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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
エリクサー

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「お呼びと、伺いました」


ノエルが呼び出されていたのは、ノエルの実家である侯爵家の主である、父のサラトガ侯爵だ。

侯爵邸は魔術院からさほど離れているわけではない。

だが、ノエルがここに足を踏み入れたのは一年ぶりだ。


一年ぶりに会うというノエルに元気か、やどうしている、などの親子の会話は一切ない。

冷たい目でサラトガ侯爵はノエルを見ると、一言だけ発した。


「エリクサーの完成は」


ノエルは表情を一切変えずに、返事を返した。この父のいつもの事だ。


「おおよその目安は立ったかと」


「目安は立ったとは、どういうことだ。説明しろ」


ぎらりと侯爵の目の奥が光る。期待していなかった返答だ。


「材料の品質を極限まで上げる事によって、ポーションの品質を変質させる方法にまで行きつきました。この方法であれば、魔障が発生する事もないかと」


「・・でかした」


短い賛辞に、ノエルはぎょっとしてサラトガ侯爵の顔を見る。

侯爵がノエルに賛辞を与えた事は、記憶をさかのぼっても一度もない。


だがすぐに侯爵は氷のように冷たい、ノエルによく似た目でノエルを映すと、感情なく言った。


「エリクサーを王女に与えて眠りから起こして差し上げれば、お前の罪は償われる。それがお前に残された唯一の生きる手立てである事をゆめゆめ忘れるな」


「・・はい」


ノエルの母は、不世出の高い聖力を誇る大聖女であった。


サラトガ侯爵は並々ならぬ情熱、むしろ執着といってよいほどの情熱をもって、神殿長に直訴を重ねてこの聖女を妻とした。生まれた女の子供の一人を、次期聖女とする事を条件に、神殿はそれを認めた。


聖なる力は遺伝する。

聖女の娘は、ほぼその母と同じ聖なる力を持って生まれてくるのだ。


そして政治的にも大変大きな出来事であったこの結婚の翌年に聖女は身ごもり、聖女によく似た子供が生まれた。


ノエルだ。


侯爵にも、神殿にも予想外だったのは、その出産の後すぐに産後の肥立ちが悪く、ノエルの母は身罷った事だ。

子供の持つ魔力が、母の持つ聖力を上回っていたからだ。


聖女が命を賭して生まれた子供は男の子であった。


男。


つまり母のもっていた聖女としての聖力は男子であるノエルは一切うけつがず、次の世代の聖女となるべく女の子を産む前に愛する女の死をもたらせたノエルを、父は忌み嫌った。

神殿もノエルの誕生を祝福することはなかった。

次世代の大聖女の誕生は、永久にこの男子の命の誕生によって阻まれたのだ。


愛しい女を奪った憎い、ただむやみに魔力が高いだけの子供。

聖女の力も受け継ぐことなく、また受け継ぐ女子の誕生を阻んだ、罪の子。


侯爵家でも、そして神殿からもノエルは冷遇され、その高い魔力はまるで呪いのごとく扱われていた。


冷遇をうけながらも、ノエルは非常に高い魔力を保持する、眉目秀麗な貴公子として成長した。


主席で学び舎を卒業した後は若いながらも次々に治療魔法の才能を開花させてゆき、ポーションの作成には鬼才と呼べるほどの才覚をあらわした。

聖力こそもたないものの、ノエルの作成する癒力のすぐれたポーションは大きく評価されていた。


神殿とは権力争いで拮抗状態にある王家は、ノエルを高い能力と才能に恵まれた人材として丁重に扱った。


ノエルの魔術の才能を認め、魔術院に籍を置いていた王家につらなる人物である高名な魔術師であるナーランダに師事を許し、魔術院の研究員として研究に勤しむ事を王命で命じた。


