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(ううう・・一体これからどうなるんだろう・・)
窓もない。日も差さない。見知らぬ冷たい地下牢にもう、2時間くらい閉じ込められただろうか。
喉は乾くし、怖いし、見知らぬ男に乱暴に掴まれた腕は、ジンジンする。
なんでこんな目に遭っているのか、いまだに全く予想もつかない。
涙も枯れて、心細く牢屋の片隅で体を硬くしていると、こんこん、と申し訳程度に、階段に通じる扉を外からノックする音が聞こえた。
「あー、ベス、ごめん・・全部俺のせいだ」
きいい、と階段に通じる入り口の木の扉が開いた。
開いた扉の向こうに顔を出したのは、街で冒険者をしているはずの、幼馴染のカーターだ。
意外な顔に驚いたベスは、鉄格子に齧り付く。
「カーター?あんたまた今度は何をしでかしたの??」
カーターは最近冒険者になったばかりの、村の小物売り店の次男だ。
小物売りなんか恰好悪いといって、村から出て、街のギルドに冒険者として登録したはいいが、もう冒険者になって一年も経つというのにいまだに成績の悪いEクラスの冒険者。つまり登録時から1ランクもあがっていないという有様の、お察し冒険者なのだ。
カーターは本当に要領が悪くて、村にいた時からいつもトラブルばかりおこしていた。
だが憎めないその性格と、子犬のような茶色い大きな瞳で、村のみんなは、なんだかんだでしょうがないなあと、面倒を見ていた。
べスもその、なんだかんだで面倒を見てやっていた一人だ。
ベスはため息をついて、諦め顔でカーターに問いかける。
「あんたが絡んでいたのね・・ちょっと、おばさんは、この事知ってるの?それであんたが何をしでかして、私がこんな所にいるのか、ちゃんと順を追って説明しなさいよ」
「・・それは私が説明しよう」
カーターの後ろからでてきたのは、先ほど乱暴にべスを牢屋に放り込んだ、恐ろしいほど整った顔をした、魔術師の男だった。
男はバツの悪そうな顔をして、ワシワシとその美しい肩までの銀色の髪をかきむしりながら、言った。
「お前が育てた薬草で作ったポーションに問題があって、お前を魔女の疑いありと、容疑者として連行したのだ・・」
「薬草?うちの畑の薬草と、カーターになんの関係があるの?」
カーターに会うのは随分久しぶりだし、ベスの畑の薬草は、ベスが使う分しか育てていない。
ポーションなど、ベスは魔力がないので作ることはできない。
不思議に思っていると、そこでカーターは、がばっと見事な土下座を繰り出した。
「べスごめん!この間、森で薬草を1日で10株集めてくるクエストがあったんだけど、どうしても7株しかその日あつめられなくて、どうしよっかなーと思って困ってて、それで・・」
魔術師の男は呆れたような顔をして、カーターの言葉を追加した。
「村まで戻って、お前の畑の薬草を黙って3株掘り返して、10株にしてクエストを終えたというわけだ」
「カーター!!!!!あんたって子は!!!」
「ひっ、ごめんなさい!!でも、薬草育ててる家はベスの家しか思いつかなくて!!」
この幼馴染はいつもこの調子なのだ。
まあ、作っていたパイを盗んだりとか、洗濯物を泥だらけにしたりとか、そんな程度の些細な迷惑さなのでだれも本気で怒ったりしないのが、トラブルメーカーというか何というか、この問題児のそばにいると、いつも何か面倒な事が起こるのでうっとうしい事はこの上ない。
「で、魔術師様、それがなぜ、私が魔女扱いになって、こんな所に閉じ込められる事につながったんですか?どう考えてもこの話の中で悪いのはカーターで、私はカーターに畑を荒らされただけの、ただの被害者ですよ」
べスは、ポーションなど立派なものを作ることはできないが、ちょっとした怪我やらで自分用に使える軟膏を作るために、畑の片隅に薬草の類も育てていた。
3株ほどカーターに掘り起こされても別に問題はないし、カーターが欲しいといえば快く分けててもいい。ただ、なぜ自分の畑の薬草が、こんな災難を呼んだのか、さっぱり意味がわからないのだ。
