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第20話「大賞」~線が描く未来~

本作『描線眼鏡 または師匠の異常な情熱』は、想像力で武器を描き出し、眼鏡を通して“見える世界”と戦う、そんな物語です。


漫画スタジオを舞台に、日常と非日常が交錯する──


青春・バトル・SF、そしてちょっとだけ陰謀めいた物語を、楽しんでいただければ嬉しいです。


現在は毎週水曜・日曜の21:30更新を予定しています。


ブクマ・感想・評価など、応援いただけるととても励みになります!

 スタジオ内は、まさに戦場だった。


 先入れのカラーページの入稿はスムーズに進んでいた。

 それで油断していた訳では無いのだが、少しずつ進行が遅れ、水曜の締切日の夕刻には、誰の目にも破綻が近づいている事がハッキリと映るようになっていた。


 締切の直前、タブレットにかじりつくアツの指が止まらない。背後でフクハラが汗を拭きながら声を飛ばす。


「今までの原稿も大切にしながら、“挑戦”という言葉に飛び乗って……原稿をまた改めて、生まれ変わらせて行くんだ!」


 その声が終わるより早く、転送画面にエラーメッセージが点滅した。

 原稿データの転送が止まったのだ。


「あと一枚っ、あと一枚で締切を守れるッ!

 アツくん、ファイル転送は!? タブレットは!? アプリ再起動してみた!?」


「はい! はい! 今送ってますっ、バッファ出てません……まだ! キズナさん、線、最後の一筆いきますっ!」


 振り返ったキズナは、一切迷いなくペンを走らせていた。最後のコマに力を込めて線を引き終える。


「ささやき えいしょう いのり ねんじろっ!」


 フクハラがなぜか呪文を唱えながら机を叩く。

 その横でサキがノートPCに目を落とし、冷静にキーボードを叩いた。


「check……! 『眼鏡の女の子 第7話』入稿完了。


 サーバー転送成功、現在レイアウト班がチェック中です」


 デジタル時計の表示は19:20――締切まで残りわずかの奇跡的完了だった。


「……あ、危なかった……マジで……今週は……死ぬかと思った……」


 フクハラはその場に崩れ落ちた。だが数秒後にはあっさりと立ち上がり、帰り際に封筒を机の上に置く。


「あ、そうそう。今週末の『科学漫画大賞』授賞式。招待、キズナさんと……誰か、もう一人。よろしくぅ……」


 封筒には金色の箔押しで「Invitation」と記され、差出人には「集談館 広報部」の文字。


 それを見つめるキズナは、胸の奥で思い出す。


 ――昨年末に発表された「科学漫画大賞」。


 その栄誉を称える式典が、年度末の今、華やかに開催されようとしていた。



 都内でも指折りの格式を誇るホテル。その大広間が今夜は特別な空気に包まれていた。

 科学技術と漫画文化を讃えるために、編集者、漫画家、研究者、政財界の要人が一堂に会している。


 あの後「都民のアツくんが行ったら~」とランに指名され、アツが出席する事になった。(さらに後で、マナセがホテルディナーに未練があった事も発覚するのだが)


 受付で、キズナとアツは名前を確認される。


「戸隠様と加藤様ですね。ご招待ありがとうございます。式典はまもなく開演となります」


 受付係からパンフレットと一冊の週刊誌が手渡された。   それは発売前の“週刊コスモス”早刷りで、表紙にはキズナの漫画『眼鏡の女の子』のカラー扉が大きく飾られている。


「これ……本当に、キズナさんの作品が表紙に……!」


 アツは目を輝かせて声を上げる。


「うん。……誇りに思うよ、これは」


 キズナは静かに答え、表紙を指でなぞった。


 

