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「わかりましたから。協力しますから。逃げませんから。ともかく村に一回帰らせてください!」
「お前との契約はたった今からだ! 後で部下を遣いにやるから回収してほしい荷物があれば、ここに書き出せ」
「大事なものとか色々あるんです! とりに帰らせて! 」
「あんな壊れかけの田舎の小屋に価値のあるものが置いてあるわけがないだろう! さっさと働け」
地下牢から無事に解放されたはいいが、何一つ荷物を持ってきていないベスは、せめて荷物をとりに村に帰してほしいと主張したが、ノエルはそう言って取り付く島もない。
(本当に! そのうちこの男の頭から、全身痒くなる樹木の樹液をたっぷりかけてやりたいわ! )
ベスは頭の中で、村の森に茂っている、「絶対触るな」の木にノエルを縛り付けてみるが、ノエルはまるで気にしてはいない様子だ。
ノエルは、ベスの都合や事情などを鑑みるつもりは一切ないらしい。
(本当に最低だわ。見かけ倒しの嫌なやつ)
ノエルは怒り狂っているベスの事など気にもしていない。
地下牢からベスを解放すると、そのままついてこいとばかりに無言で徒歩で階段を登り、建物の外に出た。
そして真っ直ぐに古い建物の群れを突っ切ると、右に左に確かな足取りで歩いて、やがて背の低い建物のある一角に出た。魔術院の一角だ。
歩く速度をベスに合わせるつもりすら、ないらしい。
ノエルの速い足に一生懸命ついていくと、人気のない静かな建物の2階に到着した。どこの部屋にも光のついている気配さえない。
(あ、地下牢と魔術院って割と近いんだ)
ぼんやりとベスはそんなつまらない事に気をやっていたら、急に一つの部屋の前で、ノエルが立ち止まった。
「今日からここがお前の部屋だ」
そうノエルはいうと、ぶっきらぼうにベスに鍵を渡した。
「部屋の中には当面の生活に必要なものは一通り揃っている」
ノエルに促されて中に入ってみると、魔術だろうか壁のランプの光がパチリと点火し、そこには清潔なこざっぱりとした空間があった。
がらんとしているが、白を基調としていて、白木の家具が最小限だけ配置されている。
確かに、ベスの家よりもよほど綺麗だし高級なものばかりだ。
小さいが台所と、それから浴室もあるらしい。
個人の部屋だというのに、浴室まであるだなんて田舎娘のベスには随分と贅沢に感じる。
時々他国からきた研究者が滞在する時に利用する施設だと、ノエルは説明した。
最後に使ったのは数ヶ月も前だそうだが、繁忙期にはここの研究員も泊まり込むので、生活に必要なものは全て揃っているというわけだ。
「あ!バルコニーがあるのね!外が見えるのね!」
ベスはバタバタと部屋を横切って、バルコニーに出た。
何一つ馴染みのない場所の、見知らぬ部屋に今日から住めと言われて途方に暮れていたが、外に広がる王都の夜景に、目を輝かせた。
(おじいちゃんが言っていたわ・・王都の夜は、星が降っているようだって)
懐かしいおじいちゃんの顔を少し思い出して、ちょっと寂しい気持ちになる。
「ああ。朝になれば王宮の庭園が眼下に見える。この部屋は眺めだけはいいからな」
ノエルは大して興味なさそうにつぶやいた。
ベスは、王都の夜景を見下ろしながら、心に思った。
(まあいいか。しばらくここにいて、秋祭りには帰してもらおう。エイミーのブドウが実をつける頃には帰してもらえるはず)
「明日9時に迎えに行く。制服の着替えはこのクロゼットに入っているから、とりあえず明日は適当にこの中のサイズの合うものを着ていろ」
それだけいうと、ノエルはベスを労わる言葉もなく、振り返ることもなく、新しくベスの部屋となったこの小さな空間から去っていった。
(一体なんて日・・)
ベスは呆然とノエルの後ろ姿を思い切り舌を出して見送ると、急に眠気が襲ってきた。
(いいわ。全部明日考えましょう)
疲れ切っていたらしい。
部屋の隅のベッドの、白い清潔なシーツの上の身を投げると、ベスは夢も見ずに、眠りについた。