4、自称探偵
これはここ数年の間に気がついた事なのだが、私の住んでいる京都には、実は転生者が多いようだ。何かの縁があって引き寄せられているのかもしれない。
これは私が元・転生者達に囲まれて生活しているせいかもしれない。
転生者は私の家族だけではないらしい。
類は友を呼ぶとも言うように、吸い寄せられるように人は集まるものらしい。変人の友人が変人であるように、転生者の友人も転生者になるようで。
このような出会いが偶然か、必然か。
探して探されたから?
互いの人生の歯車がどうやって噛み合ったのか。当事者でない私にはただただ想像を巡らす他ない。
ふと、すれ違う人の会話が耳に入ると、おや?と思う事、多数。
「あら、トランティッタ……じゃなかったわね!今の名前はたしか……そうそう虎ちゃんだったわね!」
「ふふ、そうよ、ヴァイオレット……じゃなくて紫さん!ふふ」
ほらあっちにも。
「この世界は随分と平和になったもんだねぇ」
「ほんとほんと。野良魔物に比べたら、ネズミやモグラなんて可愛いもんだ」
こっちにも。
盗み聞きなんて言ってくれるな。
これは私の小さな趣味で、ちょっとした仕事のようなもの。
「って、仕事はちょっと違うな……」
仕事なんてかっこよく言ってみたが、変わった家族と自覚したあたりで人間観察が癖になってしまっただけなのだ。
学校の先生が、「先生なんてなー、野生の人喰植物に当たって何回死んだことか……おっと、野草!野草食ってね!腹がね!腹が死んだの!みんなは拾い食いはするなよー先生みたいに!」なんて随分とデンジャラスな経験をうっかり口にした事もある。元冒険者かな?
私の家にはよくよく父や母の友人達がやってくる。
それはそれはおかしな人たちなのだけれど、父と母の、記憶を共有した古い大切な友人達。
時折彼らは探し物をするのだ。
古い友人が、もしかしたら、自分と同じように転生しているのではないかと。もしかしたら向こうも探しているんじゃないか、って。
探し物というのはとても不思議なもので、探している人の前にはなかなか現れないもので。ふと、視界の隅っこからひょっこり出てきて、縁もゆかりもない人が偶然見つけたりするのが世の常だ。
これは私の勝手な考えであるのだが、記憶というのは曖昧で、とても気分屋なのではないかと思っている。
どんなに焦がれていても、どんなに求めていても、相手には米粒ほども記憶が無い事だってある。
私のように。
何にもないかもしれないのだ。
もし探していた人が全然覚えていなかったら?
もし何も思い出せなかったら?
兎にも角にも聞いてみれば事は進むだろうけど、突然「異世界の記憶ありますか?」なんて聞かれたら変質者だと思うに違いない。
母と父の大事な友人を変態にするには心が痛む。
だからこそ、こっそり私が様子を見るのだ。
こっそりこっそり。
私は異世界探偵と呼んでいる。自称である。
さて、極めて普通の女子高校生である私は、部活動にも積極的に参加する動的なタイプではないわけで。
午後3時から午後4時という、そろそろ夕方に差し掛かろうと言う時間帯。遠くでカラスが鳴く声がいかにも帰宅時間を知らせる時間帯にいつも下校している。
え?青春がない?
無問題。
我が家の家族だけでお腹いっぱいだ。
———そんな事を考え始めた時、
「あれぇ、真名ちゃんだ。やっほーえへへ〜、だーれだ!」
「わっ」
楽しげで、軽やか。そして妙に耳に残る声が背後から聞こえた。それと同時に、熱すぎず、冷たすぎない温度によって視界は暗転する。
あまりにも突然に暖かな体温が顔を包み込んだので、とっさにいろんな想像が巡る。変質者?変態?やばい?なんて考えながら、その中に浮かんだ顔の中に数人父と母の友人が紛れ込んでいて、いよいよ真面目でまともからは遠くなってるような……。いやいや、私は至って平凡だけど、周りがおかしいわけで。
その声はさっき頭に浮かんだ1人。父と母のかつての古い友人。
「———この軽薄そうな声は……桜田風……でしょ」
「わぁ〜お、あったりぃ」
ふわふわと掴みどころのない中性的な声と共に、視界が解放されて明るい世界が広がった。
振り返ると、私のすぐ後ろで背の高い男が覆い被さるように、はたまた包み込むようにそこに居た。
ホワホワとした、穏やかで間延びした声色とは真逆の、ニヒルな笑みを浮かべているのは桜田風。父と母の古い友人、風さんだ。
垂れ目に形の良い唇。スッと通った高い鼻。
アイドルなんかに居そうな顔である。世間一般的な、美形。
しかし一般常識を兼ね揃えた成人男性は女子高生の顔を無闇に触ったりはしないものだと思う。その点は、いくら美形であろうとイケメンであろうと誤魔化せないものがある。
強く責める気にならないのは彼の人懐こい空気感と、無邪気な性格のせいだろうか。
何故かいつも許せてしまうのである。
「何が、あったりぃ、ですか。知り合いだからいいものの、これは見る人が見たら犯罪です」
「わお、こんなイケメン捕まえて〜酷いこと言うなぁ……だーいじょうぶ、ほらごらん。僕たちしか居ないから」
「え?」
は、として周囲を見渡せば、誰も。
それこそ誰も居なかった。
こんなガッツリ下校ど真ん中タイムなのに?
