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 いつもより遅い時間に散歩に出てお兄さんとタロチャンに会ってから、そのくらいの時間に散歩に出る日が増えた。


「ハナちゃん、遅くなってごめんね。最近仕事がちょっと忙しくて。でも夜でも温かくなったし、日も伸びたからいいよね? ほら、タロちゃんにも会えるかもしれないし……」


 日中は暑くなってきたので、夕方の散歩の方が気持ちがいい。わたしは寒いのより暑いほうが苦手なのだ。

 それに、この時間だとお兄さんと一緒のタロチャンに会えることもある。毎回じゃないけど。今日は会えるかな? 会えた日はいつもよりも長めに一緒に歩くのだ。とても楽しい。




「ハナちゃん、明日はタロちゃんと一緒に公園に行くよ。翔太さんが連れてってくれるんだって」


 どこか嬉しそうにひまりは服を並べている。


「どれを着たらいいと思う? これかな、でも散歩だから、さすがにスカートはよくないよね。こっちだと仕事の時っぽくなっちゃうかな。ハナちゃん、どう思う?」


 ひまりは服を自分の身体にあてながら、わたしの方を見た。わたしは何を言われているのか分からなくて首を傾げる。


「そうだよね、やっぱこれじゃないよね。うん。こっちにしよう。楽しみだね、ハナちゃん。おやつも持っていこうね」


 翌日、ひまりとわたしは車に乗っていた。ひまりは車を持っていないから、車に乗るのは久しぶりだ。

 なんといっても、隣にタロチャンがいる。わたしは嬉しい。


「今日はありがとうございます。青空公園は広くて好きなんですけど、車がないのでなかなか行けなくて」

「いえいえこちらこそ。一緒に散歩してもらえるとタロウが喜びます」

「ハナちゃんもとても喜んでます」


 久しぶりの青空公園で、しかもタロチャンがいる。わたしはめいっぱい走り回った。途中でひまりがボールを投げてくれた。タロチャンはフリスビーが好きらしい。お兄さんと走り回っている。


「はぁ、ちょっと休憩。ハナちゃんたちも水を飲もうか」


 ひまりが水を出してくれたので、わたしとタロチャンは一緒に飲んだ。口をつけてから、喉が渇いていたんだと気が付いて、いっぱい飲んだ。


「ふふ、タロちゃんのこの垂れ耳が可愛いんですよね。あと鼻周りだけ黒いのも可愛いです。何の犬種なんでしょうね?」

「なにせ捨て犬だったので、全く分からないんです。雑種なんでしょうけど、何が混ざってるんでしょうね」

「こんなに可愛い子を捨てるなんて、信じられないわ」

「本当にね。ばあさんによると、じいさんが拾った当初は弱り切っていて、ひどい状態だったらしいですよ。じいさんはすでにボケてたんですけど、その時だけはなぜかすごくはっきりした様子で動物病院に駆け込んだらしいです。あ、これあげて大丈夫ですか?」


 水を飲み終えると、お兄さんがおやつを袋から出した。尻尾を振って見上げると、お兄さんはわたしにもくれた。細長いやつで、何かよくわからないけれど、美味しい。


「一時は無理かもって獣医さんに言われたらしいんですけど、無事回復して、そのままじいさんが引き取ったそうです。タロウはそれを覚えてるのかな。ずっとじいさんに寄り添ってるんですよ」

「そうなんですか。大変だったのね、タロちゃん」

「タロウのおかげでじいさんはお散歩できてるんですよ。一人で出歩くと、道に迷っちゃうこともあるんです。タロウがちゃんと道を覚えてるから、じいさんを家に連れ帰ってくれるんですよ」

