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「もっと若くて体力もあったら、手術っていう選択肢もあるらしいんだけど、今はもうやめた方がいいって先生が」
「そうか」
「でも、それでも、可能性があるなら……」
「ひまり。それは、ハナちゃんに辛い思いをさせるだけだと、俺は思う」
なんだか息苦しい日が続いている。お散歩に出られる時間もかなり少なくなってしまった。それがどういうことなのか、なんとなくはわかっている。
「うん、そうだよね。私も、頭では分かってるはずなんだ」
わたしを抱き上げたひまりがなんだか辛そうな顔をしていたから、わたしは頬を舐めた。いつもだったら喜んでくれるのに、ひまりはもっと辛そうな顔になって俯いてしまった。わたしを抱きしめる腕がいつもよりも強くて、気持ちがよくて、ちょっと苦しい。
「私、駄目だね。ハナちゃん、少しだけお散歩行こうか。タロちゃんも行けそうかな?」
おさんぽ、という声が聞こえて、わたしは尻尾を軽く振る。もう走る力はないけれど、お外に行くのは今でも好きだ。
「俺も行こうかな。つむぎとそらはどうする?」
「行く」
「ボクも」
久しぶりの全員でのお散歩だ。
わたしはいつもの乗り物に乗って、タロチャンはわたしの横を歩く。今日はつむぎもゆっくり歩いて、そらは何かを拾っている。
そら、食べちゃダメだよ。そう思ってのぞき込むと、そらは虫をとっていた。
「ハナちゃん、バッタだよー」
「やだー! そら、ダメだよ。ハナちゃんはそんなに虫好きじゃない。びっくりさせちゃダメ」
つむぎは虫が嫌いらしい。わたしもどちらかというと好きではない。タロチャンはよくお散歩中に軽く手でちょんちょんと触っていた。そうするといきなり飛んだり、向かってきたりするのだ。ちょんちょんしているのはタロチャンなのに、なぜかわたしのところに飛んでくる。わたしは思いっきり逃げた。
そんなこともあったなと、思い出した。
「ハナちゃんなんだから、バッタじゃなくてお花でしょう」
つむぎがわたしにお花をくれる。なんだか良い匂いがした。
ぽかぽかして気持ちがいい。
ひまりが笑ってる。ショウタサンも笑っている。
タロチャンがいつも通りわたしを気にしながらゆっくり歩いている。
つむぎとそらが喧嘩しながら仲良く歩いている。
わたしはとても楽しい。
ある日の夜中、胸が痛くなって、息苦しくて目が覚めた。
「ハナちゃん、ハナちゃん? 大丈夫?」
寝ていたはずのひまりが気が付いてくれて、わたしを撫でた。
「どうした?」
「ハナちゃんが苦しそうなの。どうしよう、病院……どうしよう、電話しなきゃ」
「ひまり、落ち着け」
わたし、どうしたんだろう。とにかく苦しい。だけど、あの場所には行きたくなかった。行ったって苦しいのは治らないし、それに、たぶん。
わたしには、なんとなくもうわかっていた。
だから必死に抵抗した。わたしはここにいたいって。
「先生にも言われてただろう? ハナちゃんも行きたくないって言ってる」
なんでだろう、今はショウタサンの言うことがわかった気がする。そうだよ、わたしはここにいたいの。
「うん……」
「つむぎたちに声掛けてくるな」
「うん」
わたしは安心した。
タロチャンがわたしを舐めているのを感じると同時に、すっと胸が痛くなくなった。
あ、つむぎとそらがきた。わざわざ起きてくれたのかな。
みんなの声が聞こえる。でもごめんね、もう起き上がる力がないみたい。
どうしてだろう。
なんだかふわふわしてて、冷たくて、でも温かい。
ここはおうちの中だって分かっているのに、お花が舞っているのが見えた。
あぁ、そうか。わたしは……。
タロチャン。
タロチャンには、またすぐに会える気がするんだ。だから、また走り回って遊ぼうね。
つむぎ、そら。
二人がこんなに大きくなって、わたしは驚いたのよ。喧嘩ばかりしてちゃダメだよ。それから、お姉さんはわたしなんだからね。ずっと、わたしはつむぎとそらのお姉さんだからね。
ショウタサン。
わたしね、もうひまりを見守れないみたいなの。ひまりはね、強がってるけど、けっこう弱いんだ。だから、ひまりをよろしくね。
ひまり。
ねぇ、ひまり。
わたし、ひまりと一緒にいられて、とっても楽しかったよ。
ひまりもそう思ってくれていたらいいな。
大好きだよ、ひまり。




