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第11話「覚醒」~白い線を引いた日~

本作『描線眼鏡 または師匠の異常な情熱』は、想像力で武器を描き出し、眼鏡を通して“見える世界”と戦う、そんな物語です。


漫画スタジオを舞台に、日常と非日常が交錯する──

青春・バトル・SF、そしてちょっとだけ陰謀めいた物語を、

楽しんでいただければ嬉しいです。


現在は毎週水曜・日曜の21:30更新を予定しています。


ブクマ・感想・評価など、応援いただけるととても励みになります!

 ――国立国会図書館。


  閲覧室の片隅で、週刊文潮の契約記者野田三郎は静かに本を読み込んでいた。机の上には、人事登記、財務諸表、再就職者リスト……。協会にまつわる資料が、付箋とメモと共にずらりと並んでいる。


 ページをめくりながら、彼はひとりごとのように呟いた。


「会社や組織ってのは、案外正直だ。細かいところに、顔を出すんだよ……裏の顔がな」


 手にした資料には、「公益社団法人科学漫画協会」と「国家公務員再就職者名簿」の文字が踊る。


 旧文部省、旧科学技術庁、警察庁、国交省、経産省……省庁名がずらりと並ぶ中、野田はある一行に目をとめた。


「防衛装備庁の元指定職三号級が協会の理事? ……なんで、こんな天下りが成立する?」


 年次報告書を繰りながら、野田の眉がぴくりと動いた。


 古びた政府刊行物の背表紙には「昭和」「平成」「令和」の文字が並び、妙な連続性と断絶を示していた。


「文科省ならともかく……これ、省庁横断でズブズブじゃないか。協会って、一体どこに繋がってる……?」


 思わず顔を上げ、窓の外に目をやる。


 どんよりと曇った空。遠くで微かに響く、災害関連のラジオ音声。


「……描かれない場所に、何を隠してる?」


 そう呟いた野田の視線は、資料ではなく、その先にある“何か”を見つめていた。



 静かなアラート音が、スマートフォンから控えめに響いた。


 早朝の光が差し込む部屋で、アツは寝ぼけ眼のまま画面を覗き込む。


 そこには、協会アプリからの通知が表示されていた。


 《出動注意報:警戒レベル1》l


 アツはしばらくその文言を眺めていたが、ようやく小さくつぶやいた。


「……魔が、出るかもってことか」


 ベッドから起き上がり、いつものように支度をする。



 スタジオの前で、サチハが手を振っていた。


「おはよう!アツ」


「ああ、おはようサチハ」


 同期だから名前で呼び会おうという事にしていた。


 その返しに、サチハは首を傾げながら言った。


「なんか今日、雰囲気がちょっと違うかも?」


「え?」


「視線が……ちょっとだけ、侍っぽい?」


 冗談のように笑うサチハの目は、どこか本気だった。


「そ、そう?」


 スタジオに入ると、他のメンバーたちもすでに来ていた。


 だが、その空気はいつもと微妙に違っていた。賑やかさはあるが、どこか緊張感が漂っている。


 マナセは机に座ったまま、斧のグリップを握るようにペンをいじっている。


 ランは窓の外の空を見つめながら、何かを感じ取ろうとしていた。


 サキは黙々と大型タブレットを操作している。


 キズナはスタジオ奥で、協会の通知をチェックしていた。


 アツは、そっと息を吐いた。


(昨日までと同じ日常……だけど、何かが、変わってる)


