第4話「面接」~ボーイミーツガール~
※この作品は以前「小説家になろう」で連載していた『眼鏡の女の子〜』を大幅加筆・改題したリブート版です。
今週は月・水・金、21時ごろに投稿予定です。
※前話を読んでいなくても、ある程度流れは追えるように構成しています。
神奈川県内の私鉄沿線、初めて降り立つ某駅前は静かな佇まいだった。駅前のロータリーを右に曲がり、だいぶ歩いて太い国道を渡った先の住宅街に目的の場所はあった。古いマンションの一角にあるが、掛けてある看板は新しい。
「A station」──ここで合っているはずだ。
インターホンを鳴らすと、若い女性の声で応対があった。
「面接でお伺いした加藤アツと申します」
「加藤さんですね? すぐに開けますので、少々お待ちください」
しばし待つとガチャリと音がして鍵が開き、中から小柄な女の子が現れた。
「加藤アツさんですね。駅から遠いところをお疲れさまでした」
戸隠キズナさん。いや、16歳の女子高生だということはわかっていたけど、もっと若く(幼く?)見える。
「すぐに面接をしますが、先にお茶でもいれますね。どうぞこちらへ」
後ろにまとめた長い髪をくるりと回して中へ招き入れてくれた。あ、可愛い……
中に入ると5~6人分の作業デスクがあり、書棚にはゴツめの資料集のような本がズラリと並んでいる。奥の簡易間仕切りで仕切られたスペースに招かれた。
「どうぞそちらへ。今、お茶をいれてきますね」
お盆に急須と湯呑みと茶托を用意し、その場でいれてくれる。湯呑みが温かい。し、渋い……
「……加藤さん、来てくれてありがとう」
キズナさんは薄手のパーカーにジーンズ。眼鏡がメタリックで、妙にフレームが大きい。
「こちらこそ……“面接”って、まさかこういう感じとは思わなくて」
緊張したオレは思わず呟いていた。イカンイカン。
「本日はよろしくお願いいたします」
「加藤さん、それではお持ちのペンタブでこちらをデッサンしてください」
脇に用意していたと思しき、大きめな斧? を渡された。いや、小物のデッサンと書いてあったけど、こんなゴツい西洋風の装飾が付いた斧って。
「実は──事情があってタブレットを無くしてしまいまして、今日はペンと画用紙を用意いたしました」
オレはスケッチブックとデッサン用の鉛筆を取り出した。募集要項にはタブレットまたは鉛筆・画用紙と書いてあったから、これで良いはずだ。
キズナさんは一瞬怪訝そうな表情をしたが、
「わかりました。画用紙で結構です。制限時間は2分です。カウントダウンを始めますので、どうぞ」
はあ? 2分って! 小物に時間をかけられないのはわかるけど、これはちょっとパワハラチックな圧迫面接ではなかろうか? あげくスマホのタイマーアプリを立ち上げ、オレの目に入るところでプレッシャーをかけてくる。
ゴツゴツした装飾に手間取り、オレは制限時間内に線を描き終えることはできなかった。
「……普段タブに慣れてしまうと、あらためて鉛筆デッサンって難しいかもしれませんね。ただ fail になるんで気をつけてください」
苦笑しつつ、キズナさんが次の課題を伝えてくる。
「では、フリーデザインでライフルを。1分30秒で」
再びスマホのタイマーを突きつけてオレに迫る。
フリーデザインって、それっぽく描けば良いんだよね? ライフル? だと射的の的当てで使うようなので良いんだよな? にしても1分30秒って!
