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「あれ、もう先客がいたか!って・・ノエル????うそでしょ」


今日はエロイースは早朝からべスを訪ねて温室の扉をたたいていた。

特に誰がルールを決めたわけでもないのだが、みな誰かが入っている時は温室の入室を控えるという暗黙のルールのようなものができていた。

べスが作業をしている所をぼうっと眺めたり、温室のソファでまどろんだり、べスとお茶をしたり。

みな、この温室に一休みしに来ている。


べスはそんな皆をいつも静かに、ニコニコと迎える。


実にのびのびと瑞々しく育っている植物をながめて、光の下に身をまかせるだけで蘇ってくるなにかがある。


そういう訳でタイミングを見計らわないと、いつも魔術院のだれかが温室に入っているのだ。


昨日大きな仕事を終えたエロイースは、朝から並んで城下町の有名なベーグルを買ってきて、べスと温室に疲れをいやしてもらいにやってきていたのだ。


「ここは私の温室だ。私がいて何がおかしい」


えらそうに寝間着姿でむっくりとソファから起き上がってきたのは、この魔術院の筆頭魔術師様である。


「いや、そうなんだけど・・」


「あらおはようエロイース様、今日は随分早いわね!」


呆気にとられているエロイースを、じょうろを持って植物の世話をしていたべスがニコニコと出迎えてくれた。


「おはよう・・ね、この状況は一体・・なに??」


「この温室であれば、紫の薬を飲まなくても眠れるらしくて、ノエル様ったら最近毎日ここで寝起きをしてるわ。寒くないのかしらね」


エロイースのお土産に機嫌のよいべスは、じょうろを置いて、鼻歌を歌いながらお湯を沸かす。

だが、エロイースは固まってしまった。


紫の薬とは、非常に強力な、中毒性の高い眠剤だ。

厳しい不眠症に悩まさせていたノエルにとって、紫の薬を必要としないで眠る事ができるという事が、どれほどの事なのかはエロイースには痛いほどわかっている。


そして、ノエルのその長い不眠症がはじまってしまった理由についても、エロイースはよく知っている。


エロイースは豪華なまつ毛で覆われた、美しい青い目にうっすらと涙を浮かべて、言った。


「ここなら・・べスの元なら眠れるのね、ノエル」


「どうやら、そうらしい」


ノエルは大きくため息をついた。

このため息は、安堵の、ため息だ。


「ここなら、安心できるんだ、べスがいれば、安心して目覚める事ができる」


遠くからお茶の湧く香りがする。

べスが遠くから声をかけてきた。


「ノエル様、いつもみたいに外に生えてるつゆ草の朝露をまず飲んでください。お茶はそれからです」


ノエルは寝間着のまま、はだしのままで温室を出ると、ふわりと魔術を発動させる。そしてそのあたりに生えているつゆ草についている朝露を瓶に集めて、こくり、と音を立てて飲んだ。


そしてエロイースに説明する。


「朝にこうやって、起きたらまず外のつゆ草の朝露を飲まされるんだ。最初は何を言ってるんだと思っていたのだが、物の試しにべスのいう事を聞いてみたら、体が軽くて。なんというか体が夜の世界から、朝の世界に蘇る気がする」


医学書には不眠症の患者につゆ草の朝露がいいなど、そんなことなど書いていないし、おそらくエロイースが飲んでみたところで、ただの水分だ。

だが、心と体が疲れ切っているノエルが朝のひとしずくを口にすると、体の中に光が入るような、そんな気がするのだ。


「ノエルは、あの子に不眠症になった話を、したの?」


ノエルはゆっくりと首を横に振った。


「あきれた。それだというのに、あの子は確か、マカロンもないような田舎で毎日粉挽きをして暮らしていただけよね。医者の勉強をさせたらどんな名医になるかしら」


「私もそう聞いてみたのだが、植物でも人間でも、複雑な病気はなにも手に負えないらしい。まだ自分で回復する力のある命を、あるべき場所にもどしてやる手伝いならなんとなくできるとか」


温室の中からべスが、お茶が入ったと二人を呼ぶ声がきこえた。


「エロイース様!ありがとう!ブルーベリーのベーグル食べてみたいとおもっていたの!」

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