3、VSパン派
私は朝ごはんはパン派である。
目の前に置かれたこんがり焼けた食パンと四角いバター、そして四つくっついたタイプのヨーグルト。
毎日このセットかと聞かれると、別にそんなこだわりは無く、なんとなく習慣で日によって変わる6枚か5枚かに切り分けられたスーパーで売っている食パンのそれだ。
塩気が少し多くてモサモサしたパンの耳も焼いてバターを塗ってしまえばいい塩梅に気にならない。なんてグルメぶってみたが、この感想を誰かとシェアした事はない。
1番近くで1番多く顔を合わせるはずの家族は、そもそもパン派ではないのだ。
「あー!しまった!こんなはずではっ」
「……」
ハキハキとわざとらしい声色が毎日お決まりのセリフと共に元気よくキッチンで跳ねた。
ついでに謎の緑色をした液体?……固体?も一緒にベトンッと、硬いのか柔らかいのかわからない変な音をして床に落下した。
地面で散り散りになっている。
悲惨だわ。
私から言える事はもはや何もないだろう。
なんだか臭いよ、くらいか?それも、もはや日常の一部なのでわざわざツッコむのも億劫。
この臭いがなんの臭いか知りたいか?私は知りたくない。
口元に運んでいたお気に入りの大きなマグカップから、緑の何かが飛び散った事故現場を覗き見しつつ、視線を上へとスライドして父を見る。
そうすれば、父の細められた目が私を捉えて、可愛らしくウインクを飛ばすが、いかんせん父の手元にあるものは全然可愛くない出来栄えだったためにプラマイゼロ。むしろマイナス。美しい顔立ちの兄の親というだけあって美しい顔ではあるが、それも打ち消す謎の朝食の破壊力。
なんだそれは。炭かな?
失敗しようが、成功しようが見たこともない食べ物が目の前に現れるのだ。
絶対私はパン派だ。譲らないぞ。
「あー、ヤダヤダ。今日こそはこの時期にゾーヤで食べていた食事を再現できそうな気がしたんだけどなぁ。いや、アレは本当に美味だったなぁ。あ〜……爆発しなくてよかった……」
「……気をつけろよ」
「わーん、心配してくれたのかい!?ありがとうイルダ……じゃなかった、衣留美」
母はいつだって父のする事には文句は言わない主義なのか、一言、「気をつけろ」それだけだ。
今日も表情筋はぴくりとも動いていない。
すごいな。さすがは前世冒険者。多少のトラブルにはビクともせずに、黙々とプロテインをシェイクしている。その間に卵を喉に流し込むのも忘れない。
私が朝食はパン派だとしたら、母は素材そのまま美味しくいただくシンプルスタイル。環境にやさしいね。父はデンジャラス異世界料理スタイルと言ったところか。
父の言う、「ゾーヤ」という聞いたことのない地名は、前世で行ったことのある国の名前らしい。
想像もつかないが、いつも得体の知れない食べ物を作っては「見た目はいい感じなんだけどなぁ」とぼやいているので、行きたいとは到底思えなかった。
父と母は実は家に居るのは珍しい。
レアだ。
今回は1ヶ月もちゃんと家に居る。すごい。
異世界風に言えば、ダンジョン探して冒険癖。現代風に言えば旅行好きと言えるだろう。
父と母はその特性を生かして仕事として世界中飛び回っている。長期の出張も平気なようだ。
とはいえ、ずっと不在ではない。
今はその家に居る珍しい期間らしい。
家に居る間は大体この光景だ。
物心ついた頃からこれだから、もう慣れた。
名前を時々言い間違えるのも、前世の名残なんだろう。
どうやら、前世でも知り合いだったらしい。
どんな仲だったのかは聞く機会がなくてまだちゃんと聞いたことはない。
今が幸せそうだから、私が気にすることではないと思っている。
異世界からの記憶が残っていて、古い古い知り合いに会えたとしたら、もしかしたらすごい好きな相手だったら、それはなんて幸せな光景なんだろう。父と母がそうであるなら、大きな大きな奇跡なんだろう。
だって、不思議だ。
こんな広い世界の中で生まれ変わって違う世界で再開するなんて、なんとも奇跡的でありえない事な気がする。
なのに、私の周りには転生者で溢れている。
不思議で仕方がない。
こんなにたくさんの転生者がいるのだから、覚えていないだけで実はみんな何処かから転生してやってきた誰かだったんじゃないか———。
なんて。
私にはこれっぽちも前世の記憶なるものはないので、この人生が初めて、一周目、一巡り目なのだろう。それが平々凡々。最高じゃないか。
平凡な私と、奇跡で非凡な家族。
これが私の日常だ。
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