「・・質だ」
少し言い淀んで、魔術師の男は言った。
「は?」
「お前の畑の薬草は、ありえないほどの高品質に育っていたんだ。ここまでの高品質の薬草でできたポーションは、きちんと上級魔術師の処理をしないと逆に効能が高すぎて、かえって毒になるが、この冒険者が森でとってきた野生の薬草とまじっていたので、そのまま街の薬師に依頼して、ポーションにしたのだが」
「先日の魔族の残党狩りの現場で、現場で負傷してポーションを摂取していた兵隊の3人が急に苦しみだした。魔族側に力を貸している魔女達がちょうど最近報告されていて、皆ピリピリしていた所だったんだ」
「魔女の仕業かと、ポーションを調べたら、材料の薬草の出どころは、一週間前にそこの冒険者から購入もので、この男を取り調べをしたら、7株は森のもの、残りの3株はお前からだと白状した。それで、この株を冒険者にわたしたお前がその、魔女の、一味の、一人ではないかと・・」」
ごにょごにょと魔術師は後ろの言葉をにごした。
ベスはジト目で魔術師を見た。
「・・要するに、良く調べもせずに、ドロボーの被害者の私を、魔女の一味と勘違いした、と」
「・・面目ない」
図星だったらしい。魔術師は、頬を掻いて、あさっての方向を見て、ベスと目を合わせようとしない。
「べスは魔女なんかじゃなくて、ただ本当に植物の扱いが上手で、どんな植物でもすげえ良い状態に育てる事ができるからだって、俺一杯説明したんだけど、だれも聞いてくれなくて。みんな魔女の一味が薬草に魔力を限界まで注入して最高クラスに作り上げて、他の薬草にまぎれこませたんだろうって聞かないんだ。それで、俺べスの家の百年草を大急ぎでちぎってもっていって、やっとこのお方に信じてもらえたんだぜ!よかったな!」
諸悪の根源のカーターは、己の所業のせいで各所に大迷惑をかけているというのに、自分の機転でベスへの誤解が解ける事に、実に満足げだ。
そこでべスは、ちょっと思考がとまった。
「え?ちょ、ちょっとまってよカーター。百年草をちぎってもっていったって」
カーターは褒めてもらったと勘違いしたらしい。
「ああ、お前大事に屋根裏の窓の所で、育ててていただろ、あれものすごく栽培が難しいって聞いてたから、ちぎってもってったら、このお方がやっと信じてくれた」
「ぎゃーーー!!!!!!!」
ベスはカーターの言葉に卒倒しそうになる。
そう、百年草は実に生育させるのが難しい。通常の植物のように魔力でコンディションを上げる事ができる種類の植物と違い、魔力を受け付けない古いタイプの植物だ。百年に一回花が咲くか咲かないかというほど栽培が難しいから、百年草と呼ばれているほどだ。
ただ、この冬はいい雪が降り、春は実によい気温が続いたので、今年の天気なら、花を咲かす事ができるかもしれないと、そうべスは決心して、手塩に掛けて育てていたのだ。
うまく咲いたらオレンジ色の、それはきれいな花が咲き、その花が咲いている所をみた乙女には、百年に一度しかこないような素敵な恋がやってくるという話なので、村の娘たちの期待を一身に浴びて、一生懸命育てていたのだ。
「あんた!!!私がどれだけ苦労して、あの草を育てたとおもってるの!!」
「ごめん!この人本当に、俺のいう事聞いてくれなくて、べスを牢屋から出すにはこれしかなかったんだ」
「・・たしかに、魔力の影響を受けない百年草をあれほど大きく立派に育てる事ができるのは、並の技ではない。このアホの言うように、お前は卓越した植物の栽培の能力があっただけで、薬草はただお前が上手に育てただけであることはすぐに判明した。・・それにしても、この花が無事に咲いていれば、美しい花を咲かせただろう。実に惜しい事をした」
魔術師は、非常にバツの悪そうに、ちょっとだけオレンジ色の花弁を見せ始めた、シナシナになってしまったつぼみをつけた百年草だったシロモノを、ベスに返した。
(百年に一度の素敵な恋が・・村のみんなの期待が・・)
ベスは今までの苦労を思い出して、眩暈を覚えた。
「カーター!!!!!!!!」