己の高い魔力が、聖女である母の命を刈り取ったという自責の念が、ノエルを治療魔術とポーションの作成に傾倒させていったのだろう。

生来の才能もあり、ナーランダに師事したノエルはめきめきと頭角を現して、若くして魔術院の責任者に任命されたのだ。


そして魔術院の筆頭魔術師・責任者を任命した時を同じくして、王はノエルを第三王女のユージニア殿下の婚約者として指名した。


これには美貌のノエルに恋をしていた第三王女の立っての希望が強くかかわっているとの事だが、もちろん裏には王家の政治的な事情もある。


神殿派であるサラトガ侯爵家を婚姻により、反対勢力である王家側にひきよせたいとの目論見だ。


だが、サラトガ侯爵家からの第三王女とノエルの結婚の条件に提示したのは、信じられないことに、ノエルの王家への婿入りだった。


ノエルは侯爵家の嫡男であるにもかかわらず、継承権すら持たない、第三王女への婿入り。


サラトガ侯爵は、公爵家の権力を王家内部にも伸ばすため、神殿派でありながらその嫡男を、王家の第三王女に貢物のようにくれてやったのだ。


「何があってもユージニア王女との結婚を遂行させろ」


役立たずのお前が唯一家の役に立つことだ。


そう言って、ノエルの婚約成立と同時に侯爵家の跡継ぎには後妻が生んだまだ幼い腹違いの弟が指名された。

結婚が成立しなければ、お前に帰る家はない。父からの強いメッセージだ。


ノエルの意思は何一つ、汲まれなかった婚約であったとはいえ、ノエルを慕うユージニア王女との仲は悪くはなかった。


(これから小さな幸せを育んで行ける)


静かな日々が目前だったそんなある日、悲劇が襲った。


王女と二人で遠乗りに出かけた際に、二人は蜘蛛型の大型魔獣に襲われたのだ。


魔獣に襲われたのは、城下の森で、普段は危険な大型魔獣など発生するような場所ではなかったので護衛は手薄だった。

まことしやかに、サラトガ侯爵の政敵がノエルとユージニア王女との結婚を阻むために魔獣を森に送り込み、二人を襲わせたのではと言われているが、真実は闇の中だ。


蜘蛛形魔獣の霧状の毒を吸い込んで、二人とも大きなダメージを受け深い眠りについた。


その後手を尽くしての王宮医師団と魔術院の治療の甲斐もあり、ノエルはひと月後に眠りから目覚めた。

だが、ユージニア王女は今でも深い眠りの中にいる。


王女の持つ魔力の量が、魔獣の毒に抗うほどの魔力の量に到達していなかった事が原因だ。


この状態に陥った人間をを再び眠りの世界から連れて帰るには、霊薬・エリクサーの摂取以外に方法はない。


だがエリクサーの精製は、困難を極める。

この国でエリクサーの生成が最後に成功したのは、百年以上前、大陸から召喚した賢者の手によるものだ。


侯爵は折角の家の勢力を王家派まで伸ばす事ができる婚約であったのに、立ち消えになり、怒り狂った。


王女の深い眠りは決してノエルのせいでは無い。

魔獣の毒のせいであり、そしてこの遠乗り自体も、少しわがままな所のあるユージニア王女の願いをノエルが聞き入れたもの。


だが、生死の境の深い眠りから生還したノエルに浴びせられた言葉は、苛烈なものばかりだった。


「王女の代わりにお前が眠り続けていればよかったのだ」

「聖女の命のみならず、王女まで永遠の眠りに落とすのか」

「この男は関わるもの皆に不幸ばかりおよぼす」


ノエルは、婚約者のユージニア王女の意識がもどらないという、自らの感情の悲しみに浸る間はなかった。

目覚めた瞬間から、神殿からも実家からも、そして唯一自分を丁重に扱ってくれていた王家からも生きている事を糾弾された。


そして、ノエル自身も、王女を守り切れなかったばかりか母を身罷るほどに高い魔力を誇る自分のみが、眠りの世界から生還してしまった事に激しい自責の念を抱くに至ったのだ。


ノエルは眠る事が恐ろしくなった。

就寝前にベッドでいつも考えてしまうのだ。


ー自分には次の朝がくるのだろうか。朝を迎える事は許されるのだろうかー


それからノエルの不眠症が長く続いて今に至る。


当時から国で一番の有能な魔術師の一人だったノエルは、その日から、王女を目覚めさせるために、心血を注いでエリクサーの作成にとりかかっていたのだ。


この毒を受けてから、3年間めざめなければ、2度とめざめは訪れないとされている。


ノエルは王女の目覚めを諦めかけていたのだ。

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