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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
ノエルの気付き

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魔術院の裏庭には、魔術の練習や模擬試合で利用する、大きな広場がある。

ここは広場のようになっているが、空中には対魔法の強い結界が張られているため、新しい魔術やらの実験をするのに丁度いい。


「ずっと約束をしていたのに、こんなに待たせてしまってすまない」


「本当に嬉しいです、ノエル様。でもお忙しいのに大丈夫なんですか?」


ベスが遠慮がちに、ノエルの顔を覗き込む。


「ベスには世話になりっぱなしで、それに出会った最初の頃はベスにひどい扱いだったろう。お詫びとお礼をしたいんだ。俺に今日は付き合ってくれ」


ノエルは柔らかい笑顔をベスに見せて、とても嬉しそうだ。


(確かに、最初の頃はずっと名前も呼ばれずに、田舎娘って呼ばれていたわね)


ベスはクスリと微笑む。


ずっと約束をしていた、べスの愛読書である魔術師の冒険の本に載っていた魔術を、ノエルは今晩見せてくれるというのだ。

本では勇者と共に旅をする魔術師が、大きな魔物に立ち向かう。

共に旅する愛おしい高貴な姫君を守る為に、命を賭して大魔術を発動させる、という話の場面で発動される魔術だった。


本来であればここの温室の仕事を手伝うから、本にある魔術を見せてもらえるという話だった。


だがベスが最初にこの温室で仕事を始めた頃は、ノエルはほとんど温室に寄り付かなかったし、その後も疲労困憊しながらも仕事を続けるノエルの多忙さを目にするに、ベスは魔術の事よりもノエルの心配が先に立って、魔術を見せて欲しいなど言うつもりすらなかったのだ。


(約束を破るようなお人ではないもの。そのうち見せてくださるといいし、それよりも何とかお休みをとられたらいいのだけれど)


最初の頃のノエルは不遜で早とちりで、全く気の回らない実に嫌な男であったが、決して言葉を違えない人間であることはベスは早くから知っていた。そしてノエルが休んでいる所など見たこともない。


あれほど不遜な態度だというのに、魔術院の皆が、ノエルの魔術の才と人間性に並々ならぬ尊敬を払っていた事に、ベスは初日から実は感心していたのだ。


それに、態度こそアレではあったが、ノエルはベスが平民である事も、ベスに学も魔力もない事も事実として認識していたが、それを理由にベスを下に見る事は決してなかった。


時々王都からやってくる神官や役人の中には、そういう部分で人を区別する人間もいる事は世間知らずのベスも知っていたし、そして、ノエルはそういう役人よりもよほど身分も魔力も比べものにならぬほど上にいるらしい。


「お前が温室でよく寝かせてくれるから、昼の仕事もものすごくはかどるんだ。やっとお前に約束をしていた魔術を見せてやれる。むしろこんなに遅くなって本当に悪かった。今日はまかせておけ」


確かに、ノエルが夜を温室で休むようになってから、ノエルの顔色はすこぶる良い。

いつもイライラと尊大な態度だったのには、おそらく極端な疲労があっての事だろうとべスは思う。


過度の疲労が取れた今、ノエルの誠実で、柔和な本来の清廉な性格がゆっくりと顔をだす。


魔術は夜に見せてくれるという。


ここの所ずっと温室で寝泊まりしているノエルは、昨日久しぶりに研究所のそばに借りている自宅に帰って魔術を発動させるのに必要な特別な魔石をとりに行っていたというが、やはり自宅では一睡もできなかったよと苦笑いした。


(ベスの息遣いが聞こえないと、もう俺はダメだ)


今日は早い時間に温室にベスを迎えに行ったのに、ベスの顔を見て安心したのか、心が緩んでそのあとすぐに温室のソファで寝落ちしてしまっていたらしい。


久しぶりに帰宅した自宅は、自宅であるにもかかわらず、まるで他人の家のように落ち着かなかった。

息苦しい思いで体を豪華なベッドに横たえて、まんじりとしない夜を迎えたノエルは、温室が恋しかった。


(ここには、ベスの世話した元気な植物がいない。あの偉そうなドラ猫もいない。昆虫もいない。ベスがいない。なんの命も息をしていない)


温室のソファの上で温室の光と、幸せな命の息遣いに囲まれて、ノエルは幸福感に包まれながらうつらうつらしていたのだが、気がつけばとっぷりと日は暮れていて、ベスはもう、温室にはいなかった。


大慌てでベスを探すと、やはりというは案の定、ベスは食堂でモリモリと夕食の最中だった。


普通の部下であれば、ソファで寝落ちた上司を、放っておいて食事に行くなどあり得ない。

腫れ物に触るようにノエルの周りで心配してうろうろ控えているのだろうが、あっさりノエルを放っておいて、自分の腹の具合を優先させるのが、ベスという娘だ。


ベスは食堂の食事がとても好きだとかで、休みの時間の大抵は図書館か食堂にいる事が多い。


ご飯が美味しくて、本が好きなだけ読めて、私幸せです。

訪れるたびにそういつも、シェフや司書に言うものだから随分と可愛がられていると、ナーランダから聞いたばかりだ。


幸せそうに食事をしているベスの隣に座って、うっかりと寝落ちした事を謝ると、


「いいんですよ、よかったですね眠れて」


それだけ言ってにっこりと笑って、また幸せそうにベスは夕食を続けた。


ベスがあれほど楽しみにしていた魔術だというのに、あれだけ待たせたというのに、ベスは眠るノエルを放っておいてくれて、そしてむしろノエルが休めたことを、純粋に喜んでくれている。


ベスという娘は、貴族的な無駄な装飾で己の言葉を飾ったりしない。

ベスの発する言葉は、心の言葉だ。

裏も表もない。


ベスの心はベスの言葉の通りそのままだ。


ノエルは涙が滲んでくるほどベスの存在がありがたく感じる。


「・・ありがとう」

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