観光大国京都で?
周りを見渡せば、確かに自分達しか見当たらない。毎日あんなに観光客を見かけると言うのに。
「ま、魔術…?」
「ははっいいね〜魔術師と一緒にされては僕としては不愉快極まりないが、真名ちゃんだから許そうかな。うわぁ、僕ってば優しい魔法使いだなぁ」
特別だよ、とふざけたように、いや、実際ふざけているんだと思うが、大きな瞳を細めていたずらっ子の様にウインクをするこの自称元・魔法使いは、父と母の古い友人だと言っていた。
周囲を意識した途端に、石畳を叩く複数の足音や、車の気配、すぐそばを通り過ぎていく人達が視界の端に入った。
やっぱり魔術だったんじゃないか、と思わざるをえない。
「さて、変な虫に捕まったりしないようにお家に帰ろうね〜」
「変な虫は貴方です」
「わぁ!失礼だな〜」
風さん、もとい、元・優しい魔法使いは、ヒョロリと長い体を優雅に捻って、長い足をゆっくりと踏み出した。
初夏にふさわしい白のタンクトップに変な柄のワイシャツをふわりと肩にかけて、半端な丈のジーンズを履いている。
足が長いのか、はたまたジーンズが短いのか。
彼の性格を考えると、足が長すぎてただ単純に長さが足りていない、に1票入れたいと思う。
それでも決まって見えるのは見た目の良さのせいだろうか。イケメンってお得だ。
並んで歩けば、隣に立った風さんは、ふーっと細いため息を漏らした。
それから、なんともわざとらしい困った顔でゆっくり首を左右に振るのだ。
「まぁ、真名ちゃんは変な虫に捕まるより変な虫を捕まえるのが上手いからなぁ〜お兄さんは心配だな」
「私虫なんて捕まえた事ないですけど。虫は苦手です」
「ん〜……ツレナイねぇ〜」
どちらかというとかなり虫は嫌いだし、そんなことは風さんも知ってるはずだけど。
「わっ」
突然、突風のような風が背中を押し上げるように吹いた。
木々の青々とした葉が、突如湧き上がるようにしてやってきた風によってぶわりと空中に舞い上る。
「なに、これ」
「さぁ?なんだろうね。虫が、居たのかも」
一瞬、風さんの瞳が冷たくどこかを捉えた。
その方向を見るために私も視線を移動させようとすると、風さんはトンとまるで急かす様に背中を押した。
家までお兄さんが送ってあげよう!と風さんの長い足がぐんぐんと進み始めたので、私は慌てて追いかける。足が長い。モデルか!
いや、風さんの仕事は小説家だと言っていたのでモデルではないか。長い足が勿体無い、なんて本人以外の人間が思うのはおかしいだろう。いち高校生がモデルとして雇えるわけもないけれど、ポーズを決める風さんを想像するのは、いともたやすい事だった。大いにナチュラル。
そんな私を知ってか知らずか、流し目でウインクしてくる風さんは魔法使いと言うのは存外今も継続中なのではないかと疑いたくなる程である。
だって、あまりにも心の中を見透かされている感じがするから。
ちょっとドキドキしたのは内緒にしておきたい。
突然、きゅ、と肩を抱かれて体が少しよろめいた。驚いて肩に回った風さんの手を叩くと、すれ違った人と目があった。
たった一瞬だったけど、まるでカチッと時間が止まったような、切り取られたような、変な感覚に自然と眉に力が入った。デジャブ、のような。
以前もどこかであの瞳を見たようなそんな気がして仕方がなかった。
人とすれ違うなんて毎日、毎時間レベルであることだ。気にしても、それこそ仕方がない。
———私はこの時気が付かなかった。
風さんが小さく舌打ちしている事も。
すれ違った人がいつまでもこちらを振り返って見つめている事も。
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「———チッ……あーあ、あいつも居たのか……どうしてやろうか」
「え?」
「なーんでもなーい!ほら、急いで帰ろうっ!」
桜田風……元魔法使いだった父と母の古い友人のお兄さん。23歳。足が長い。腕が長い。顔がいい。190cm。どうやら過去を知ってる…かも?とにかく優しい。
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