5、ようやく見つけた
【???視点】
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ぶわり、と一閃の風が顔の視界の端にいくつもの葉を舞い上げた。
手元の本ばかりに目がいっていたが、突然の突風に驚いて顔を上げると、人の姿が目に入った。
背の高い男に遮られて長くは見ることは叶わなかったが、たった一瞬でもまるで時間が止まった様に感じた。
——あのお方だ……!——
目の奥に焼きついた、強烈に馴染みのある、あの瞳。
急速に、心臓がうねるような感覚。
目が離せない。瞬きすら惜しい。
破裂しそうなほどに血が体に回る。
息が止まる———。
何度も、何度も夢に見た。
焦がれて仕方がなかった。
あれは、あれは絶対。
間違いない。
会いたかった。
俺の……
俺の唯一の主
「ようやく会えた……」
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ゾワワわわ。
ごきげんよう。山田です。
貴女は前世を覚えていますか?
私の家族はなんと、全員元・異世界からの転生者だったのである。
ちなみに私は全く覚えていない。
私だけ何もない様で、少し寂しい時もあるけれど、気にしてない。
気にしたって仕方がない。
これは私の愉快な転生家族とその周りの人達の議事録である。
先週から悪寒そして先日から視線を感じる。
心なしか夢見も悪い。
日に日に粘り気のある視線に感じるのは気のせいだろうか。頭の先から足の先までじっくり見られている様な……。ゾワっ。
家の玄関口を出て、いつも通りの通学路を通る。
学校までは徒歩10分。
大した距離じゃない。
そんな距離でこんなに視線を感じることなどそうそう無いのにな。なんだか気味が悪い。
これはもしや、私にも前世の能力的な何かが開花しちゃう??
「うぅっ、悪寒が……やっぱり私にも特殊能力みたいなものが目覚めたのかな……!?」
「悪寒が能力かい?それはどうもしょぼくないかい?」
「真田さん」
隣から降りかかった声の方向を向けば、ニッカリと爽やかな笑顔で微笑む真田さんが居た。
ささやかなそよ風が髪をふわり持ち上げる。
いささか馴れ馴れしいが、軟派な感じが無いのは、溢れんばかりの清潔感のせいだろう。口元のほくろがややセクシーさを演出してはいるものの、Tシャツにジャケット、スラックスというシンプルな服装が爽やかさを演出している。
清潔感溢れるこの男の名前は真田勇弦。元・勇者、である。
「勇弦で良いと言ったじゃないか」
「いや、年上じゃん」
「年のくくりにあまり意味はない、と僕は思うがね。なんせ、前世からカウントしたらとんでもない年齢だ。……気になると言うのであれば、特別、君にゆーちゃんと呼ぶ名誉をあげよう。なんと言っても君は僕の聖女様だからね」
何が聖女やねん。
朝から。何を言うてんねん。
「よくそんな恥ずかしい事言えますね」
「まぁね!女の子はみんな僕のお姫様だよ!」
「調子がいい」
「ははっ君のお母さんにも随分お世話になったものだよ〜、いやほんと強かったよね。冒険者ってみんなあんなに強いのかなぁ。楽させてもらったなぁ……僕いらない?聖剣が泣くよね」
「調子よすぎ!」
「絶好調だよ!僕は楽できる事は全力で楽をする主義なんだ、前世からね」
「わぁ、スゴイネ……」
「感銘の声をありがとう!」
「呆れてんだよ!」
さすがは勇者。天性の善属性。転生なだけに。期待を裏切らない勇者感。
さて、悪寒だったかな?と、私の叫びを華麗にスルーした真田さんの腕が伸び、ひんやりとした手が額にぴたりと当てられる。
この動作には特に特別な意味はない。
ただの熱があるかの確認だろう。問診だ。
私はそれが分かっているが、朝のこの時間、通勤、通学時間という事もあり、周囲にいた人がハッと息を呑むのが分かった。
チラリと周囲を見れば、顔を赤く染める通勤中の女性。むすっとした表情でじっとりと睨むハイヒールのお姉様、などなど。黙って前を向き直すことにしよう。うん。さすが勇者。さすが初恋キラー。
一体これで何人の女子を誑かしたのだろうか……。
「ふむふむ、熱はなさそうだね」
そんな周囲の視線を知ってか知らずか、明るい声で真田さんはにこりと微笑んだ。
「お医者さんがそう言うなら安心だね」
