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第18話「恐竜」~眠れる地層の目覚め~

本作『描線眼鏡 または師匠の異常な情熱』は、想像力で武器を描き出し、眼鏡を通して“見える世界”と戦う、そんな物語です。


漫画スタジオを舞台に、日常と非日常が交錯する──


青春・バトル・SF、そしてちょっとだけ陰謀めいた物語を、楽しんでいただければ嬉しいです。


現在は毎週水曜・日曜の21:30更新を予定しています。


ブクマ・感想・評価など、応援いただけるととても励みになります!

 国道416号から曲がると、勝山の丘陵地に巨大なガラスドームが姿を現す。恐竜の骨格を模した構造──福井恐竜博物館だ。


 チームは、杉山川上流での地磁気調査のため、発掘現場への立ち入り許可を得ていた……はずだった。


「日本科学漫画協会からの申請で、本日取材に参りました──」


 受付で説明するサキの前で、若い職員が首を傾げる。入れ替わりで現れたのは、村井と名札のある中年男性だった。


「漫画協会? 取材申請を受けた記憶は無い。素人に来られても困るんだ」


 その語気は冷たく、はっきりとした拒絶の意思が滲んでいた。


「我々は正式な許可を得た専門チームです。現地に必要な機材も──」


「何か起きたとき責任取れんのか? 文書がないなら、退いてもらう」


 マナセが一歩前に出て、低く言った。


「……分かりました。協会側に確認しますので、こちらで一旦待機します」


 交渉は不調に終わり、チームはやむなく館外で足止めされることとなった。



 一方その頃。谷保三郎宅に隣接するYAHOの施設で、眼鏡の電子補正も終えたキズナは、予定より早く手が空き、勝山で調査中の仲間たちと合流すべく、鯖江駅へ向かおうとしていた。


