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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
エピローグ

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62/130

クーデターの起こったあの日、強い魔力に時空が巻き込まれて王都中の人々が、さまざまな幻影を見たらしい。

ユージニアの王位継承を祝福した女神の知らせだと、それらは皆、好意的に捉えられた。


ある者は死者に出会い、ある者は人ならざる妖精王の姿を見たとか。


あるものは過去の自分と出会い、過去の子供に出会った。


サラトガ侯爵は、ノエルからの絶縁状を受け取った後、ノエルの侯爵家からの絶縁受理書ではなく、分家独立を認める書状を送ってきた。


サラトガ魔法伯爵家の設立、ノエルの初代魔法伯の認定。

伯爵領として、侯爵家の中でも最も豊かな東の領地の分割相続。


ーサラトガ侯爵家は、サラトガ魔法伯家の後ろ盾となり、その自由と幸福を祈り願う。


公文書にはそう魔法誓約と共に記載されていた。


ノエルの手元に送られた公文書には、サラトガ侯爵から短い私信がついていた。

その手紙を読んだノエルは、子供のように、肩を震わせて涙を流していたと、ロドニーがベスに伝えてくれた。


(心が、通じたのね)


ベスは、あの日の精霊の森での事を思い出す。


(皆が皆、少しだけ心に素直になれば。魂の声に、少しだけ素直になれば、少しだけ良い未来が待っているわ)


あの日、エズラの館で出会ったネリーという女性から、べス宛てに荷物が届いていた。

中身はよく実ったさくらんぼで作ったパイだった。

ネリーはこれから友人の果樹園で育った果物を使ったパイやゼリー、クッキーなどを出すお菓子の店を王都で開く事にしたのだそうだ。

妻であり、母である事を卒業した今、小さなお菓子屋の女主人になりたいのです。と、可愛らしい便箋に綴られていた。


甘く酸っぱい、とても上品なパイを甘党のメグと楽しみながら、長年美しい装飾品を扱う商売をしていたネリーであれば、すぐに人気のお菓子のお店の主人になるだろうと、ベスは思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ナーランダの研究室の扉を叩く音がした。


「女王殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」


ナーランダと、ノエルは膝を折って、この国で最も尊い人の訪れを迎え入れた。


「ナーランダ。ノエル。久しいわね」


エロイースが、すました顔をして、ユージニアの後ろに控えている。


ナーランダは、政権にその名を連ねてはいないが、ユージニアの要望に応じて相談に乗る、「相談役」だ。

時々ユージニアは気分転換も兼ねて、宮殿を抜けて、この魔術院まで顔を出して、ナーランダと書類や意見のやり取りしている。


「ノエルよ」


ノエルは頷いた。


「お前が提出した書類は、全部受理して処理しましたよ」


後ろに控えていたエロイースが、数十枚の書類をノエルの前に並べた。

委員会への脱退届や、役員の辞表。諸々なノエルの提出した書類の受領書類だ。


「けれど、ここはまだお前のものです」


エロイースは、ノエルの手元に新しい書類を出した。魔術院の契約の更新書だ。


「・・まだ籍が残っているのですか?」


ノエルの分身とも言える、大切な、大切な魔術院。

全てを手放しノエルはベスの田舎に引っ込んで粉挽きになるつもりでいたのだが、この魔術院だけは、どうしても明け渡し難く、辞表を提出しあぐねていたのだ。


(ここも失うと、そう思っていたのに)


ノエルの心の中に、否定できない重さの喜びの感情が溢れてくる。


「当たり前です。誰があんな魔物とやり合えるというのです」


ユージニアは心底、うへえ、とうんざりとした顔をして、外を指差した。


ユージニアの指した先に見えるのは、ベスの例の温室だ。


妖精王の代替わりの舞台となった温室は、今や遠慮なく温室に現れてくるようになったオベロンと眷属がしょっちゅう現れて、色々と賑やかにやらかしていくのだ。


妖精は一般的に甘いもの好きだが、オベロンはベスに分けてもらった、エロイースのマカロンが大変お気に入りで、ここの所しょっちゅう温室に入り浸っては、マカロンを出せとうるさい。


「人間の王よ。私はここで発生したのだ。私の代の精霊の森はこの場所となる」


そうオベロンは勝手に偉そうにユージニアに宣言をしたが、人と精霊は基本的に住む世界を共にすることはできない。


ここが王都のど真ん中である事を鑑みて、ユージニアとオベロンは交渉に交渉を重ねた。


結果、温室の外には一歩も出ないという約束で、自由にユージニアの治める王都にオベロンと眷属が出入りする事を認めて、今存在している精霊の森とベスの温室に、通路を繋げた。


ベスの温室は、ユージニアとオベロンの共同統治の場となる。


この交渉はそれは面倒臭いものだったらしく、二度と人外とは関わりあいになりたくない、とユージニアはノエルに面倒臭い仕事を押し付けているのだ。

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