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第7話「戦闘」~Save your peace!~

本作『描線眼鏡 または師匠の異常な情熱』は、想像力で武器を描き出し、眼鏡を通して“見える世界”と戦う、そんな物語です。


漫画スタジオを舞台に、日常と非日常が交錯する──


青春・バトル・SF、そしてちょっとだけ陰謀めいた物語を、


楽しんでいただければ嬉しいです。




現在は毎週水曜・日曜の21:30更新を予定しています(※今週は月・水・金の特別更新)。


ブクマ・感想・評価など、応援いただけるととても励みになります!

 壁際に設置されたコンソールから、甲高い電子音が響いた。

 それは協会からの「任務要請通知」だった。


「やっぱり。要請通知ってことは近くね。気配から見て、時間的な余裕もあまり無い」


 キズナが、ほとんど自動的に作業机の引き出しからあの“眼鏡”を取り出し皆に配り始めた。


 スタジオの空気が、一変していた。


 湧口マナセは、白縁の太い眼鏡を勢いよく外して、掛け替える。


「よ~し、大暴れするぞ!」


 かと思えば、館山ランはノンフレームの洒落た眼鏡から、掛け変えて、鏡を覗き込むように言った。


「この眼鏡、ファッションとしてはイマイチよね……」


 その奥で、盛沼サキは黙々とポシェットからウェスを取り出し、眼鏡を丁寧に拭いている。表情は冷静そのもので、そこにためらいはない。


 村上サチハだけは、どこか所在なさげに、おずおずと眼鏡を持ち替えながら、キョロキョロと周囲を見回している。


 そんな中、ひときわ落ち着いた声が空気を貫いた。


「予報地点までは、車で三十分前後。魔の現出はおそらく一時間以内。場所は河川敷です。準備を整えてください」


 キズナが淡々と告げると、ケンがくるりと車の鍵を指に回しながら笑った。


「現場まではオレに任せな。準備、急いでよ」



 アツがトイレから戻ると、そこにあったのは、まるで野戦本部のような光景だった。


「……え?」


 思わず足が止まる。


 ……え、なにこれ。みるとケン以外の全員がキズナとサキがいつもかけている、あのゴツいメタルフレームの眼鏡に掛け変え、手には各々のタブレットと、面接の日に無理やり渡された無駄に太いタブペンを持ち、アツの事を待ち構えていた。


 アツはまるで文化祭の仕込みに乗り遅れた新入生のように、状況の把握がまったくできていない。その混乱を見透かしたように、キズナが近づいてくる。そして手にした眼鏡を、アツの目の前に差し出した。


「加藤さん、これを。今すぐかけてください」


「え、ちょ、ちょっと待って、え?」


「時間がありません。説明は後です」


 眼鏡は、アツの視界に押し込まれるように装着された。


 ──その瞬間。


 視界が、ぐにゃりと歪んだ。


 まるで水の中に投げ込まれたように、周囲が揺れ、光のノイズがチカチカと混ざり合い、見えないはずのものが見えてくるような──そんな錯覚、いや、錯視。


「な、なんだこれ……!」


 膝が笑い、心臓が跳ねる。自分がどこにいるのか、一瞬わからなくなった。


「感度調整は移動中に行ってください。早く乗って!」


 キズナに促されるまま、アツはわけもわからぬままケンのクルマ──ミニバンの後部座席へと押し込まれる。


 その車の中で、戦闘への出動が、静かに、そして確実に進んでいた。



 ケンのミニバンは、真冬の街を軽快に滑っていく。


 フロントシートにはケンとキズナ。2列目にはマナセ、ラン、サキ。3列目、最後部にアツとサチハ。


 言いようのない光景だった。


 アツの隣ではサチハが静かに座っている。少しだけ震えているようにも見えるが、眼鏡の奥の目はどこか緊張感に満ちていた。


 「……あの、えーと……これって……」


 口を開いたアツに、サチハは曖昧な笑みを浮かべて返す。


「マンガのロケハン……みたいなものですよ。たぶん」


「……そんなワケないでしょ……!」


 心の中で叫んだが、言葉にはならなかった。



 1列目と2列目では状況の確認が続く。2列目中央のサキが自分の大きめのタブレットで、ダークマターの集積と運動をモニターしている。


 「師匠マスター、若干の渦巻き運動化が始まりました。収束予測時間・場所共に当初予測からの変異2%以内です」


 マナセからは「湿度の乱高下が始まっています。風向き・風速の突発性変化も観測」


 ランからは「地磁気の揺らぎを確認、ニュートリノ振動も通常値の1000倍強を示しています」


 普段聞かない科学用語の羅列が前列から聞こえてくる。それを真剣に分析するメンバーたち。


 (なにこれ……なんなんだよ、ホントに……!)