 それは、空気の重さでも、朝の光の色でもない。


 自分自身の中に、確かに芽生えたもの――。



 スタジオ中央の大きな作業テーブルに、メンバーたちが集まっていた。


 サキが大型タブレットを起動すると、協会の解析データがモニターに展開される。関東の全体地図、気象レイヤー、重力波グラフが重なって浮かび上がった。


 キズナが椅子に腰掛けたまま、静かに話し始める。


「通知にもあった通り、注意報が発令されています。サキ、状況説明お願い」


「はい」


 サキは立ち上がり、画面を指で操作しながら冷静に言葉を紡いだ。


「重力波観測によると、魔の兆候が湾岸地域に集中しています。ただし、内陸部にも微弱な波形が拡散しており、6時間以内に発生の可能性があります」


 マナセが顔をしかめながら口を挟む。


「気圧と湿度の組み合わせが微妙……ちょっと不穏だよね」

 ランもタブレットを操作しながら言う。


「素粒子の振動パターンも、発生確率が高まってる気がする。いや、ズレてるというか……波長が揃ってない感じ」


 ケンがコーヒーカップを片手に言った。


「現場は湾岸か。今日の大潮とこの天気じゃ、足場は最悪だぞ」


 アツが、おそるおそる問いかける。


「……これで魔が発生するって、どうやってわかるんですか?」


 キズナがアツを見て、説明するように言葉を選んだ。


「魔の発生予測は、天気予報と地震予報の中間くらいの精度。空振りになる時もあるわ」


 そう言って一同を見渡すキズナの目は、すでに戦闘モードに切り替わっていた。


「警報や出動命令はまだ出ていません。が──総合的に判断して、出動します」


 空気が一瞬、ぴんと張り詰める。


 それでも、誰も異を唱える者はいなかった。


 アツは、少し緊張した面持ちで、小さくつぶやく。


「……オレも、行くんだな」



 ワイパーの音が車内にリズムを刻んでいた。


 ケンの改造ミニバンは、重たい雨を切り裂きながら、湾岸方面へと向かっていた。


「こういう時に限って、降るんだよな」


 ハンドルを握ったまま、ケンがぼやく。


「空気が重い……まるで、生きてるみたい」


 2列目のランが、窓の外を見ながらつぶやいた。


 アツは後部座席に座り、静かに外の景色を眺めていた。

 遠くの灯りが、雨粒に滲んでいる。


(怖い。だけど……前とは違う。もう、震えない)


