第19話「武器」~マイスター・オブ・アームズ~
本作『描線眼鏡 または師匠の異常な情熱』は、想像力で武器を描き出し、眼鏡を通して“見える世界”と戦う、そんな物語です。
漫画スタジオを舞台に、日常と非日常が交錯する──
青春・バトル・SF、そしてちょっとだけ陰謀めいた物語を、楽しんでいただければ嬉しいです。
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朝の霞ヶ関。花時雨が肌にまとわりつく中、野田三郎は国立公文書館の自動ドアをくぐった。
目的は、防衛装備庁が結んできた研究開発関連の随意契約記録――「安全保障技術研究推進制度における委託契約等一覧」
検索端末で請求し、職員が冊子数冊を台車で運んできた。
野田はページをめくる。退屈だが、こうした作業にこそ“何か”が残る。
防衛イノベーション関連研究開発案件(抜粋)
1. 株式会社大和航空電子:「戦術情報共有型AR端末試作」
2. 株式会社YAHO:「個人用光学デバイス研究」
3. 株式会社四菱重工:「次世代携行型投射兵器」
4. 株式会社帝都精機:「義肢統合制御システム」
5. 株式会社瑞穂ケミテック:「自己修復型装甲材の開発」
6. 国立新東京大学:「高密度意識接続インターフェース」
7. 公立神岡大学:「暗黒物質検出と感応性ヒューマンリンク」
ふと目を引いたのは「株式会社YAHO」だった。
> 委託内容:「個人用光学デバイス研究」
年度:2015〜2018年(平成27〜30年度)
契約額:非公表(セキュリティクリアランス対象)
「……YAHO?」
光学レンズと、医療器具と関連する電子機器の企業のはず。防衛研究とは結びつかない。
野田はペンを走らせ、唸った。
年度は震災後の復興期。民間との連携が密かに強化された時代だ。
情報は“埋まって”いた。しかし、それを“掘り起こす”作業は始まったばかり。
「……まずは週末の首実験からだな」
*
早朝の空気はまだ冷たい。火曜日の朝、合併号のおかげで明日の締切もなく、スタジオにはゆるやかな時間が流れていた。
(遠征……楽しかったな。温泉も飯もうまかった。でも最後ケンさんとオレだけになって、都内までは行かないよって帰り損ねて、ここで仮眠になったんだよな)
加藤アツは中1日あっても、いまだに残る眠気を引きずりながら作業机に腰を下ろし、スリッパのままPCを立ち上げた。
画面の右下に、赤いバッジが点灯する。《ストック武器更新:期限内未実施》
協会が命じているわけではない。武器の描線データ更新はあくまで自由だが、このスタジオでは「戸隠キズナの趣味と気分」が実質のルールだった。
「みんなで一斉更新したいって、キズナさん張り切ってたし
な」
アツは共有フォルダのウィンドウを開いた。
そこには無数のサブフォルダが、圧倒的な階層構造で並んでいる。
【分類1:形態】
・刀剣/槍/斧/弓/銃/爆薬/異形兵器/非殺傷系
【分類2:時代】
・古代/中世/近世/近代/架空未来/不明
【分類3:文化圏】
・和/中華/西洋/中東/アフリカ/創作民族
【分類4:対象魔種】
・風属性/暗属性/共鳴型/巨大種/人間由来/不明種
【分類5:出典】
・史実/伝承/創作(個人)/漫画未使用/参考モデルあり
(なんだよこれ……図書館かよ)
中身は、武器デザイン画の山。キズナが描いた線の博物館だ。
ふと、目を引くファイル名を見つける。
> 「英国・15世紀・ロングボウ・妖精対応」
分類は「強化型・未使用」。
(妖精って……なに?)