 眼鏡の視界には、遠くの街の明かりの隙間に、時折ゆらりと揺れる影のような“何か”が見える気がした。影のようで、煙のようで、ノイズのようで、でもどこか“気配”だけが確かにそこにある。


 (気のせい……なのか?)


 気のせいにしたかった。


 眼鏡の奥の世界が、現実なのだとしたら――何も知らなかった昨日までが、幻だった気さえする。


 三十分程が経ち、クルマが目的地である郊外の河川敷に到着するころ、サキが「自由渦から強制渦への移行を確認、アラート圏内に入ります」と冷静ながらも強まった語気で皆に伝えた。


 いよいよバトルフィールドに入ったのだ。


 *


 車を降りると、遠くの街の灯りがぼんやりと見え、その下に流れる川の水音が静かに響く。車内の緊迫した空気からは拍子抜けするような、のどかな光景だったが、皆の緊張感は変わらない。


 より酷くなっていく目の前のノイズによろめきながら、3列目から抜け出したアツに、ケンが声をかける。


 「アツ、オレが出来るのはここまでだ。お前の日本刀スゴいんだってな。チームの為に頑張ってくれよ」と背中をパンと叩いた。


 気圧されて何も言えずにいるとキズナが続けた。


 「現場に着きました。魔の出現は三十分以内。各員、システムリンクを開始してください」


 キズナの指示が飛ぶと、全員が腰のペンを抜き、それぞれの手に掲げる。ケンは良く見ると愛用のデッサンエンピツだ。順に円を描くようにペンを重ねていく。


「キズナ!」

「ケン!」

「マナセ!」

「ラン!」

「サキ!」

「サチハ!」――。


 最後、視線がアツに集まる。


「……えっ、オレ?」


「気合い入れは名前だよ名前」ケンがこっそり耳打ちする。 


「あ、アツッ!」


 妙に大きくなった声が夜空に響いた。


 全員が、ペンを掲げて叫ぶ。


 「Save your peace!」


 一瞬だけ、風が吹いた。


 何か冗談めいた儀式だったが、けれど今はこの一体感が、背中を押してくれる。


 (わかってないけど……たぶん、逃げちゃいけないんだろうな)


 アツは、ペンを握りしめた。



 「それじゃ、各自サーチ開始!」


 キズナの掛け声とともに、メンバーたちは一斉に散開した。


 マナセはまっすぐ前へ、斧を構えるイメージでペンを握りしめながら、小走りで先行していく。


 ランは弓の構えをするように、指先を空にかざして風の流れを読んでいた。


 サキはタブレットを構え、地形データと重力波分布を照合しながら、沈着冷静に周囲を観察している。


 ケンは車の後方でドローンらしき物に小型カメラをセッティングしていたが、手慣れた様子で黙々と作業していた。


 一方、アツとサチハは……ぽつんとその場に立ち尽くしていた。


 「……で、えっと……オレたちは?」


 「アッチに行けばいいんじゃないですか……?」サチハが指さした先は、やや斜面になった土手の向こう。


「いや、たぶんって……」


「……たぶんです」


 根拠がないことだけは明らかだったが、アツも混乱したままそれに従い、ゆっくりと歩き出した。


 (魔って……ホントに、出るのかよ……?)


 歩くごとに、夜気が肺の奥まで染み込む。


 ふと、足を止めたそのときだった。


 ――視界の端で、何かが「揺れた」。


 気のせいかと思いきや、もう一度視線を戻すと、そこには何かが確かに“在った”。


 まるで空間が歪んだような、黒い影の塊。


 眼鏡を通して見るその存在は、物理的な質量を持っているようには見えない。ただ、禍々しい“意志”だけが、アツの全身を撫で回すように圧してくる。


「な、なに……あれ……」


 喉がひゅっと狭まり、呼吸が浅くなる。


 膝が、勝手に笑いだした。目を逸らしたいのに逸らせない。言葉を吐こうにも声にならない。


 体が勝手に、後ずさる。


 (これ……は……ダメだ!)


 自分の意思とは関係なく、アツはその場から駆け出していた。


 戦線を離れ、後方の土手を駆け下りる。どこに逃げようとしているのか、自分でもわからない。


 ただ、その場にいたくなかった。ただ、恐ろしかった。


 (オレ……逃げてる?)