 となりのサチハが、小さな声で呟いた。


「……なんか、変な感じ。魔、だけじゃない気がして……」


 その言葉に、車内の空気が一瞬止まったように感じられた。


 突然、全員の眼鏡が一斉に振動し、アラート音が鳴り響いた。


 次の瞬間、画面に警告が浮かび上がる。


「危険度=SSR」

「ターゲットレンジ=2000m±100m」

「方角=北東」

「予測時間=+00:05:00±02:50」


 サキが即座に読み上げる。


「アラート確認。北東2キロ、自然災害連動……落雷を伴う電気災害です」


 ケンがナビの画面をチラ見して、言葉を継ぐ。


「旧工業団地だな。5分もありゃ着く。みんな準備しとけよ」


 キズナが一同に視線を走らせ、短く指示する。


「各員、適性武器を描画。下車後、直ちにリンクを行って。状況に応じて対応すること」


 後部座席で、アツが隣のサチハに小声で尋ねた。


「……オレらは、どうすれば良いのかな?」


 サチハは目を逸らしながらも、答えた。


「アツは……とりあえず日本刀、描いておけば良いんじゃないかな?」


「基本、それしか出来ないしね……」


 やがて車が旧工業団地の入口に到着する。


 ゴツゴツしたコンクリートの構造物が、雨の中にぼんやりと浮かび上がっていた。


 全員があわただしく車を降りる。雨足は一層強く、空には重い雲が渦巻いていた。


「時間がありません。すぐにシステムリンクを」


 キズナの声に、皆が腰の“ペン”を抜いて応じる。

 それぞれが輪を描くように、ペンを掲げて重ねていく。


「キズナ!」

「ケン!」

「マナセ!」

「ラン!」

「サキ!」

「サチハ!」


 一瞬の間が空いた。


「……アツ!」


 思わず名を呼ばれ、アツも慌ててペンを掲げた。


「Save your peace!」


 かすかな風が、濡れたアスファルトを撫でた。アツは、ペンを握りしめた。



 旧工業団地の奥。廃倉庫が並び、錆びた階段が風でギシギシと鳴っている。


 濡れたアスファルトのそこかしこに出来た水溜まりに、逆光のような稲光が突き刺さった。

 空にうねる黒雲。その中心で、紫がかった閃光が弾ける。


 ──魔が、現れた。


 雷鳴をまとい、半透明の身体に閃光を帯びながら、魔は浮遊する。


 構造物に接触した途端、電流が走り、電柱や鉄骨が火花を散らした。


「うっ……ビュウが一瞬、バグった……けど動いてる!」


 マナセが叫ぶ。装備端末の投影が一瞬ブラックアウトし、自動で再起動する。


「眼鏡の投影が揺れてる……ズレて見える!」


 ランも、視界の異常に目を細める。


「電界干渉。ただの誤差、冷静に」


 サキの声は、あくまで落ち着いていた。全体を俯瞰するような視点で、仲間を支えている。


 その中で、アツは恐る恐る前を見据えていた。


「怖い。けれど──いま、逃げたくはない」


 荒れ狂う雷と魔の放つ“圧”の中でも、はっきりと“見えている”──そう感じていた。


「……見えてる。いける……!」


 アツは深く息を吸い、手にしたペンを抜いた。


 スマートフォンの画面に、指先が触れる。イメージは、ただひとつ──“刀”。


 生成された日本刀の刃が、雷光にきらめく。


「連携優先。視界は私が補正する。チームビュウ接続──」


 キズナが戦術マップを投影し、視界を共有。


 全員の眼鏡に、立体的な空間図と魔の位置情報が重なる。


 魔の動きが速い。変則的だ。雷を纏い、視覚が歪むたびに座標がずれる。


 その死角に、魔が──ランの背後に回る。


「ランさん、今! 撃って!」


 アツの声が、タイミングを告げた。


 ランが即座に反応し、矢の形に描かれた光の弾を放つ。


「ありがとう、アツくん!」


 着弾。その直後、マナセが斧を構え、跳び込む。


「ドッカーン!」


 重い一撃が、魔の表面を裂いた。黒い電光が霧散する。


(動ける。考えながら戦える……怖さより、今は前を向ける──!)


 アツは自然に身体を動かしていた。


 もはや恐怖よりも、仲間との連携が先に立つ。


 そのとき、魔の中心部が、一瞬だけ露出した。雷のフラッシュが周囲を包む。


「今! 波形安定、コア露出!」


 サキが叫ぶ。


 アツは力を込めて地を蹴った。


 刃を構え、ひたすらに真っ直ぐ──その核心を断ち斬る。


「──オレがやる!」


 白刃一閃


 閃光。雷鳴。衝撃。


 次の瞬間、魔の身体は音もなく崩れ──光の粒子となって、雨の空へと消えていった。



 戦いが終わった。


 旧工業団地に漂っていた緊張の空気が、静かに和らいでいく。

 ケンのミニバンが、濡れた道路をゆっくりと滑っていく。

 ワイパーは、もうほとんど仕事をしていない。雨は、ほとんど止みかけていた。


 車内に、ほっとしたような息が流れる。


 アツは最後列の席で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 街の灯が、雨粒越しに滲んでいる。


(……終わった。ちゃんと、やれた。たぶん)


 隣でサチハが軽くうなずき、小さく微笑む。


 前の席では、マナセがうとうとと船を漕ぎ、ランは外を見つめながら静かに頬杖をついていた。


 みんな、疲れていた。


 だが、誰も口には出さないまでも、確かな「達成感」があった。


 *


 その夜遅く。

 スタジオの照明はほとんど落ち、明かりのあるのはモニター前の一角だけだった。


 サキが一人、作業机に残っていた。


 ディスプレイには、今日の戦闘ログが映し出されている。

 グラフと波形、時系列マップ、重力波の変動……冷静に、それを読み取っていく。


 サキは画面の一部を拡大表示し、眉を寄せた。


「あれ……波形が……2つ? 重なってる……?」


 彼女の視線が鋭くなる。


 表示されたログには、通常の魔の波形に交差するように、微弱だが明らかに異なるもうひとつの波形が──。


 それは、魔とは違う“何か”だった。


(……通常の“魔”の波形と、似て非なる干渉体の反応……?)


