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 お花が舞う季節が、また何回か過ぎた。

 つむぎだけじゃなくて、そらも大きなバックを背負って、朝出ていくようになった。


 もうそらが無理やりわたしを握ってくることも、毛を引っ張ることも、突進してくることもなくなった。だけどそらは今でも毎日むぎゅって抱きついてくる。


 いつの間にか、わたしとタロチャンより全然小さかったつむぎも、そらも、全然大きくなってしまった。


 少し前からはつむぎとそらと、わたしとタロチャンでお散歩に行く日も増えた。ひまりと歩けないのは寂しいけれど、つむぎとそらと歩くときはいつもは行かない公園に寄ったり、楽しみもあるんだ。

 つむぎのお友達にもよく会う。わたしとタロチャンはみんなの人気者なんだ。


「可愛い~!」

「つむぎちゃんちのワンちゃん、大人しくていい子だね」


 つむぎのお友達はわたしを優しく撫でてくれるから大好き。

 もちろん、ひまりとお散歩に行く日もあるよ。



 そんな穏やかな日々が、ずっと続くんだと思っていた。



 いつからか、わたしはたまに胸が苦しくなるようになった。以前のように走ると息が上がって、大好きだったボールも追いかけられなくなってしまった。

 わたし、どうしたんだろう。


「ハナちゃん、最近ずっと具合悪そうなの。病院行ってくるね」

「うん。もういい歳だからな。何ともないといいけど」


 タロチャンが一緒じゃないのを不思議に思いながらひまりとおうちを出た。お散歩だと思ったのに、着いたのはわたしが嫌いな場所だった。

 抵抗もむなしく、わたしはしばらく震える時を過ごしたのだった。



 わたしはおうちにもどると真っ先にタロチャンに擦り寄った。

 怖かったよおおぉ。

 タロチャンはそんなわたしを慰めてくれた。タロチャン大好き。ピッタリとくっついて横になったら、安心したのもあって、少し眠くなってきた。


「ハナちゃんどうだった?」

「少し心臓が弱ってるって。薬をもらったから、それでしばらく様子をみるみたい。飲んでくれるかな」


 その夜から、わたしのごはんになんだか苦いものが混じるようになった。最初はわからなかったけれど、これが苦いってすぐにわかるようになった。それを避けて食べていたら、もう苦いのは混ぜられなくなった。


「ハナちゃん、薬飲んでくれてる?」

「餌に混ぜてみたけどすぐにバレちゃって。今はおやつに埋め込んであげるようにしてるの。今のところバレてないけど、時間の問題かも」

「新しい、紛れ込ませやすそうなおやつを探してみるか」

「うん」



 それからわたしは、ゆっくり散歩をするようになった。タロチャンはわたしのすぐ横にいつもいる。まるでおじいさんと散歩していたときのよう。だけどタロチャンもあの頃と違って、合わせているわけじゃなくて、ゆっくりの散歩がちょうどいいんだってわたしは知っている。


 ボールを見てもフリスビーを見ても、もう全然ときめかなくなってしまった。


 だからといって楽しいことがないわけじゃない。

 散歩の時間が減った分、おうちでひまりやつむぎに撫でてもらう時間が増えた。


「つむぎとそらの宿題見張っててくれてるの?」

「見張ってなくてもわたしはちゃんとやるよ」

「ボクも」

「そらはいつもすぐどっか行っちゃうでしょ?」


 つむぎとそらが机に向かっているのを眺めるのが、わたしの今の仕事だ。二人とも自分で動くようになったし、わたしよりも全然大きくなってしまったけれど、今でもわたしの妹と弟だ。ちゃんと見てなくちゃ。


 タロチャンもわたしも、おうちでゆっくり寝ている時間が多くなった。お昼寝は最高。タロチャンとわたししかいないからとっても静かだし、窓際の日向は心地いい。



 もう一度、花が舞う季節が過ぎた。

 わたしはいつのまにか自分で歩くのが難しくなってしまった。小さかったつむぎとそらが乗っていたような乗り物に、今度はわたしが乗っている。


「桜が散っちゃったね。でもようやく人が少なくなって、ゆっくりお散歩できるようになってよかったね」


 最近のお散歩はひまりかショウタサンとわたしとタロチャン。つむぎやそらは走ったりするから、わたしもタロチャンもついていけないのだ。


 タロチャンはわたしの乗っている乗り物の横で、のんびりと歩いている。タロチャンもたまに息苦しそうになるから、途中でいっぱい休憩をする。


「ちょっと下まで降りてみようか。タロちゃん、行けそう? そこまで行ったら少し休もう」


 ひまりはわたしを抱き上げて、坂道を下った。タロチャンもゆっくりとついてくる。


「あ、ハナちゃん、見て。カモが泳いでるよ」


 ひまりの指差す先を見ると、川の中に鳥が浮いている。あれを追い回すのが好きだった。わたしが勢いよく出ていくと、バササッと一斉に飛び立つんだ。

 わたしはその姿を思い浮かべる。今でも鳥が空に向かっている気がして、楽しくなった。


「菜の花が綺麗だね」


 わたしは今でもひまりの言っていることの多くはわからない。だけど、わかることもある。ひまりはこの場所が好きなんだ。だって、とってもいい顔をしているもの。

 わたしもここが好きだよ。ひまりと一番たくさん歩いた、この場所が。

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