オレは記憶の中にあった的当ての銃を思い出しながら、あせって鉛筆を走らせ、なんとか1分28秒くらいで描き上げた。
「……って、銃身の歪みはタブ上で修正できますが、その肩当てだと、射的屋さんの的当てくらいにしか使えませんよ」
今度はハッキリ眉をひそめてキズナさんが言った。
「では、次は弩を。1分で描いてください」
「……って、イシユミって何でしたっけ?」
「えっ……あ〜不得意でしたら西洋的なクロスボウでも良いですが、魔との相性もありますし……とにかく描いてみてください」
クロスボウ? って横倒しの弓みたいなやつだよね? 魔との相性? 何のこっちゃ? とにかくオレは、必死にクロスボウ?を描き上げた。
「……それ、射てませんよ。fail です。マジメにやってください」
少し怒りを込めてキズナさんが言う。ヤバい。
*
この人ちょっとオカシイ。
時間内で妥協しても線を描き終えるのは鉄則だし、ライフルもクロスボウも形態が把握できていないし、弩って協会の研修でも習うでしょ。次の項目も fail 相当なら帰ってもらおう……
「最後になりますが……それでは剣を30秒で」
「け、剣……か、刀、日本刀でも良いですか?」
ウチではきちんと項目分けをしているのだけれど……
「わかりました。類似項目ではあるので結構です。カウントダウンを始めます」
無情なカウントダウンが始まったが、ちょっとラッキー。
日本刀は子どもの頃から大好きで、こどもの日の飾りから始まって、時代劇を見たり、美術館に連れていってもらったり。
手元に置けない刀を身近に置きたくて絵を描きだしたのも、それがマンガ家になってみたいと思うようになったのも、すべて日本刀がきっかけになったと言っても過言ではない。
専門学校でもこれは褒められたものだ。
30秒は短いが、独特の反りと刃文と返しとツバと、オレなりに納得のいくラインで描き上げた。
「ふぁ〜……美しい……。30秒で、このクオリティは素晴らしい。魂がこもっているのも伝わります……。加藤さん、最初から本気出してくださいよ」
やった。今日初めて褒められた。どんなもんだい。
「それでは、通常のアシスタント業務の説明を。ウチは皆で、きちんとマンガを描きますので」
ん、通常のって、ここまでのカウントダウンレースは何だったんだろう?
──突然、キズナさんの目元が震えたかと思うと、オレとキズナさんのスマホがけたたましくアラームを鳴らし始めた。
「じ、地震? キズナさん、机の下に入りましょう!」
「冗談言ってないでください! SRが出てます! 3分? 距離は300m±だけど、方位が……分からないッ?」
キズナさんは地震も恐れず、何やらまくし立ててくる。
「加藤さん、『眼鏡』を用意しますっ!」
デスクの引き出しを開け、金属製の箱を取り出し、そこから自分がしているゴツいメガネと、ムダに長太くて使いづらそうなタブペン? を取り出し、オレに差し出した。
「タブは無くてもスマホはありますよね? Bluetoothで繋がります。汎用武器を選択してっ……ってウチの項目分類だと階層たどりつかないか……さっきの刀! 日本刀を描画・転送して、ワタシと対角線上に走ってください!」
言うとオレを無理やり玄関まで追い立てた。
「いや、最近は地震のときはあまり慌てて飛び出さないほうが良いっていうか……」
「ふざけてないでくださいっ! もう2分30秒切ってます! ワタシは左に走りますんで、右にサーチしながら走ってください! 早くスマホに描画を!」
それだけ言い残すと、左手に走り去ってしまった。
いったいどうすれば良いんだ? スマホに描画って?
スマホに目をやると、アラームはいつの間にか鳴り止んでいたが、何か見たことのない画面が立ち上がっていて、こんな表示をしている。
「武器を描画または選択してください」
よく聞くと、同じ内容の音声案内も流れている。
武器を描画? 日本刀を描けって言ってたよな?
オレは渡されたタブペンで、スマホに日本刀を描き出した。
小さなスマホにゴツいタブペンは書き辛いが、日本刀なら任せてくれ。さっきも褒められたばかりだ。
再び30秒ほどで描き終えると、不意に音声案内が変わった。
「武器を転送してください」
画面を見ると、「転送」と書かれたボタンが表示されている。
オレはタブペンでボタンを押してみる。
「Excellent!」
と表示され、同時にタブペンが青白く光り、急に重くなったような気がした。しっかり持たないと落としそうだ。反射的にタブペンを握りなおした。
あとは右にさあち?しながら走ってくださいって言ってたよな? オレは戸惑いながらも右手に歩を進め始めた。
*
影は揺らめきつつ、そこかしこに歪みを作っていたが、確かにこれではどこに魔として集約するか分からない。左右に目をやりつつ走りながら、1分ほどサーチを続けたが、そこに集約するであろう歪みを見いだせない。あと1分30秒ほど。もう描画をする時間は無い。
ストック武器を使うなら? 弓? 投石器? いや、種別は自動車事故。このタイプの魔なら近接武器でないと……。少しでも距離を稼ぐには……鞭ね!