 式典の会場に足を踏み入れると、テーブルには刷りたての“週刊コスモス”がずらりと並び、来場者たちは自然と手に取ってページをめくっていた。

 その光景は、誰もが作品の価値を認める無言の称賛そのものだった。


「皆さま、本日はご多忙の中お集まりいただき、誠にありがとうございます。

 ただいまより――第34回 集談館 科学漫画大賞 授賞式を開会いたします!」


 司会者の声に拍手が響く。


 アツはスーツ姿の人々に囲まれ、少し気後れしたように小声でつぶやいた。


「なんだか……すごく場違いなところに来ちゃった気がします……」


「大丈夫。みんな最初はそう思うわ。でも――“描いたもの”がここにあるんだから、堂々としていて」


 キズナの柔らかな笑みが、少し緊張していたアツの肩を軽く押した。



「……、ありがとうございました!」


 新人賞受賞者としてのスピーチを終えたキズナは、正月の儀式の時の事を思い出しながら段を去る。 


 あの時の不安を思えば、今日は確かに象となった雑誌もある。背中を追うべき先輩も居る。


 新人賞の授与と挨拶が終わると、司会者が続けて告げた。


「新人賞に続きまして、今年度“科学漫画大賞”を受賞された方をご紹介いたします。


 『魔法少女サイファル*エリカ』での受賞となりました――栗原アンナ先生です!」


 拍手が一斉に巻き起こる。壇上に立ったのは、明るくはつらつとした栗原アンナだった。


「こうして科学漫画大賞を受賞できた事は、本当にとてつもなく凄いことが起きているなと感じています。2年間の沈黙の間、私は“何を描くのか”を問い続けてきました。その答えが、この作品です。ファンの方と今の環境、全ての方々へ漫画を通して感謝の気持ちを届けていきたいと思います。

 自分にとって誇れる自分であることを約束します。これからもよろしくお願いします!」


 堂々としたスピーチに会場が沸く。


師匠マスター星野先生のスタジオで、先輩だったんだ」


 キズナが小声で説明すると、アツは目を丸くした。


「うわ……すごく明るい……」



 授賞式が終わり、そのまま立食形式のパーティーに移行する。

 華やかな音楽と談笑が広がる中、ラメの入った黒のパンツスーツ姿のアンナが弾けるように駆け寄ってきた。


「キ~ズニャ~!! 久しぶりっ!! アタシも追いついたよっ!!」


「そんな“追いついた”とか……」


 キズナは微笑しつつ首を振った。


「栗原さんが取った、読者と出版社が選ぶ科学漫画大賞の方が、よっぽど価値のあるものです。

 協会が都合で決めた特別な師匠スペシャル・マイスターなんかよりも……」


 冬の関東大停電を救い、正月のキズナに続いてその称号を得たアンナ。だがキズナは、その茶番めいた称号よりも読者の支持を受けた栄誉を尊重していた。


「ワタシこそ、いつか栗原さんに追いついて――科学漫画大賞を取ります」


 その言葉に、アンナは目を細め、強くうなずいた。



 アンナとキズナは、立食パーティーの片隅で向かい合っていた。

 旧知の笑顔に、互いの距離が一瞬で縮まる。


「サイエリでは――」


 キズナが少し声を落として切り出した。


「中性子星構造を持つ魔法少女と定義されていますが、どういうSF考証で魔法が使える設定になるんですか?」


 アンナは即答した。

「時空素粒子のスピンを操作して因果律に干渉するんだ」


「この世界の因果律はすべて時空素粒子の運動から導かれる……という設定でしたね?」


「そう。作品では、物質の存在や相互作用そのものが“時空素粒子の多軸スピン”によって成り立っていると解釈しているの。魔法少女はそのスピンを操作して、世界を――“編集”する存在なんだ」