 歩き始めたそのとき、後方からゆっくり近づいた車の後部座席から声がかかった。


「おやおや、お嬢さん。駅まで行かれるのなら、送りますよ」


 三郎だった。運転席からは、三郎翁よりはだいぶ若い女性─が顔を覗かせた。


「せっかくですし、ご一緒しませんか? 実は私たちも勝山まで参りますの」


 キズナは迷ったが、道中のアクセスを思えばその申し出はありがたかった。


「それでは……お言葉に甘えて」


 助手席に乗り込むと、後部には少年がひとり。小学校高学年くらいだろうか。やや控えめにうなずくと、彼は車窓へ視線を戻した。


 こうして、キズナは谷保一家とともに、勝山の地を目指すこととなった。



 その頃、勝山チームは福井恐竜博物館の裏手で、まだ立ち入り許可が下りるのを待たされていた。


 小一時間が経過し、ついにケンが痺れを切らす。


「県に一応確認をとったが、今日は日曜日。休日窓口は何も聞いていないと。暖冬を見越して、ツアー再開を前倒ししたばかりの雪でてんやわんや。取材申請など通せんぞ」


 現場責任者の村井は、腕を組んだまま睨むように言う。木曜には協会を通じて申請したのだが、役所の処理は甘くなかった。若い職員も、気まずそうに立ち尽くしている。


 サキがタブレットを提示するが、村井は渋い顔のまま。


「所属も無い若者グループに、取材協力しろと? 遊び半分で来てるんじゃないのか?」


 その言葉にマナセの眉が跳ねたが、サキが手で制した。


「最低限の調査で、すぐに撤収します。ですが……」


「ま、俺ら“眼鏡部”だしな。一般人っぽく待機しよ」


 ケンの軽口に、サチハが小さく吹き出す。


 そのとき、一台の車が到着した。助手席から降りたのはキズナ。後部座席からは谷保会長と少年。そして運転席からは、落ち着いた雰囲気の女性が現れた。


「ご挨拶を。息子の六郎です。私、カナと申します」


 女性はおっとりした口調だが、芯の通った物腰だった。


 六郎は少し緊張しながらも、車内でキズナに自作のマンガノートを見せていた。描くことに夢中な、素直な少年だった。


 一瞬、場の空気が和らぐ──が、村井の目線は厳しいままだ。


「これは谷保会長……ツアー参加の件は承知しております。君たちは会長の……いやだからって、君たちの取材を許可は出来ない。ここは遊び場じゃないんだ」


 その瞬間、村井の胸ポケットでスマートフォンが鳴った。


 番号を見た彼の表情が変わる。


「……館長? お疲れさまです。ええ、はい……えっ文科省の、どちらの──うっ……承知しました」


 通話を終えると、村井は深く頭を下げた。


「……お通しします。私も、現場保護のため同行します」


 *


 キズナはチームに合流し、谷保一家とは博物館前で別れた。村井が渋々ケンの助手席に乗り、杉山川上流の林道を進む。通常はツアーバスのみ通れる道だ。

 野外恐竜博物館を横目に、車を降りると、地面には保護シートと、要所に骨格化石が露出しないよう白布が被せられている、細いロープが現在の調査区画を示していた。


「手取層群北谷層。ここに露出した恐竜発掘露頭、言わゆるボーンベッドは、ジュラ紀中期から白亜紀前期の地層が露出した、日本では希少な恐竜化石産地で、国の史跡名勝天然記念物に指定されています」

 村井の立て板に水を流した説明に皆が聞き入る。


 「それでは、取材と調査に入ります」


 サキが許可を確認し、ケンは肩のケースから小型ドローンを取り出す。


「上げてみるか……」


 だが起動直後、ドローンのローターが不自然に停止し、ノイズを残して地面に墜落した。


「GPSロックが……ジャミング?」


 ケンが慌てて操作するも応答は鈍い。辺りに、目に見えぬ圧のようなものが漂っていた。


「君たち、空撮の許可は出ているが、事故を起こすようでは──」


 言いかけた村井の胸ポケットで、スマートフォンが鳴った。


「……ああ、お疲れ。ツアー客がもう着いた? こちらも戻る」


 村井は複雑そうな表情を浮かべつつも、

「野外恐竜博物館に戻ります。くれぐれも地層の保護を頼みます」


 と言い残し、現場を後にした。



「……やっぱり、変だ。地磁気の数値、急に乱れてる」


 マナセが端末を覗き込んだままつぶやく。手元のモニターには、磁場の微弱な波形が歪みながら表示されていた。


「こっちの装置も、反応がおかしいです。昨日までは安定してたはずだけど……」


 サキが同じく分析装置を操作しながら報告する。


「やっぱ魔の気配だよね? このイヤな感じ、肌がぞわってくる」


 ランが背筋を伸ばし、あたりを見回す。


「アツ、眼鏡つけて」


 キズナが短く言うと、アツは即座に眼鏡を取り出し、装着する。だが──

 次の瞬間、眼鏡の縁が微かに震え、画面に赤い警告文字が点滅した。


【危険度=SR】

【ターゲットレンジ=280m±15m】

【予測出現時刻=+00:03:40±01:50】

【方角=南西】


「みんな直ちにリンク開始!」


名前を呼び会い、ペンを重ねる


そして、久々に──

「Save your peace!」


 七人の声が、空気を断つように響いた。



 ──しかし。


 通常ならキズナを中核とした“視界リンク”によって、全員の眼鏡が情報を共有するはずだった。しかし、地磁気異常の影響か、それが一切機能していなかった。


「……師匠マスターこれ、どうします?」


 サキが問いかける。キズナは眼鏡越しに空を睨みながら、深く息を吸い込んだ。


「視界、遮られてる。でも……感じる。来るよ、あれ」


 そう言った直後、地面がぐらりと揺れた。

 微細な震動──地震だ。

 数秒のうちに、それは確かな揺れとなり、林道沿いの斜面から崩れかけた岩が、カラカラと転がり落ちる音が響いた。


「くそ、マジか……!」


 ケンがドローンを抱えて後ずさる。


「待って、魔の気配が……近い。はっきり、見えないけど──来る!」


 サチハの声が震えていた。彼女だけが、まだ明瞭には“魔”を視認できないはずだったが、その皮膚感覚には何かを察知する力が宿りつつあった。


「全員、戦闘態勢! リンクなしでも、動くしかない!」


 キズナが叫ぶと、チームの全員が即座に位置を取り、眼鏡を調整した。

 斜面の向こうから、地鳴りのような音が響いた。

 乾いた岩の崩れる音。それは確かに現実の音だった。土砂と共に岩がごろごろと転がり落ち、林道の端をなぎ払う。


「……来たぞ」


 アツがそう呟くと同時に、素早くスマホから刀を転送し、彼の腰元に、一筋の光が浮かんだ。幸い武器の転送は出来るようだ。柄の部分に自らの意思を込めると、重さと冷たさが手の中に“感じられる”。