特定魔種への効果を検証する試行錯誤。その痕跡だ。
「……これ、全部把握してんのか……?」
思わずつぶやいてから、自分のフォルダを開く。
そこには《日本刀/汎用型》が一振りだけ。
少しずつ調整はしているが──(結局、借り物の武器で戦ってる気がする)
「おはよう、自分の武器の書き直しもした?」
背後からキズナの声。
「あ、いま……見てました」
「今日は協会研修で、武器創作の実地プログラムをやるわ」
そして──なぜか溜める。
「……勝者のみに与えられる究極の武器職人の称号、それが……『マイスター・オブ・アームズ』だ(ドヤッ!)」
「……マイスター・オブ?」
「そう、武器創造の祭典。全国から世界まで、すべての“創る戦士”が集まる場よ」
そのタイミングで、ドアの開く音。仲間たちが集まり始めた。
*
「今日は協会の武器創作研修プログラム『マイスター・オブ・アームズ』を実施するわ。今日競うのは私以外のチームの6人だけど、勝者には私と一緒に今年の地域大会に出てもらいます」
皆がやや戸惑い混じりで、顔を見合わせているとキズナが続ける。
「協会の規定により、内容の一部は皆さんの査定に反映し、皆さんの賞与の査定にも影響します」
途端に皆の顔色と目付きが変わった。これはあらゆる意味で真剣勝負なのだ。
*
『マイスター・オブ・アームズ』第一関門、その名も『コンパルソリー・チャレンジ』
要は指定された武器のデッサンらしい。アツは面接の日のやり取りを思い出し、わずかに身を震わせた。
6人が横一列に並び、思い思いのスケッチブックやタブレットを構える。
静まり返ったスタジオの空気を裂くように、戸隠キズナが机の上にふろしきをドン、と広げた。
「コンパルソリー・チャレンジの課題――描いてもらうのは、これ(バサッ)」
ふろしきが剥がされる。そこにあったのは、黒鉄に青銀の装飾を纏った一枚の円環。外周には鋸状の刃が幾重にも並び、中心は空洞。その内側には、緩やかに反る内蔵式のカギ刃。まるで動き出しそうな緊張感を放っていた。
「これはインド伝統の投擲武器チャクラム。ヒンドゥーの神ヴィシュヌ神が持って描かれることも多いわ。外観は古代インド風だけど、内部構造は私の創作。見た目に惑わされず、“線”で再現することがポイントよ」
キズナが脇の砂時計を逆さにする。細かな砂が落ち始めた。
「――では、開始!」
一斉に音が立つ。鉛筆の削れる音、タブレットの起動音、紙をめくる音……。六人は誰一人、言葉を発さず、ただ武器に集中した。
*
アツはまずタブレットに円を描き、それを基準に分割構造を描こうとした。だが、刃の凹凸のリズムが狂う。中心の立体交差が理解できない。時間が足りない。
(どこで切る……どこで妥協する……?)
頭は「完璧な設計」を目指していたが、手が追いつかない。
サキは淡々とタブレットを操作する。無駄のない線。必要な立体だけを浮かび上がらせるような描線。細部や装飾も記号化され「計画」として整っていた。
マナセは色鉛筆で輪郭をなぞり、エッジに赤いアクセントを加える。だが線が増えすぎ、暴れた。情熱が形を越えて溢れたようだった。
ランはマーカーで外形をざっくり捉え、勝手に幾何学模様を足していた。もはや武器というよりアクセサリーデザイン。
サチハは無言でチャクラムを正面から見つめ、安定した線を置いていた。細部はやや省略されていたが、形は確かに伝わった。
ケンは一本の鉛筆で描く。円は少し歪んだが、刃の密度や内刃の角度には経験者の目があった。
*
――サラサラッ、スッ。
砂時計が止まる。
「そこまで!」
キズナの声とともに、参加者は一斉に手を止めた。息をつく者、首を回す者、呆然と画面を見つめる者――3分間が終わった。
スマホへデータが転送され、それぞれの眼鏡にチャクラムの仮想像が浮かぶ。
転送に失敗した者のスマホには、赤く「fail」の表示。
アツは、それをただ見つめていた。
*
採点が始まる。モニターに3人の審査者名が表示される。
[協会評価システム(Tech)]
[EVALEX(構造演算AI)]
[Togakushi Kizuna(Art)]
6点満点×3の得点が並ぶ。キズナが講評を述べていく。
