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「べスー!!、粉挽き終わったら、ちょっとウチまできて!!」
幼馴染のエイミーが、その日、水車で粉を挽いていたベスを外から大きな声で呼んだ。
ベスの育った村は小さな村なので、みんな家族みたいなものだ。
「なにエイミー?」
粉だらけの顔をひょっこりと窓からベスは出してきた。
「またうちのブドウが元気ないのよね、なんでだと思う?ちょっと見に来てよ」
何もかも平凡な田舎娘であるはずのべスには、ほんのちょっとした特技があった。
モノ言わぬ植物が、なにを求めているのかが、なんだか分かる能力だ。
つぼみがついてくれない花から、実りがいまいちな小麦まで、べスが本気になれば、ほとんどの問題は解決する。
ただ、べスの村の名産は手工業の木工品で、皆んな大体木工の仕事をしている上、年寄りはみんなそれなりに経験則で上手に農作物を育てる事ができる。べスのその能力はそこまで真価を発揮する事はなかったし、そもそもべスは農家の娘ではない。粉挽き小屋の娘だ。
自分で食べる分の畑に立派な作物が育ったら皆それで大満足だし、自分が愛でるのに十分な花が咲けば、それで大満足。そして、時々こうして幼馴染や隣人の農作物のお悩み解決に力を貸せたら、それでいい。
粉挽きの仕事を終えて、エイミーの庭に駆けつけたべスは、じっとエイミーの畑のブドウの葉をさわり、青い実を口にふくんでみて、そして長考すると、言った。
「多分なんだけど、土にヌカと灰を足してみたらいいと思う。後で余っているヌカをあげるから、土にまぜてみなよ。灰はヌカの半分の量でいいと思う」
エイミーはほっとして、
「よかったわ!前みたいにブドウは病気にかかったのかとおもっちゃった。あの時も早くべスに相談しておいて本当によかったわ。植物の事ならべスに相談したらすぐに解決するから本当に助かるわ」
「役にたててよかったわ。バラの方はその後綺麗に咲いた?」
「咲いた!あれもべスの言っていた通り、虫がつきかけてたので、早めに退治しておいたのよ。あんた本当に、農家にお嫁に行けばものすごく重宝されるだろうに、自分の家の家庭菜園しかしないんだもの、宝の持ち腐れよね」
エイミーは自分のくるくるの金髪をいじりながら、そういった
「十分に私とエイミーの役に立ってるからいいじゃない。それに農家やってる所はここから遠い平地まで行かなくちゃいけない上に、いそがしくて本が読めるのは雨の日だけじゃない。粉挽きは、粉を挽いている間は本が読めるから、私には天職なのよ」
「本なんてなにがいいのかしらね、しかもべスが読んでるのは王都の魔術師様がでてくるやつばっかりじゃない。私達みたいな魔力のない田舎の庶民には、遠い話よね」
エイミーの言うことは最もだ。
ベスの読む本はいつも、王都の宮廷魔法使いや、王立軍の魔術部隊の活躍する冒険話ばかりで、魔力持ちすら滅多にいない田舎の農家や粉挽きの娘などには全く関わりのない世界の話ばかりだ。
エイミーにとっては何一つ共感できる事のない、おとぎ話。
「だからいいんじゃない!現実からものすごく遠い話を読んで、うっとり空想するのがいいのよ」
ベスはそう、うっとりと空を見上げる。魔法の使えないベスにとって、魔術師の活躍する冒険譚は、娯楽の少ない田舎の暮らしでの、唯一と言っていいほどの楽しみなのだ。
「ハイハイ、そうやって妄想の世界で遊ぶのもいいけど、現実の世界にもちょっとは興味をもちなって。次の秋祭り、だれと行くつもりよ、そろそろみんな相手の目星をつけ始めてるわよ。乗り遅れたら大変よ」
秋祭りは、このど田舎で、1年間で1番の重要な日。
この秋祭りに一緒に出かける異性について、村の若者は一年中気もそぞろなのだ。
「私今年もエイミーと回る!一緒にまた羊の串焼き食べようよ」
こういう部門にとても残念なベスは、ヘラヘラとそういうが、
「ばかね!私は今年こそは秋祭りまでには素敵な彼氏作ってるから、べスとは絶対に回らないわ!さっさと彼氏をつくらないなら、今年は一人で串焼き食べてよね!」
そう言って、彼氏のいない二人は、お互いを見て、声を合わせて笑った。
そんな静かでのんびりの毎日を、過ごしていただけなのに。