「こっちは、山肌が崩れてきてる!」


 ランが叫ぶ。頭上に注意を向けながら矢をつがえるが、眼鏡は反応しない。彼女の視界に“敵”は映っていなかった。


「魔の反応、ゼロ! リンクも起動しません!」


 サキが叫び、通信デバイスを叩くが、信号は沈黙したままだ。


「目視は不可能です! 私の眼鏡も、ノイズばかりで──!」


「……感じる、でも、いる……!」


 サチハが震えながら言う。目は見開いたままだが、焦点はどこにも合っていない。それでも、彼女の身体は確かに“何か”を感じ取っていた。


「いる……右斜め上。重い……暗い……」


「了解! アツ、右斜め上、距離十メートル!」


「取った!」


 アツが跳び、手にした“刀”を空中に振り抜く。金属の打ち合うような、鈍い衝撃音。誰にも見えない“何か”と、彼の斬撃が交差した。


 マナセも斧を構え、サチハの声に従い、前方へ振り下ろす。斧が空を裂くように落ちると、直後、周囲の空気が一瞬揺れた。衝撃波のような“抵抗”が、明らかにそこにあった。


「効いてる、確かに反応ある!」


「ただの空気じゃない、斬った感触があった!」


 ランが慌てて矢を放ち、弾着点で砂塵を撒き上げる。一瞬だけ、煙の流れが不自然に屈折した。


「煙の奥、中心に何かいる!」


「左回りに包囲、上から崩れる! 落石注意!」


 キズナが指示を出し、チームは即座に動く。キズナの光学的に補正された眼鏡だけが正確に魔を捉えていた。


「眼鏡で補足できる、魔の輪郭、かなり大型!」


「キズナさん! こっちは何も見えない! 情報を!」


「主軸は中央の大岩の下。頭部と思しき濃密な重なりが右側。動きは鈍いけど、外殻が硬そう!」


 キズナは目を細め、仲間たちに情報を口頭で伝える。


「位置は維持、今! アツ、三歩右、切り上げて!」


「了解!」


 指示と同時にアツが再び跳び、斬撃を空間に走らせる。見えない敵の“何か”を、確かに断ち切った感覚があった。


 ──そこに敵がいる。


 ──そこに線が通る。


 キズナとサチハ、ふたつの“感覚”が、仲間たちの“剣”に線を与えていた。



 斜面の上方――野外恐竜博物館では、避難誘導が進む中、観光客の一団が散り散りに逃げるように走っていた。


「走らないで! こっちは安全です! この道を下ってください!」


 村井が声を張り上げ ツアーガイドと連携しながら、動ける人々を先に進ませていく。


 混乱の中、一人の少年が人の波と逆方向へ歩き出した。


「六郎、戻って! 危ないわ!」


 カナの声にも、六郎は振り返らない。彼の目は、斜面の先で座り込んだまま泣く少女を捉えていた。


「……誰かが、そばにいる」


 そう呟くと、六郎は迷わず駆け出した。土煙の中に漂う、ざわりとした気配。その正体はわからないが、少女のそばに“何か”がいる。そう確信していた。


「大丈夫、手を貸すよ」


 差し出した手に少女が応じた瞬間、背後にぞくりとした寒気が走る。振り向くと、かすかに黒い霧のようなものが、腕のように伸びていた。


「……やめろ!」


 六郎は少女を庇って前に立ち、全身で“何か”の接近を拒むように踏み込んだ。空気が裂ける音がした──その時だった。


「──六郎!」


 三郎が駆け寄る。少年の背越しに、確かに揺らめいた気配。そして、それを見据えた眼。


「……見えているのか」


 曾祖父は静かに呟いた。風が、谷を渡って吹いていた。



 魔が、消えた。


 それが誰の合図だったかもわからない。ただ、空気を満たしていた圧のようなものが、ふっと薄れた瞬間――戦っていた者たち全員が、同時に感じ取っていた。


「消えた……?」


 キズナが眼鏡を押さえ、静かに息を吐く。彼女の視界に、今までわずかに見えていた“歪み”の縁も、すっかり消失していた。


「状況終了。地磁気、正常値へ復帰」



 サキが簡易センサーデバイスの値を確認しながら、短く告げた。


「眼鏡のリンクも再確立。復旧したわ」


 周囲には、土砂崩れの痕跡。歪んだ斜面、崩れた小道。あちこちに転がる岩の下から、化石の一部が露出しているのが見えた。

「なんということだ……これでは層そのものが……」


 村井が地面に膝をつき、帽子を取りながら呻いた。


「……40年以上に渡って開いてきた地層が。これじゃあ、発掘どころか台無しだ」


 崩れた斜面の一角では、かつて発掘が進められていた中生代の地層がむき出しになっていた。割れた土の断面。砕けた岩盤。研究者にとって、それは一種の死体損壊にも等しい惨状だった。