「アツ――再現精度は悪くない。でも、線が途中で止まってた。残念ながらfailは妥当」
「マナセ――勢いはある。でも暴れすぎ。形が崩れてた。惜しい」
「ラン――君らしいけど……それチャクラムじゃないよね?お守りかと思った」
「サキ――完璧。構造の把握も線の整理も優れてた。でも、整いすぎてて少し面白みに欠ける。あえて“揺らぎ”を入れてもいいかも」
(点数:5.9、6.0、5.6)
「ケン――外形はズレてた。でも刃の重なりに魂が入ってた。描いてる者の線だった」
(点数:5.8、5.7、5.9)
「サチハ――予想外。安定してるし、形も伝わる。何より、誠実な線だった」
(点数:5.7、5.7、5.8)
最終結果:通過者は、サキ・ケン・サチハの3名。
「残念だった3人。あなた達の武器は敗れました。誇りを持って退却してください。フリースタイル・チャレンジの支援をお願いします」
*
『マイスター・オブ・アームズ』第二関門――『フリースタイル・チャレンジ』
一定のお題が与えられ、その歴史的背景を尊重しつつも、美的か? 創作性はあるか? 機能的に成り立つか?が問われる。
午後の陽射しが傾き始めた頃、キズナは机にふろしきを広げた。中央には、重量感ある包み。
「フリースタイル・チャレンジの課題――描いてもらうのは、これ」(バサッ!)
現れたのは、装飾を施された模造の長剣。一見して中世ヨーロッパ風だが、柄に豪奢な意匠が施されている。
「題材はアーサー王の聖剣エクスカリバー。5~6世紀ブリトン人の長剣を基に、王の剣らしい装飾を加えたモチーフよ。形態は伝承ごとに異なる。だからこそ、あなたたちの想像力が問われるの」
キズナが続ける。
「神話と歴史のあいだにあるこの剣を、5分以内に自分なりの武器として描いて」
言葉が終わらぬうちに、通過者──サキ、サチハ、ケンが道具を構えた。脱落組も自然と身を乗り出す。
「まーたそういう……はいはい、派手にいこうじゃん」
マナセが苦笑しつつ腕を組む。描く立場ではなくとも、仲間の線に視線が向く。
最初に仕上げたのはケン。
「……剣、っつーか棒だけどな。見てろ、現場ならこれが一番強えんだよ」
彼が描いたのは、時代を意識した装飾を柄に施しつつも、全体はシンプルな直剣。
飾り気のない構造に、誤魔化しのない真っ直ぐな信念が宿る。
続いてサチハ。線は迷いながらも、刃の芯に向かって力を集める。柄の中央に咲いた小さな花の印。
未来を見つめる気持ちが、一本の線になって立ち上がっていた。
そして最後にサキ。
青と銀のコントラストを意識した装飾剣。細身のブレードは水晶のように澄み、柄には風の軌跡を思わせる螺旋模様。
「希望、氷、スピード、美しさ。……全部入れると、こうなる」
淡々とした声に、内なる熱が滲む。
ランとキズナがサキの意図を察して目を合わせ、口元を弛ませる。
「……時間」
キズナの声に、三人の手が止まる。紙とタブレットが回収され、台の上に三本の“剣”が並ぶ。どれも、それぞれの性格と物語を宿していた。
「このあと、それぞれ試技に挑んでもらいます。審査は、その後で」
*
アツが初めて魔のシミュレーション研修を受けた公園へ、全員で移動する。
キズナがタブレット型コントローラで設定を確認する。
「ここからは実戦テスト。描かれた武器が、実際の戦場でどれだけ使えるかを試す。模擬戦闘とはいえ、相手は“実体化直前の影”と“模擬体の魔”。倒しきることが目的じゃない。その武器で戦えるかどうかを、身体で感じてほしい」
フィールド中央に立ったアツは、喉奥がひきつるのを感じた。
あの日、初めて“魔”の気配を捉え、無力さを知った場所――
「最初はサキの武器からいくわ」
アツのペンにサキの剣が転送される。
全体は冷たい青銀色。軽量で、柄には装飾的なリング。透き通る氷のような質感を持ち、芯は鋭い──サキが設計した“細剣型の聖剣”。
影が動く。眼鏡越しに黒いラインの気配を捉える。
「ハァッ!」
一閃。刃が影を薙ぎ、風さえも斬ったかのような軌跡を描く。
「おお、すごい……!」
だが次の瞬間、模擬体が実体化。甲冑を思わせる重装型の魔。
肩口を狙い剣を叩き込むが──
ガキィン!