「へぇー! 偉いわ! タロちゃん、すごいわね」


 ひまりがタロチャンを撫でる。タロチャンはどこか誇らしそうにひまりを見上げた。タロチャンはひまりが何を言っているのか、分かるのかな。

 わたしはおやつを食べ終えてしまったので、お兄さんにねだってみる。お兄さんはひまりを一度見てから、もう一本くれた。優しい。


「ところで、ハナコちゃんは何歳ですか?」

「2歳です。もう成犬なんですけど、柴にしてはちょっと小さいんですよね」

「豆柴が混じってるのかな?」

「この子はペットショップ出身で、一応血統書がついてるんです。豆柴ではないはずなんですけど、まぁ、個体差ですかね」

「へぇ、血統書付きか! ハナコちゃん、お嬢様なんですね」

「お嬢様! ハナちゃん。お嬢様だって! 性格はやんちゃで、全然お嬢様っぽくないんですけど、そういう考え方もあったんですね」


 ひまりが笑っている。わたしの名前が聞こえたけれど、何の話をしているのだろう。でも楽しそうだから、きっと良い事に違いない。


 わたしたちは少し休憩してから、今度はゆっくり公園の中を歩くことにした。日差しが少し暑い。


「犬はいつか飼いたいとは思っていたんですけど、一人暮らしで飼うつもりはなかったんです。でも通りがかったペットショップでハナちゃんと目が合った瞬間に、なんか、ビビッときちゃって。絶対この子だって」

「あー」

「今思うと無謀だったし考えなしだったと反省することもあるんですけど、その時は必死でした。絶対迎えに来るから売らないでって店員さんにその場で懇願して。本当は犬を飼うなら保護犬とかも検討すべきだったし、少なくとも環境を整えてから迎えるべきだったんですけど」


 水鳥が陸地で休んでいる。わたしはそっと息をひそめて近くまで寄ると、ヒモが許す限り一気に走った。バササッと鳥たちが空に舞い上がる。楽しい。

 どう、すごいでしょ、と振り返ると、ひまりとお兄さんは飛び立った鳥を見上げて苦笑していた。


「ハナコちゃんがやんちゃだって言うのが本当だって、今分かりましたよ」

「鳥だけじゃなくて、野良猫とかも追いかけるんです。怒った猫に引っ掻かれたこともあるんですけど、全然めげないの」


 わたしが草むらに隠れた猫に次の狙いを定めたのが分かってしまったのか、ひまりが「ダメよ」とヒモをひっぱった。ちぇ。タロチャンにわたしの雄姿を見せたかったのに。


「私はハナちゃんが来てくれて幸せなんですけど、罪悪感もあるんです。仕事で家を空ける時は日中ずっと一人にさせちゃってるんで、寂しいだろうなって。私が選ばなければ、もしかしたら賑やかなご家庭で可愛がられていたかもしれないって、よく思います」

「俺から見れば、ハナコちゃんも幸せそうに見えますよ。毛並みもきれいだし、よく手入れしてもらってる証拠でしょ?」

「シャンプーは嫌がりますけどね」

「あぁ、タロウもです。暴れはしないんですけど、この世の終わりみたいな顔します」

「ふふ、この世の終わり……」


 散歩を終えて、わたしたちは車に乗った。窓を少しだけ開けてもらったので、そこから入る風を顔で浴びる。とても気持ちが良いと思っていたら、タロチャンも同じことをしていた。

 あっという間におうちの近くについて、ドアが開いた。


「今日はありがとうございました。ハナちゃんも楽しかったね」

「いえ、こちらこそ」


 ひまりがわたしを撫でて、それからタロチャンをたっぷり撫でた。


「あ、あの、ひまりさん……」

「はい?」

「その……また誘ってもいいですか? えっと、ほら、タロウもとっても楽しかったみたいだから、嫌じゃなければ、なんですけど」

「もちろん、喜んで!」

「じゃ、じゃあ、また連絡しますね。それか、もしかしたらいつもの散歩コースで会うほうが早いかな」


 タロチャンたちと別れておうちに戻ると、わたしはお気に入りのベッドに丸くなった。いつもよりもたっぷり走ったからか、さすがに疲れたみたいだ。


「翔太さんに今日の写真送らなくちゃ」


 ひまりはずっと上機嫌で、楽しそうにしている。


「ふふふーん、ふーん、ラララ……」


 ひまりの鼻歌が聞こえてくる。それを子守唄に、わたしは眠りに落ちた。

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