 だが、

 そこに、異様な形の骨が一本、露出していた。

 それは、明らかに既知の標本とは異なる曲線と大きさを持っていた。しかも、その奥にはさらに連なる複数の骨の影。


「……この大きさは紛うことなき、竜脚類の大腿骨。その先に仙骨も。これだけあれば相当部分が残っているはずだ! 」


 場の空気が一変した。


 歓声とも悲鳴ともつかぬ声が、現場のスタッフの間で湧き上がった。


 混乱の中、思いもよらぬ“発見”が現れたのだった。


 その少し離れた場所で、三郎は静かにその光景を見つめていた。

 孫の六郎は、すでに他の子供たちとともに、安全な場所に移動していた。だが、先ほど彼が見せた“眼”の強さは、三郎の記憶に深く刻みつけられていた。


「……やはり、“線”は受け継がれるんだな」


 彼は呟くようにそう言い、視線を夕暮れに染まりかけた杉山の稜線へと向けた。あの日の光はまだ、線の先にある。



 日はとっぷり暮れていた。発掘現場を後にした一行は、再びケンの運転するデリカに乗り込み、南を目指す。勝山から北陸道を抜け、新東名に乗るころには、車内はすっかりお通夜状態。

 一度マナセに交代したが、安全運転にケンがシビレを切らす。


 「やっぱり替われ。それじゃ明日どころか明後日になっても着かん」


 ケンに戻ったデリカは新東名120kmの法定速度限界を超えないギリギリを爆走した(かもしれない)


 しかしデリカの巡航速度を大幅に超える激走に、ガソリンメーターはみるみる減り、三度灯るエンプティサイン。


 キズナが、とうとう切れる。


「ケンさんこの車ガソリン食べ過ぎじゃない?ちっとも地球に優しくない!これが現実ってこと!? これが人間社会!?」


 助手席で震えるケン。車内全員が、一瞬、魔より恐ろしいキズナの説教に硬直した。


「いや……先生。ここから先は、下り坂ですから……(希望的観測)」


「……で、あとどれくらい持ちそうなの?」


「ガス欠まで、あと……んー、たぶん、数十キロ?」


「“たぶん”って言ったね今!?!」


 こうして、チームは、疲労と緊張と不穏な笑いに包まれながら、再び非常灯が点滅する新東名を疾走するのであった。

 魔よりも恐ろしい帰路の終わりが、やがて見えることを信じて――。



春が過ぎ、夏が訪れようとしていた。


 勝山の町に、再び静かな熱狂が戻ってきた。地元新聞の一面には、誇らしげな見出しが踊る。


> 【フクイティタン、全身骨格を初発見】

~杉山川上流での地層調査により~


 深く折り重なる地層の中から発見された巨大な大腿骨。その後の慎重な掘削と分析の末、ついに全身に近い骨格が掘り出された。化石クリーニングの専門家たちが歓喜に沸き、発掘現場は一躍、世界的な注目を集めている。“長年の努力が報われた”と語るのは、県立博物館研究員の村井氏だ。


 そのニュースを、ある少年が黙って見つめていた。


 六郎。


  机のそばに一冊の漫画が置かれている。


 タイトルは『眼鏡の女の子』


  それは“魔”と戦う話であり、“線”を引く物語だった。

  そして今、彼は自分の手で、世界を描こうとしている。


 ――物語は、まだ始まったばかりだ。


今回もお読みいただきありがとうございます!

エピソード18は福井県勝山市の恐竜発掘露頭いわゆるボーンベッドを舞台にした回でした。


久々の7人同時バトル


「Save your peace!」の掛け声復活


地磁気異常から始まったバトルは、意外な結果を産み出す事に


次回は「武器」創造の武器のストック「戸隠先生の武器庫」」とは!?

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