 サキは、すぐに結論を出さなかった。


 ただ、ゆっくりとメモを取り、ファイルにフラグを立てて保存する。


 画面に照らされた彼女の瞳が、わずかに光る。


 そして──静かに、スタジオの照明が落ちる。



 翌朝。


 朝焼けの気配すらまだ感じられない時刻。外は薄曇り。

 スタジオの窓には、夜の名残を含んだ冷たい光が差し込んでいた。


 ドアの開く音が響く。


「……おはようございます……っと」


 ネクタイをゆるめたままのスーツ姿で、集談館のエリック・フクハラがひょっこりと姿を現した。


 彼の足取りは慎重で、やや物陰をうかがうような雰囲気さえある。


 奥の作業机にはキズナがいた。


 パジャマのまま、椅子に座り込み、髪をぐしゃぐしゃにしながら何やら描き込んでいる。


 手前ではケンがコーヒーを淹れていた。


 その隣で、アツが昨夜の後片付けを手伝っている。


「おっ、アツくん。元気そうで何より」


 フクハラが軽く手を挙げる。


「あ……どうも、編集さん」


 アツはやや気まずそうに挨拶を返す。


 フクハラは机の上の散らかった資料やカップ麺の空容器を見回して、声を潜めた。


「……明日の19時半が締切だけど、ネーム……まだ上がってないよね?」


 ケンが苦笑する。


「まあ、いつも通りです」


「……うん。でもさあ、今回はパイロット版て事だけど実質本格連載に持ってく予定でさ……

 しかも企画段階で結構ゴリ押ししたから、上もちょっとピリついててさ……」


 フクハラがちらりと奥のキズナに目をやる。


 彼女は手を止めることなく、ペン先を走らせ続けていた。


「……なんか、怖いくらい集中してる気がするんだけど……大丈夫?」


 ケンがコーヒーを差し出しながら肩をすくめる。


「ええ、まあ。締切前はいつも戦場ですから」


 フクハラはその言葉に、ふと反応した。


「戦場……ねえ。いや、ほんと、空気がそういう感じなんだよ……」


 コーヒーを口に運びながら、フクハラはアツに向き直る。


「アツくん。さあ、聞いてよ。同郷のよしみでさ」


「え、はい……」


「僕さ、編集って“空気読む”のが仕事だと思ってるんだよ。

 でもこのスタジオの空気って、読もうとすると逆に飲まれる感じがあるっていうか……

 なんだろう……まるで、“どこかから帰ってきた人たち”っていうか……」


 アツは一瞬、息を詰まらせた。


 視線を落とし、黙って頷く。


 フクハラもまた、言葉を切り、奥のキズナをちらりと見る。


「……でも、信じるしかないんだよね。

 間に合わせるって言うなら、それを支えるしかない。……作る人を、守るのが僕らの仕事だから」


 そう言って、フクハラはそっとコーヒーカップを置くと、静かにスタジオをあとにした。


 残されたスタジオに、穏やかな時間が戻る。


 パタパタというペンの音だけが、朝の空気に心地よく響いていた。



ご覧いただきありがとうございます。

第11話「覚醒」、いかがでしたでしょうか。


今回はアツが“ただの新人”から一歩踏み出す転機の回でした。

線を描く者としての「自覚」、仲間と向き合う「視線」、

そして世界との「境界線」――そのすべてが交差する一瞬を目指しました。


次回「締切」では、アツと仲間たちが「創作」と「戦場」を同時に走り抜ける狂騒に挑みます。

どうぞ引き続きお付き合いください。


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