「そうだね。気分が悪くなったらいつでもおいで」
じゃ、僕こっち!と目の前にドドンと鎮座する病院を指差してさっさと行ってしまった。
言わなくてもわかるぞ。
こうして私を見かけると一緒に歩いては女除けに使われるのである。
使えるものは使って行こうという気概がすごい。モテそうだもんなぁ。あの人。
イケメン医者、強いな。
真田さんの真面目に不真面目は今に始まった事じゃないんだなぁ。無表情で真田さんを助ける母の姿、見た事もないのに容易く想像できて面白い。
思わずクスッと笑ってしまう。これは元転生者が家族に居る特権なのかも。
家族が転生者でなければ、きっとこんなふうに話すことはなかったはずだ。そう思うと、少し寂しい気がする。
———もし、誰かが私の前世の事を知っていたなら。私も何か思い出したりするんだろうか……。
「あの!!」
「———!」
あと一歩で学校の門を潜る、というところで、大きな声と共に、腕が引かれて体がグン、と後ろへ後退した。
ぼんやりと考え事をして歩いていた自分が悪いと言えば悪いし、気を抜いていたとも言える。
うっかり油断していた、なんて言い方も適切かも。
ハッとした頃には遅く、思わぬ静止に体は勢いよく、引っ張られるままに何かにぶつかった。
顔に柔らかな衝撃があり、「う」と思わず声が出た。
ふわりと香る、石鹸の香りと柔らかなシャツの感触によって引き寄せられた反動でぐるりと体は回転し、顔面からその何かにぶつかった事に気がついた。
……ぶつかった?
「むぐぐ、へ!?だ、誰!?」
「あ、は、すみま、やわらか……!」
いや、あれ……?これは、胸板?
ワタワタと少し慌てた様な声が聞こえるも、離れようと力を入れても体はびくともしなかった。
支えるというよりも、抱きしめられてる!?
周囲から興味本意の黄色い悲鳴とコソコソ話す声が耳に入った。
ここがどこだったか。
そう、学校だ……!
羞恥で顔が一気に沸騰するのを感じて、今度こそ、と思い切り押しのけるも、ガッチリとホールドされて動けない。
「ちょ、なに!?なに!?離して……!」
「俺です……覚えておられませんかっ、この命に変えても何者からも貴女だけをお守りすると誓ったあなたの僕のカロンです!!ああっようやく……!」
「ちょ、ひっんんっ」
「ああ、すみません。貴女をもっと身近で感じたくて……」
耳元に低い声が囁く。
歓喜余った様に搾り出した声が少し掠れて脳に響く。唇が首筋に当たって、肌に呼吸が当たる。その熱さに背中にぞわりと何かが走った。
「ああ、ようやくこの手で触れられるっ……!先週、一瞬でしたが俺には分かりました、貴女だと!
……その前に……さっきの男を消しましょう。そもそもあの男に貴女に近づく資格はないです、必要すらない。馴れ馴れしい。」
「は?」
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前世は勇者、今世は医者。やはり自分は人を助けたいという気持ちは変わらないようだ。
聖剣の様な物理的な力や補助はないけれど、自分の前世を覚えているだなんて、これだけでも神様からのプレゼント、ギフテッドだ。
彼女は全く覚えていない様だが。
———それは言っても仕方がない。今世で再開できるだけでも御の字、いやそれ以上の奇跡だ。彼女と軽口が言い合えるのは心地がいい。
伊達に徳を積んでないな、僕。
足早に更衣室へ向かう途中、ふと窓の外を見ると、先ほど別れた彼女、真名ちゃんの姿が見えた。
腹の中にざわざわと重く黒い何かが湧き上がる。
眉間に力が入る。
———そこには誰かに抱きしめられている真名ちゃんの姿が見えた。
「は?」
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
登場人物……【元 勇者】真田勇弦……真面目に不真面目な勇者だった。実力はあるが、サボる方法を探ることに余念がない。しかし志は高く、世のため人のために力を尽くす善良な人間。現世では医者。
カロン……何かありそうな元シモベ。ややヤンデレ。
いかがでしたでしょうか? ようやく元シモベ登場と相成りました。そして毎度お馴染み変態臭。
楽しんで頂けましたら幸いでございます!
◯お願い◯
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