弾かれ、体勢を崩す。
「っ……ダメか!」
軽さが裏目に出た。
続いて転送されたのは、ケンが描いた実戦重視の直剣。
ずっしりとした刀身、太い握り、細かな刃文。
構えた瞬間、足元が安定する。
影を払うにはやや重い。振るたび手首が押し戻される。
だが実体化した魔の肩に振り下ろした時──
バギィッ!
魔の外殻が真っ二つに割れた。
「よし……!」
そして三本目。サチハの黄金と白銀の剣。王道の形状ながら、魔除けの文様や手になじむ工夫が細やかに施されていた。
アツが構え、影に斬り込む。
重さ・抜け・手応え――すべてが自然に馴染んでいる。
魔が立ち上がる。アツは呼吸を整えた。
「せいっ!」
斬撃が入る。深く、だが軽すぎず重すぎず。安定した一撃が魔の首元を捉えた。
「……よし。三本とも、戦える。でも、特徴はそれぞれだ」
アツは剣を手放し、評価を述べる。
「サキさんの剣は軽くて、影相手には最高。でも、硬い魔には跳ね返される。
ケンさんの剣は重すぎて影払いには向かないけど、魔には最強。
サチハの剣は……どちらにも届く。バランスがいい」
*
テスト後、キズナが評価を告げる。
「どれも素晴らしかった。特に、サキの剣には意匠的な美しさがある。キュアベリー味は時代考証として正確ではないけれど……実はね、アーサー王伝説には、ローマ帝国に抵抗したケルトの女王ブーディカの史実が反映されているという説もあるの。
もしアーサー王が女性だったなら、サキのような軽くて取り回しの効く剣を選んだかもしれない」
サキが、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「でも、実戦での結果と全体の完成度を見て――今回は、ケンの武器が最優秀」
その言葉に、場が少しざわめく。
ケンはスマホを眺めたまま、口を開く。
「……オレの目には何にも見えねえけどさ。
でも、想像力でアツが魔をブッタ斬ってんのは、頭の中にハッキリ見えた。
早く博士に、オレにもサチハにも“見える眼鏡”を作ってもらいてえな」
*
アツは、皆を見送ったあと、自分の“武器フォルダ”を開く。
(……ずっと、これ一本で戦ってきた)
(でも……それが悪いわけじゃない。――問題は、描き切れてるかどうか、だ)
アツの指先が、新しいファイルを作成する。
タイトル:「汎用型日本刀・再考案01」
(次は……オレの“線”で戦う)
お読みいただきありがとうございます!
今回は協会の武器創作研修プログラム「マイスター・オブ・アームズ」が舞台。
これまでの戦闘で描ききれていなかった、創造の武器を生み出すという挑戦。特に冷静キャラのサキが内に秘める情熱の源は?
某番組からの引用が過ぎるのですが、リスペクトを込めたオマージュという事で……
次回は「大賞」編。
新たな出会いと波乱が待っていますので、どうぞお楽しみに!