 キズナは深くうなずいた。

「ありがとうございました。……良くわかりました」


「……全然わかりませんが」

 横で聞いていたアツが、ぽかんと口を開けていた。


「でも、魔法を使えるってスゴいですよね!」


 アンナは満面の笑顔を浮かべ、アツの肩を軽く叩いた。

「そうっ! 理屈より“スゴい”って感じる、その感覚が一番大事なんだ! ナイスだ少年!」


 キズナが苦笑し、アツは少し照れたように頭をかいた。

 短い会話だったが、互いの世界を尊重する空気がそこにあった。



 キズナとアンナの談笑の輪に、二つの影が近づいてきた。

 宝塚の男役そのままのような男装の麗人と、小柄だが目鼻立ちがハッキリしたドールハウスから出てきたような女性。


「アンナ、やったな」


 星野は静かに笑みを浮かべ、次にキズナを見やった。


「……そしてキズナも、よくここまで来たね」


 アツは思わず声を上げた。

「えっ……星野トシロウ先生って……女性だったんですか!?」


 キズナは肩をすくめて笑った。

「言ってなかったっけ? ペンネームよ。性別なんて重要?」


 星野も軽く肩をすくめたが、どこか誇らしげに言う。

「まぁ、編集部に言われてつけた名前だからね。本名は宮城トシコ。親につけてもらった名で気に入ってるんだが、当時は“イメージが”とか言われてね……。

 偉大な師匠(グレート・マイスター)のキャラクターにあやかって“星野トシロウ”にした。今ではこっちも気に入ってるよ」


 その時、小柄な女性が前に出て、にこやかに手を差し伸べた。

 上青石モネ――アツが子供のころから第一線で活躍しているはずの漫画家。だがその第一印象は、驚くほど“kawaii”だった。


「あら~可愛い少年。あなたがアツくんね? ミー子さんって呼んでいいわよ?」


 モネが目を細めて笑う。


「あ、えっと……よろしくお願いします……」


 アツは戸惑いながらも、その可愛さに見惚れてしまう。


 すかさずアンナが横から突っ込む。


「いい年して“ミー子さん”って! それ、アナタのキャラ違うでしょ!」


「違わないもん」


「いや絶対違うから!」


 二人の小競り合いに、周囲から笑い声が上がった。

 空気は一気に和やかさを増し、アツもつられて微笑んでいた。



 立食パーティーの会場。

 キズナ、アンナ、アツらは談笑の輪の中にいた。

 その空気を切り裂くように、荒い声が響いた。


「見つけたぞ、小娘!」


 週刊コスモスの早刷りを握りしめ、壮年の男が突き進んでくる。日月たちもりタケゾウ――正月の儀式の際にも居た協会の理事だ。


「この漫画は何だ! 協会の守秘義務を何だと思っている!

 ホテルが燃えて飛行機が落ちるなんて、あの日以外にあるか! 集談館も会長も一体何を考えてるんだ!?」


 会場がざわつく。アツは驚き、キズナは表情を崩さなかった。


「……守秘義務?」


 キズナの声は低く、しかし揺るがなかった。


「これは、私の物語です」


 日月の声が震えた。


「……あの朝、どれだけの人が死んだと思ってる? 赤坂から羽田まで、俺たちは命張って戦ったんだ。

 軽々しく描いていいもんじゃない!」


 張り詰めた空気が場を覆う。


「軽くなんか描いてません」


 キズナは日月をまっすぐに見据えた。


「守ろうとした人たちも、守られなかった人たちも――全部描く覚悟でいます」


 その声は短く、しかし芯が通っていた。


 日月が一瞬、言葉を詰まらせる。


 その前に上青石モネが歩み出た

「あら~日月氏。お久しぶりね。パーティーの場で声を荒げるのはどうかしら?彼女は描く事で未来を語るしかない世代よ。あなたの戦いだって、昔は誰かに語られたでしょう?」


「お前は、上青石!よくもぬけぬけとオレの前に顔を出せたな……!」


十数年前……

 震災の後、モネは眼鏡と「偉大な師匠(グレート・マイスター)」の称号を協会に叩き返していた。

 その相手こそ、協会で官僚と結託して力を持ちつつあった日月だった。


モネが冷ややかに言葉を返す

「ぬけぬけとってどちらが?称号で恩を売るつもりだった?でも私はそれを突き返した。そして今も同じ。ここは集談館の席よ、協会の席ですら無い」


 日月はなおも食い下がった。

「守秘義務違反だ! 眼鏡や墜魔を漫画にするなんて――!」


 モネは肩をすくめ、皮肉混じりに返す。

「守秘義務ねぇ……でもそんな事言うけど鳥山先生の作品は?開発途上だった眼鏡を登場させて、他の師匠マイスターや子供達に絶賛された。今も世界中で愛され続けている事を知っているでしょ?

 協会が文句つけたなんて聞いたことないけど?」


「……ぐぬぬ……!」


 日月は悔しそうに踵を返し、場を去った。

 会場の緊張が解ける。



「今の……何だったんですか?」

 アツが小声で尋ねた。


「過去の因縁。でも、もう関係ない」

 キズナは小さく息を吐いた。


「私たちは――“線”を引き続けるだけ」


 モネが満足げに微笑み、アンナは小さくガッツポーズを決める。

 会場に再び和やかな空気が戻った。



 その空気の中、野田が現れた。

 取材申請は通っていた。科学漫画大賞の会場に来ること自体は自然だ。

 だが――彼の視線は別のものを捉えていた。


(……やっぱり、あの娘だ。羽田の少女……戸隠キズナ)


 野田はスマホを取り出し、羽田事故当日の映像を確認する。

 そして、キズナと、その仲間たちの奇妙にゴツい眼鏡に目を留めた。


「あの眼鏡の違和感は何だ?……ゴツい。市販品じゃない……

?」


(その瞬間、野田の脳裏に霞ヶ関で見た資料がよみがえる)


「YAHO……あの研究費……これか」


防衛イノベーション個人用光学デバイス研究費 2,150百万円

《YAHO Optical Holdings》


(これは……まだ仮説だ。だが、一つのストーリーが動き出している……)


 野田はメモを取り、静かに視線を戻した。


「戸隠キズナ、そして科学漫画協会。お前らが影で何をしているのか必ず暴いてやる」


 会場の灯りが、別の戦いの予兆を照らしていた。





第20話をご覧いただきありがとうございます!

今回は「科学漫画大賞」というイベント回。


新キャラや既存キャラの意外な一面が見えた回になりました。

今後の展開に向けての伏線もいくつか仕込んでいますので、

感想・ブクマなどで応援いただけると励みになります!


次回は穏やかな日常にちょっとしたバトルと、背後に迫る記者の影。お楽しみに!



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