一瞬立ち止まり、手慣れたタッチでペンに長めの鞭を転送する。青白い光がキズナの手元に鞭となって集約する。
「加藤さん? そちらはどうですか?」
呼びかけるが反応が無い。えっ、ONにしていない? どういうこと?
鞭を片手にサーチを進めながら再び走り出したが、魔の集積は掴めない。
残りカウントが30秒を切った時、急速にスタジオの反対側に歪みが偏り、集積点が見えてきた。
しまった。向こうだった。走っても鞭の間合いまで、魔の実体化に間に合わない。
間接兵器に切り替える? でも威力が──。
迷いながら走る視線のはるか先、あの日本刀を持った加藤さん? 魔の集積点の間近に立っているが、なぜか立ちすくんでいる様に見える。
キズナは思わず叫んだ。
「戦って!」
*
スタジオの右手に走り出したはいいが、結局何をどうしたら良いか全く分からない。タブペンは無駄に重いし、おまけに目の周辺がぼやけて霞んでくるし。前からたまにこんな事あったんだよな。
オレは徐々に速度を緩め、遂にはその場に立ちすくんでしまった。
「いったいどうすれば良いって言うんだ」
立ち止まってしまう自分にイラつくが、突然に目の前の霞みが、真っ黒な影となって、明確な悪意を持ってオレに襲いかかってきた。
なんなんだ!
すると前にも聞いた叫びが、オレの耳に届く。
「戦って!」
今日は“逃げて”じゃなくて“戦って”なんだね? オレはしゃにむに、眼前の悪意を持った影に、握りしめたタブペンを叩きつける。
眼前の影も霞みも、いつの間にか消え去っていた。
と同時に、目の前の路地で急ブレーキが鳴り響き、お婆ちゃんが倒れそうになっていた。
ギリギリ止まったその高級外車に乗っていたオジサンが、慌てて出てきて言った。
「お婆ちゃん、大丈夫? 急に出てきちゃ危ないでしょ。まあこっちも路地でスピード出しすぎてたけどさ。あっ、そこのお兄ちゃん、見てたよね? お婆ちゃんケガないよね? じゃあ、あとはよろしく」
とか適当な事を言って、その場から去ってしまった。
何が“よろしく”だと思いはしたが、オレは何だか急に疲れて、その場に座り込んでしまった。
「──加藤さん! 加藤さん? そちらの方もお怪我はなかったですか」
気づくとキズナさんが戻って来て、柔らかな微笑みを浮かべていた。
お婆ちゃんに丁重な挨拶をして見送るキズナさんを横目に、オレはまだ立ち上がる気力が出なかった。
「加藤さん。さっきの日本刀は、やっぱりスゴかったですね。だいぶ気力も体力も使ったでしょう。今日はもういいですから、来週明けからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるキズナさん。
え、それって採用ってこと? 良かった──。
だが、再び頭を上げたキズナさんの目に、驚きの光が上がる。
「──加藤さん、『眼鏡』どうしたんですか?」
メガネ? あ〜、スマホとタブペンにかまけて、多分スタジオに置き忘れていたな。言われるまで気づかなかった。
キズナさんが呟く。
「いったい、どういうこと……?」
ご覧いただきありがとうございました。
今回は、アツが正式に“あのスタジオ”の門を叩く回でした。
面接といいつつ、出迎える側は相変わらず独特な空気……。
ですが、あの一戦が彼の運命を大きく動かすことになります。
次回は、新たな仲間との出会いと、日常と非日常が交差する“日常回(?)”です。
お楽しみに!