 どこかでそう思った。だけどもう止められなかった。


 「……あの魔物、なんなんだよ……!」


 そして気付く。


 これは“物語”じゃない。現実だ。


 誰かの作ったストーリーじゃない。自分の命が、今この場所で、危機に晒されている。


 けれど――それは、アツだけではなかった。



 「囲まれてる――?」


 マナセが短く息を呑んだ。


 河川敷に現れた“魔”は、アツが逃げたその直後、完全にその姿を現していた。


 人型ではない。獣でも虫でもない。まるで複数の影が絡み合い、形を保とうとしているかのような、不定形な“塊”。

 

「サーチでは一体だったハズよ!」とサキが叫ぶ。


 けれど、現実には魔の「余波」が土手沿いに拡がり、マナセの進路を狭めていた。


 「ちょっ、誰か援護――!」


 マナセが咄嗟に斧を振るおうとした、その瞬間。

 

「バシュッ!」


 耳障りな炸裂音とともに、魔の背後に向けて、放たれる銃撃――。

 「えっ……!? どこ、今の?」


 サキの叫びと同時に、魔が身を翻し、マナセの側面を襲う。


 「うわっ、囲まれた!」


 マナセの声は驚きというよりも、苛立ちに近かった。

 そして少し離れた位置で、銃を構えていたのは――サチハだった。


 「ご、ごめんなさいっ……! 見えてた、ような気がして……!」


 焦った様子で銃を持ち替えるサチハの手が震えている。


 魔は確かに“そこ”に居た……のかもしれない。しかし、それが“正しく認識された”かどうかは――定かではなかった。

 

「サチハ、下がって!」


 キズナの声が鋭く飛ぶ。


 すでに彼女はペンを抜いていた。眼鏡の奥の瞳が、光を捉えるように細く鋭くなっている。


 「マナセ、左から退いて! サキ、遮蔽のデータを共有して!」


 次々と指示を飛ばし、キズナ自身が魔の目前まで跳び込む。

 その動きはまるで、少女ではなかった。指揮官としての冷静さと、前線で戦う者の決断力を併せ持っていた

 マナセが退き、魔の間合いが開いた。


 キズナは、後方で震えていたアツの姿を、視界の端に捉えていた。


 「加藤さん……!」


 叫ぶ。その声には、命令よりも願いの色が強く乗っていた。



「……タブレットに、日本刀を描写して!」


 アツの耳に、キズナの声が飛び込んでくる。


 アツは皆が持っていたんで、何となく持ってきていたタブレットを取り出すが――何も起こらない。


 「反応……しない!?」


 え、なんで? キズナの声にも、動揺が混ざる。だが、すぐに言い直した。


 「なら、スマホで! 加藤さん、あなたの“日本刀”で!」

 

手元のスマートフォンに、タブペンで日本刀の形を描き込んでいくが、恐怖もあって手元が覚束ない。


「一体どうすれば良いって言うんだよ!」


 思わず口に出したアツに、一旦遠ざかっていた魔が急激に襲いかかってきた。


「ごちゃごちゃ言ってないで、戦って!」


 あれ?戦ってって聞くの2回目だな?


 この動作――以前どこかでやった。そうだ、面接のとき。


 あの時と同じように、指先が感情と直結していく。


 強く、確かに、「何かを斬りたい」という意志が宿る。


 すると――スマホの画面が、一閃、白く光った。


 アツの手元に、「刀」が、現れた。


 「っしゃああああああ!」


 咆哮とともに、アツは魔の懐に飛び込む。


 頭ではなく、身体が反応していた。


 刃が、空を裂き、魔の黒い塊に深く食い込む。


 瞬間、魔は音もなく砕け散った。


 霧のように消えていく虚影。そこには、何も残らなかった。

 

 アツはその場に膝をつき、呼吸を整えながら地面に手をつく。

 

 静寂が戻っていた。


「……な、なんだったんだ、今の……」


 そんなアツの背に、キズナの影が差す。


 「加藤さん」


 その声は、どこか優しく、けれど責任を問うように。


 「……やっぱり、よく分かってないですよね?」


 アツは、顔を上げることができなかった。

 そして――夜風が、静かに吹き抜けていった。






ご閲覧ありがとうございます!

第7話では、アツが初のチーム戦に巻き込まれます。

ペンと眼鏡で魔と戦う──その仕組みと想像力の意味が、少しずつ明らかになってきました。


タイトル「Save your peace!」は、直訳すれば「君の平和を守れ」ですが、

“自分の線で誰かを守れるか?”という問いでもあります。


またお分かりの方もいるかと思いますが、今日行われたあるイベントへのオマージュでもあります。


次回、第8話は「座学」編。やや落ち着いた回ですが、

この世界の仕組みと“描く力”について深掘りされていきます。


よろしければ次回もお付き合いください!


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― 新着の感想 ―
漫画家のアシスタントになったら、何故か「魔」との戦いに巻き込まれていくという展開が面白くてワクワクしました! 先輩アシスタント達も魅力的で、スタジオの雰囲気も楽しくて惹かれました。そこから一転して戦闘…
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