたが、恐らく、想像力があるんでしょうね」


「……それ、褒められてます?」


「ええ。魔が“見える”ための第一条件は、“想像力”ですから」


 キズナは淡々と言った。けれどその瞳は、ほんの少しだけ、やわらかく揺れていた。


 *


「えっと……じゃあ、その“魔”ってやつが現れると、協会から連絡がくるんですか?」


 スタジオの片隅、床に置いたタブレットをアツが覗き込みながら問いかけた。


 キズナは頷きながら、壁際のホワイトボード代わりのスケッチボードに何かを描き始めている。


「基本的にはそうです。え~と加藤さんのスマホには“協会アプリ”がダウンロードされていますよね……?協会の正規斡旋のボックスにメールが入っていたし…何か心あたりがありませんか?」


「そういえば……協会のサイトからエントリーした時に何かファイルをダウンロードしてたと思います」


 キズナは協会のサイトにアクセスしてみる。アプリの登録後は気にもしていなかったが、ブックマークからログイン画面に飛ぶとUser ID__ Password__と表示が出る。


「加藤さん…ログイン画面に飛んだかと思いますが、IDの交付は受けていなかったんですよね?」


「確かguest表記のID になってたと思います」


 cookieを消して再度アクセスをしてみると、確かにデフォルト画面にguestでID が入っている。


「……えっ、じゃあPasswordは?……」


「適当にmangaとか入れたらログインしたはずです」


 まさか?と思いながらmangaと入力すると、あっけなくログインした上に、このデバイスにはアプリがインストール済みです。と表示された。おそらく自動ダウンロードが組まれているのだろう。


 キズナは深くため息を付きながら「何で重力波検知や素粒子解析の最先端のテクノロジーを扱っていて、こんなユルユルのセキュリティなの」と呟いた。


 *


「事情はわかりました……話が脱線したんで、魔の観測まで話を戻しましょうか」


 キズナは息を継いで続ける。


「魔は人間の過失や悪意、無知や社会不安など“人間の負の精神波”に呼応して出現する傾向があります。これはある偉大な科学者の発見に因るものだったんですが、だいぶ後になってダークマターの集約に結びつけられるようになりました」


「じゃあ魔は人間の負の感情が、ダークマターの集約として現れるって…感じで良いんですか?」


「ザックリとした理解ではそれで結構です。但しその場に居る人間の過失や悪意が、直結してその場に魔として現れる訳では無く、因果率の収束として現れると考えてください。..面接の時に加藤さんが撃退した魔のように、事故系の魔ではそれが直近で現れる事も多いのですが」


「……ちょっと良くわからないですが、直結する時もそうでない時もあるって事ですか?」


「そうです。ダークマターの集約を見定める為の補整機が眼鏡です。仮想空間を認識するための認知拡張デバイスと言った方がより正確でしょうか。今のモデルでは主に重力波の揺らぎを検出・変換し、ダークマターの変異を視覚的に変換する機能を持っています」


 キズナは目元の眼鏡に手を添えながらそう説明した。


「次にペンの説明に入ります」


 今度はあの太いタブペンを手に持ちながら説明を始めた。


「想像によって形成された武器や道具を仮想空間に実体化する媒体になります。スマートフォン・タブレットのアプリと連動していますが、描画またはストックから取り出した武器をそのまま仮想空間上で武器として使う事が出来ます」


「でもここがわからないんだけど、昨日はみんな斧や弓を使ってて、サキさんとサチハだけ銃だったみたいだけど、普通に考えたらみんな銃の方が強くない? 射程も威力も段違いだし」

 キズナは軽く微笑んで答えた。


「それは物質空間の物理法則です。E = mc²、物質空間では質量とエネルギーの等価性が成立しているけど、仮想空間では、想像力=イメージが物質空間における質量の役割を果たして、エネルギーとの等価性を成立させているの」


「え…え…もう全然わからないんですけど、イメージしたものが力になるって事ですか?」


「そうです。銃は運動エネルギーでダメージを与えている訳ですが、仮想空間では関係ありません。イメージを極力、魔に近い位置でぶつける事が一番有効。つまり剣や斧のような近接打撃武器がもっとも有効で、次に槍や鞭、それから弓や投石機、銃はその下の力しか発揮する事が出来ません」


「近い程、力が伝わるんですよね?それならやっぱり近くで銃を撃った方が強くないんですか?」


「通常物理の常識は一旦全部捨ててください。距離には比例しますが、それは運動エネルギーの伝わり方とは全く別物です。また使用者の感情・意志と連動するので、人類に長く馴染みのある武器ほど強い思念エネルギーを載せられるの。逆に冷たい機械の銃には思念が乗りにくいんです」


「でも例えばミサイルとか戦車とか、強い武器をイメージすれば強いんじゃないんですか?」


 キズナはにっこり笑って、それでも丁寧に答える。


「常識は一旦全部捨ててください。物理法則は全く関係無いんで、通常空間で強い武器がそのまま強い訳では無いんです。個人の想像力に依存するので個人が扱える武器しか扱えません。よほど詳細に描けば動かすくらいは出来るかも知れませんが、複雑な武器程どんどん思念を載せにくくなるので、魔に対して何の効力も発揮出来なくなりますね」


 アツももはや何も言えなかった


「後は実戦関係の事柄は外でOJT形式の実戦研修を受けてもらった方が早いですね」


 *


「ではタブレットの方にもアプリをダウンロードしてください。インストールは残念な事に……協会のログインページにguestでログインするだけで出来るみたいです」


「えと、ストア経由じゃなくてアプリがインストールされるんですか?」


「ApplestoreやGoogle Playは通しません。色々経緯があってバックドアからインストールされます」


「何それ、なんかちょっとワクワクするんだけど……」


「遵法意識はきちんと持っていてもらいたいのですが……」


 そう言いながらも、キズナはどこか楽しそうに笑った。


 ファイルが読み込まれ、タブレットのホーム画面に小さなアイコンが現れる。


「これで準備完了。さあ、出かけましょう。今日はあなたの実技講習です」


「え、もう……」


「ええ。OJT。近くの公園でやります」


「マジか……心の準備って言葉、知ってます?」


「準備の有無で災厄が待ってくれるなら、誰も苦労しません」


 バサッとタブレットケースを閉じると、キズナは席を立った。




【あとがき】


ご覧いただきありがとうございます。

今回は戦闘前の“座学”パートということで、世界観の基本的な仕組みや、「眼鏡」と「想像力」の関係を少しずつ紐解いてみました。


本作では、バトルだけでなく、“描くこと”と“戦うこと”が地続きである世界を描いています。

アツにとってはまだ右も左もわからない日々ですが、彼なりに「線を引く」ことを通じて成長していく姿を、今後も描いていければと思います。


次回は“研修”。座学の内容をシミュレーションで。仮想空間と現実が交錯する中で、彼が何を見て、どう動くのかをお楽しみに!


感想・ご意見など、いつでもお待ちしております!


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